イザベルとスライム
仲間になりたそうに、こちらを見ている。
聞いていた話とまるで違う。私があまりの齟齬に頭を抱えだした時、ギイーと、何かをこするような音が、ラビラビの腰あたりから聞こえてきた。それを聞いたラビラビがピクリと固まり、耳を立て始めた。
「む、むむ!?緊急事態発生の合図!?」
「あら。さっきの音のこと?」
「うんうん、そう!これはミミノンの魔法でね、」
『ギイイイイィ!』
先ほどまでとは比べ物にならないほどに、頭の中をかきまわされるような耳障りな音が大きく鳴った。二人してびくりと跳ね、思わず耳を塞いだ。
「こ、これは何の音なの!?」
「け、警告音だねー。魔法のこと話そうとしたからかな、ミミノンめっちゃ怒ってるぅ……くらくらするからやめてー……」
『キン。ギイイ。キ、キキ……ザジ。ギィー』
「ふむふむ。わかった!よくわかんないけど、全力で向かうよ、ミミノン!」
『……ザザ?』
ラビラビがミミノンと呼ぶ誰かは、私にはわからない、何か暗号のようなもので指示を送っているらしかった。ラビラビの言葉に反応しているところを見ると、こちらが話した内容も聞き取れているようだ。
どこにいるかはわからないが、少なくとも歩いてすぐに会える場所にはいないだろう。それならこんな回りくどいやり方をせずに、普通に会って喋ればいいからだ。
超遠距離からの通信。それが可能な八魔剣でのミミノンの役目は、情報の伝達、集計だと予想できる。情報はかなり重要だ。それをまとめ、各員に伝えるミミノンは、きっと静かで安全な場所にいるはず。考えられる場所としては、最も守りが堅そうなあの塔の中とかだろう。
ガシャラとはかなり、距離が離れているが……彼女の役目を考えるなら、もっと通信可能距離は広くなければならないはず。まさか。
「……もしかしてだけど、通信距離に制限とかはないの?」
「え、うん……っは!?」
『ギイイイイイィ!』
「いやー!?ごめんなさいミミノン!また教えちゃったー!?い、イザベルも聞くのやめてー!どうしても反応しちゃうんだよー!」
「ふっふっふっ。ごめんなさい。狙ってやりましたわ」
「酷い!?鬼!悪魔!めんたま緑!ぱっと見まじめ!腹黒!」
プンプンと怒りながら責めてくるラビラビを見て、私はクスクスと笑う。反応がわかりやすい相手を見ると、ついこれをしたらどうなるかとか、試してみたくなってしまうのだ。
いけないいけない。貴族としての悪い癖が出てしまった。あんまりにも酷くすると、あのクソ兄上と同じようになってしまう。
「悪かったわ。あなたが噂に聞いていたのとは全然違う、おもしろ……良い人だから、ちょっと意地悪したくなったの」
「う、うーん?良い人なのに、意地悪するの……?なんか、逆だったような……?」
「言うじゃない、好きな子ほどいじめたくなるって。それにあなたは一応、敵国の人間ですから、仲良しこよしって言うのはまずいでしょ?だからせめて、弄ってあげようかな、ってね?」
「あ、私これに近い人知ってるよ!?人をいたぶるのがライフワーク!悪魔のサディスト!ジェムちゃんと同じだー!?」
「誰かは知りませんけど、そんなのと一緒にしないでほしいわ。それより、緊急事態じゃないの?早く行かないと、またミミノンさんに怒られてしまうわよ?」
「は!?そ、そうだった!」
ラビラビはびゅんと家の中へと戻り、数十秒もしないうちにあの少女を肩にからって戻ってきた。
ラビラビにも少女にも、口には先ほどまでなかった汁の跡が、薄っすらとついている。あの短時間で人の家の食料を勝手に奪ったりするあたり、この子たち結構良い性格をしていますわね。
「お鍋ごちそうさま!ありがとね!今度お礼持ってくるから、一昨日来るねー!」
「それを言うなら一昨日きやがれ……いえ、そっちにしてもさっぱり意味が分かりませんわ!?」
「……あ、あれ。わ、私ここに残るんじゃ、」
びゅんと、走り出したかと思うと、ラビラビはあっという間に見えなくなってしまった。最後にあの少女が何か言っていたような気がするけど、よく聞き取れなかった。
「…………ふぅ。なんか、どっと疲れましたわ」
家に戻り、二階に上がろうとすると、ドタバタと、何かが転げまわるような音がまだしていた。そーっとドアの隙間から中を覗くと、顔から血を流しながら殴り合う、二人の男がいた。
「……実は仲が悪くて、私のあれはただのきっかけだったりとか、ないかしら」
