イザベルとラビラビ
ランダムエンカウント方式。
村長に連れてこられた部屋には、口以外を包帯でぐるぐる巻きにされた一人の男がいた。ベッドで苦しそうに呻くその男には、肘から先の部分がなかった。
彼の名前はゼブラというらしい。村長の一人息子で、一ヶ月ほど前に村の人と資材を集めるために森に行っていたところを魔物に襲撃され、大けがを負ってしまったそうだ。
最初に会った魔物は群体で、さらに毒を使ってきた。全身を毒で侵され、這う這うの体で逃げていたところを別の魔物に襲撃され、腕を失った。彼が村に戻ってきたときには、生きているのが奇跡と呼べるほどに衰弱していたそうだ。
村にあった薬をありったけ使うことで命を繋げることはできた。だが毒による汚染が酷く、彼は戻ってきた日からずっと、まともに睡眠をとることさえできないほどの痛みに苦しまされていた。
「と、父さん……?そこにいるの」
「ゼブラ。具合は、」
「こ、殺してくれる、気になった……?も、もう、辛いんだ。痛いのも、嫌だけどさ。爛れた皮膚や、無くなった腕を見るたびに、もうみんなと一緒に、働けないと思うと、苦しくて、苦しくて……うぐっ」
体を震わせながら、苦しそうに咳き込んでいる。咳を一回するたびに、震えはどんどんと増していった。
「ゼブラ……すまなかった。俺が無理やり、森に行かせたりしなければ」
「いいんだ……みんなと一緒に働くのは、楽しかったから……。そ、それより、近くにいるその人たちは……?」
「…………」
「……?父さん……どうしたの」
ダインが突然、黙ってしまった。どうしたんだろうと思ってダインの方を見ると、ダインも私を見つめていた。何も言えず、私が黙っていると、ダインが無言で頭を下げてきた。
「さっき言った通りだ……。頼む」
「え、ええ!任せてくださいな!」
前に出て、ゼブラに話しかける。とりあえず、まずは自己紹介しよう。いきなり治療にはいると、警戒されしまいますものね。
「初めましてゼブラさん」
「……っ!だ、誰?む、村の人じゃないよね」
「ええ。私の名前はイザベル。王国からやってきた、えっと、お医者さんです。今からあなたの怪我を治すので、邪魔な包帯をとってもいいかしら」
「王国の、医者……!?父さん!医者を、げほっ、呼んだの!?うぐっ、ゲホゲホっ!」
悲鳴のような声をあげながら、ゼブラはベッドから抜け出そうとする。私がそれに困惑していると、ダインがゼブラを抑えはじめた。
「ゼブラ!おとなしくするんだ!」
「い、嫌だ!外の奴らの手なんか、必要ない!離して、離してよ!」
「……え、っと?」
「イザベル!ゼブラのことは気にしないでいい!早くやれ!」
「わ、わかったわ!」
私は暴れるゼブラの包帯をはがし、思わず顔を背けた。紫色に変色した皮膚からは異臭がしていた。もしかしたら、これを見られたくなくて彼は暴れているのかもしれない。
私は左腕の先の包帯と、押さえに使われていた布だけをはがした。そして魔法を発動させる。
「再生!それから、回復!」
私の手から青い光が飛び、左腕に吸い込まれていく。するすると腕が再生し始めたのを確認してから、回復を頭から順に足の先までかけていく。
ちらっと隙間を見て、元の肌色に戻ったのを確認する。それからゆっくりと、私は包帯をはがし始めた。
「やめろはがすな!こんな姿お前らなんかに見せたく……え、う、腕、なんで」
包帯の下から、パチパチと何度も瞬きをしながら無くなっていた左腕を凝視する、黒髪の少年が現れた。顔が少しやつれて、体も少し細くなっているように見えるが、今日から食事をしっかりととれば回復するだろう。
呻きもしていないし、左腕もしっかりと動いている。治療はばっちり成功した、と十分に言える成果だろう。
「ふっふっふっ。驚くのも無理はありませんが、説明は後です。それよりもこの後のことを、」
ばきっ!