「イザベル。見たくもなかっただろうに、悪いな。この獣ども、喧嘩をやめる気がまるでない。理性がない馬鹿になっている。途中で私が間に入ろうとしたが、それにも気づいていないようだった……今日は一旦引こう。この状態で話など、できるはずがない」
「そうね。残念だけど、あなたの言うとおりだわ。今日は村の宿に泊まりましょう」
「ああ……それとさっきから外が騒がしいが、何かあったか?石を強くこすったような音も聞こえたが」
「村に一人、誰かが食料を盗みに来たみたい。何者かはわからないけど、凄く早くて、なかなか捕まえられないらしいわ」
「は?こんな場所にか?周囲には更地以外、何もないぞ」
「私も信じられないけど、村の人は確かに見たみたい」
「お前は見たのか?」
「私が見たのは、元気に走り回るウサギと、臆病なリスだけね」
「……え?きゅ、急に何よ、じゃない。な、何の話だ?」
「何でもないわ。見た物を言っただけよ」
「ふーん……。まあ、いい。しかし……何者だ?走ってここまで来るなんて、できるわけがないし……転移の魔法を使ったのか?だがあれには陣が必要なはず……一回限りしか使えない物を、こんな場所に来るためだけに使うのか?」
考え込み始めたベルダを見て、ちくりと、胸が痛んだ。仲間にごまかしをすると、やっぱり少し罪悪感がある。
とはいえ、八魔剣と楽しくお喋りしてました、とか言ったら正気を疑われそうだ。これは黙っておくしかないだろう。なにせベルダから見ると私は今、精神が弱っている状態だ。幻覚を見てもおかしくないと判断されて、精神が回復するまでの間、どこかに軟禁されてもおかしくない。
ダインとゼブラをそのままにして、私たちは宿へと向かうことにした。彼らの顔の怪我は明日、回復魔法で治してあげよう。
村の人たちはラビラビを探すのに夢中で、私たちを気にする余裕もないようだった。邪魔にならないように端によりながら、まず行商人のもとへと向かう。
よそ者の私たちが、村の人と直接話すのは、やはりまだやめておいた方がいいと判断した。ガシャラによく来ている行商人なら、宿の場所も知っているだろう。
「お前ら、宿に泊まるのか。ダインとはうまくいかなかったのか?」
「うまくいくも何もない。あの村長は私たちを放って、息子と殴り合いを始めた。私たちでは手がつけられなかったから、今日は一旦宿に泊まることにした。それだけだ」
「…………息子と?あいつの息子は今、そんなことができる状態じゃあないはずだが……あんたら、何かしたのか?」
「こいつが治した。それだけだ」
「こいつって、ベルダー?ちょっと失礼じゃない?」
「……悪かった。ちょっと今、気が立っているんだ」
はあ、とため息をついて、額をつねるベルダ。そういえば、ここに来てから一度も気が休まる暇がなかった。おまけにベルダは、喧嘩の仲裁までしようとしていたみたいだから、私たち以上に疲れているのかもしれない。
「治した、って……いや。俺が気にすることじゃないか。宿屋はここから北にまっすぐ進んだ先だ。武器屋の看板がやたら大きくて、宿屋の看板が隠れているから見逃すなよ」
「ありがとうございます。ところで、あなたはあとどのくらい、ガシャラに残るのかしら」
「明日の昼までだな。俺は馬車で寝るから、お前らとは別だ。もし王国に帰るなら、早めに言えよ」
行商人と別れ、村の中央から北へと進む。狭い村だから、宿屋にはすぐに着いた。中に入ろうとするラバードに、ちょっと寄り道がしたいと言って、私は武器屋へと向かった。
木製のドアを開けると、壁一面にかけられた様々な剣と、立った状態で置かれている鉄の鎧、そしてカウンターを挟んだ先には一人の老人の姿が見えた。白髪の男は机に突っ伏していて、さっきまで寝ていたみたいだ。私が入ってきたのに気付いたのか、一度大きく伸びをして、目をかきながら、男は覇気のない声で喋り始めた。
「おう、いらっしゃい……って、誰だい、あんた」
「今日ガシャラにやってきました。イザベルと言います。失礼ですが、名前をお聞きしても?」
「……マドだ。お前さん、冒険者か?わざわざこんなところまでよく来たな」
「冒険者では、まだありませんわ。恥ずかしい話ですが、まだ一度も魔物と戦ったことのないひよっこです」
「まだってことは、ここで冒険者になるつもりか?王国からわざわざ、こんな危ない場所に来て?ははっ、すげぇな。こんなに変わったやつを見たのは、生まれて初めてだ。凄く、おもしれぇ」
くつくつと、声を押し殺しながら老人は笑っている。なんだかわからないけど、バカにされているわけではなさそうだ。むしろ、気に入られた?
「商品を見せてもらっても?」
「構わないが、その前にお前さんには見てほしいものがある」
店主は立ち上がり、奥にあったドアを開け、中に入っていた。
ついてこい、ということだろう。私はカウンターを乗り越え、マドが入ったドアへと進んだ。
ドアの先には、ある一定の間隔をとって、透明なガラスでつくられた箱がいくつも並べられていた。そしてその大量の箱の中には、私が見たこともない生物たちがいた。
明らかに普通ではない生物だった。人間と同じくらいのサイズの大鳥、爪が異様に発達した狼、角が生えた猪など、どう見てもまともではない。その生物たちには共通して、首にあたる部分に真っ黒な瘴気を纏った、鉄の首輪がつけられていた。
「これは、さすがに驚きましたわ。まさか魔物を飼っているなんて……ここは武器屋ではありませんでした?」
「ははっ!こんなへんぴなところには、滅多に人なんてこねぇからな。魔道具も使い魔も、ぜんぶ俺が扱ってるのさ。ちなみに、本来なら許可がないと、使い魔の販売はできないんだが……誰もガシャラになんて、立ち入りにはこねぇからな。無許可でやってる」
「ぶっ!?き、聞かなかったことにしておきますわ」
「はははっ!そうしてくれ!じゃなきゃこの村から、店が一軒消えちまう!」
愉快そうに笑うマドから離れ、私はケースの中を見てまわることにした。使い魔が雑な管理をされていないか、確認するためだ。もし手荒に取り扱っているようなら、私はここで物を買うことはできない。恨みを持った魔物を傍に置くなど、絶対にごめんだからだ。
使い魔というのは、捕らえて人の言うことを聞くように調教した、魔物たちの総称だ。
使い魔は主に二つに分類される。一つは完全に人の手によって躾けられた魔物。もう一つは、魔道具を使って、人に逆らえないように拘束した魔物だ。世間で飼われている大体の使い魔は、後者に分類される。
女神ヘールーの血を持ったものが使える闇属性魔法、『束縛』の魔法を付与した首輪をはめると、魔物は人に逆らわなくなる。束縛には、魔法によって付与された黒い瘴気に触れたものに、恐怖を与える効果があり、術者の意志に反した行動をとると、その効果はどんどん強まっていく。
人を傷つけてはならない、飼い主の言うことは絶対などの縛りを、多重にかけることによって、魔物は恐怖によって人に怯え、だんだんと敵対心を持たなくなる。そうして従順になった魔物は、国からのチェックを受けた後、使い魔として売ることが許可されるのだ。
しかし、この店はチェックを受けていない。要するに、魔物が敵対心を持ったままなのに、使い魔として販売されている可能性がある。そんな使い魔を買って、外に連れ出したら、私が襲われるだけじゃなく、他の人まで傷つけてしまうかもしれない。
私が見たところ、特に魔物たちが私に、敵意を持っているようには見えなかった。しかし。
「……せっかく見させてもらったけれど、私には、この子たちは買えませんわ」
「お前さんは面白そうだから、半額でもいいぞ」
「値段の問題ではありません。どの子も大きくて、連れ歩くには少し邪魔になりそうなの」
使い魔がいれば、戦闘はかなり楽になる。単純に一人分、戦力が増えるからだ。普段の冒険で役に立つのはもちろん、最悪な状況では、人間には頼みづらい一番危険な役割を任せられる。
囲まれた時には突破口をつくる一番槍として、危険なモンスターに襲われた時は、逃げるための囮として使うことができるのだ。おまけに束縛で縛り上げた魔物は基本的に、絶対服従だと言われている。首輪が破壊されでもしない限り、まず裏切らない。
だが、それでも使い魔を飼う人間はあまりいない。それは魔物に対する恐れから、ではなく、単純に邪魔だからだ。宿をとるときも、食事をとる時も、常に飼い主は魔物を見ていなければならない。もし使い魔が粗相をしたら、飼い主がその責任をとらなければならないからだ。
万が一、使い魔が不慮の事故でも、人を殺したりしたら、飼い主は監獄行きか、最悪死刑だ。
単純に戦力が足りないか、街にいるより外で魔物と戦う時間の方が多い変わり者ぐらいしか、使い魔は飼わない。私もその例に漏れない一人だ。自分の生活さえ安定していないのに、使い魔の世話なんてできるはずがない。
「そういうことなら、小さいやつらはどうだ?あんまり戦力にならないから誰も買わないし、さっきも言ったがお前さんは面白そうだからな。特別にただにしてやる。大サービスだぞ」
奥に行きゴソゴソと、マドは小さな箱に入れられた使い魔を取り出していく。
「ただより高い物はない、ってよく聞きますけど?」
「ありゃあただの詭弁だろ。自分が騙されて大損こいたから、教訓っぽく言ってるだけだ。ただより良いものはねぇよ」
そうだろうか。並べられていく使い魔には首輪がついていないし、中に入っているのも目が赤いリスとか、紫の液体を壁越しの私に向かってかけてくる蜘蛛とか、危険そうな魔物ばかりだ。危ない臭いしかしない。
首輪をつけていない魔物を、人間の手と言葉で躾けて使い魔にすることも、一応許されてはいる。だが、首輪なしのチェックは当然首輪ありに比べて倍以上に厳しいから、流通している数はとても少ない。そのうえ、首輪なしは言うことを全部聞くわけじゃないから、人気がない。
連れて歩くのは、魔物の反抗を一切恐れない強靭なメンタルの持ち主か、ただの変人かのどちらかだろう。
「ああ、躾けてないやつもいるんだ。蓋は勝手に、開けないでくれよ」
「躾けていないのを客の前に出したら、ダメじゃないかしら……?って、あら。なんだか、かわいいのがいるのね」
端に避けられた箱の中に、その子はいた。赤くて丸い球体を、ジェル状の液体で覆った生物だ。大きさは私の手のひらと同じくらいで、さっきからぽよんぽよんと、箱の中で小さく揺れている。こんな魔物は、本の中でも見たことない。
「ああ、そりゃあスライムだ。体が液体でできているから、変形自在なのが強みだな。打撃系の武器を使う魔物には盾として使えるから、大きかったら商品として売っていただろうな」
「この子は、商品じゃないの?」
「ああ。なにせ小さすぎるからなぁ。持ち運びには便利だが、このサイズじゃ何の攻撃も受けきれねぇ。スライムは中心にあるコアが破壊されると、体を保つことができなくなる。こいつじゃ一回役目をはたして、それでおじゃんだよ」
「……コアを破壊されたら?じゃあ、それ以外の要因で死ぬことはないの?」
「餌を摂取しなかったら、魔力がつきて体を保てなくなる。それ以外は、基本不死身だな」
「…………へー。この子が、もう少し大きくなる可能性は?」
「魔物を倒して、そいつの中に突っ込んでやりな。スライムはゆっくりと、どんな物でも消化して中に取り込んでいく。そしたら魔力貯蔵量が増して、どんどん大きくなるぞ。っていうか、なんだいお前さん。そんな奴が気にいったのかい」
「ええ。この子なら、持ち運びには困らないし、将来強くなるなら、損にはならなさそう」
箱を手に取り、じっくりと近くで見る。スライムはそんな私を一切気にせずに、楽しそうに小さくぽよんと、跳ね続けていた。
「こっちのポイズンスネークにしねぇか?さっきは使えるって言ったけど、スライムは人気がねぇ。首輪がつけられないし、大きくなるとスペースもとる。打撃には強いが、刺したり突いたりされたらてんでダメだ」
「いいえ。この子に決めたわ。見ていて癒されますし、箱に入れておけば人を傷つけることもなさそう。それにこの子ならきっと、私の仲間も受け入れてくれる。あと私の思う通りなら……ふっふっふっ」
びくりと、急に何かに怯えるように、スライムが縮み始めた。スライムから視線を外し、周りを見るが、特に何も変わった様子はない。どうしたのだろう。
「じゃあマドさん。この子、本当に貰っていきますわよ」
「おう構わねぇ。その代わり、今後ともごひいきに、な」
「ええ、もちろんですわ」
私はスライムを箱ごと持って、店から出た。
そういえば、この子の名前は何だろう。商品として売るつもりはなかったみたいだから、名前はないのかもしれない。それなら、私が名付けよう。
「スライムだから……ちょっと削って、ライムでいいかしら。あなたの名前は、今日からライムちゃんよ!」
あなたのことを言っているのよ、とわかってもらうために指を指しながら、私は名前を言った。
箱の中のスライムは、名付けてもらえて嬉しいのか、プルプルと小刻みに震えていた。
仲間にしてあげますか?
『はい』
いいえ
スライムのライムは、嬉しそうについてきた!
というわけで、仲間が増えました。ライムが怯えていた理由は、もう少し先でわかるかと。
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