「って、いったっ!?」
「お嬢!?」
「「イザベル!」」
頬に鋭い痛みが走る。ぐわんと視界が揺れ、私は思わず尻もちをついてしまう。口に苦い味が広がり、まさかと思い口に指を入れると、どろりとした赤い液体がついてきた。
上を見上げると、息を荒立たせながら拳を振り上げているゼブラがいた。どうやら私は、彼に殴られたらしい。
「……え、ええっ!?ちょ、な、なんで!?私何か悪いことしました!?」
「黙れ!お、お前、貴族だな!?何のつもりで僕を治したかは知らないが、ここはお前らが来る場所じゃ、」
「ゼブラァ!!」
再びばきっ、という音ともにゼブラが吹っ飛ぶ。床に転げ落ちたゼブラの胸倉を掴みながら、ダインは激昂していた。
「お前、助けてくれた人になんてことを!今すぐに謝れ!」
「い、嫌だ!僕と父さんを捨てた奴なんかに、頭なんて下げない!な、なんでこんな奴ら村にいれたんだよ!僕は助けてほしいなんて、一言も言ってないだろ!」
「相手が誰であろうと関係ない!謝れ!」
「嫌だ!クソ、離せよ、この!」
「ぐっ!?ゼブラ、お前!」
バキバキと、私たちが見ているのにも関わらず、二人は殴り合いのけんかを始めてしまった。どうやら喧嘩の原因は、私みたいだ。
確定ではないとはいえ、貴族の疑いがある私がこの村にはいる。そうすれば、必ず反発する人は出てくるだろうと、予想はしていた。そういう人たちと戦う心構えはしていたけど、まさか村の長とその息子が、私が原因で争うことになるなんて思いもしなかった。
どうしようと一瞬思い、どうしようもないなと心の中でため息をつく。私が謝って、どうにかなる問題じゃない。押し付けるようで気が引けるが、これはダイン自身に解決してもらおう。
手伝いはしたいが、私にできることと言えば、この喧嘩が早く終わるように、ゼブラの視界から消えることだけだ。変に何かすれば、ゼブラを刺激することになりかねない。とりあえず一階に逃げて、それからゼブラに対する立ち回りを考えよう。
「イザベル!大丈夫か!?」
「ラバード……。私は大丈夫よ。ああでも、ちょっとふらっとするわ」
「立てるかい?ほら」
ラバードが手をすっと差し出してくる。こういう気遣いをしてくれる男性が身近にいなかったので、こんな何気ない動作でもどきっとしてしまう。
「あ、ありがとう」
手を握りながら立ち上がる。落ち着こう。これくらいで照れてたら、男慣れしていないと誤解されかねない。私は純な人間に弱いだけであって、ちょっと優しくされただけで落ちるちょろい女ではないのだ。
「しばらくは休んでおいた方がいい。一階にはいけるかい?」
「そうね。ないと思うけど、大怪我になりそうな事態になったら呼んで。私は下に降りているわ」
「あ、じゃああたしも、」
「アンナ。ちょっとは気をつかえ。せっかく親切にしてやったのに、殴られたんだぞ」
「え……ああ、なるほど。さっすがベルベル。すっごく優しいね」
「前から思っていたが、その呼び方やめろ。あと優しくない。ぜんっぜん優しくないからな」
どうやら私が泣くと思って、ベルダは気遣ってくれているらしい。理不尽な理由で殴られるのはクソ兄上で慣れているから、その気遣いはあまり必要ないのだけど、今回の場合は好都合だしありがたく受け取っておこう。
そろりそろりと部屋から出て、音をたてないように階段を降りる。すると、外が騒がしいことに気づいた。ざっざっざっと、多くの足音があちらこちらから聞こえてくる。
「どこだ!?そっちにはいたか!?」
「わからねぇ!あいつ早すぎだろ、もう村から出ちまったんじゃねぇのか!?」
何の話だろう、と思い広間に入る、と。
かなり、変な人たちがいた。
「むむっ!?このラビラビちゃんが占拠した領土に侵入してくるとは何奴じゃ!名を名乗れー!」
「あ、あわわ……。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。こ、殺さないでぇ……」
一人は顔を青ざめさせがくがくと弱弱しく震えている、紫が混じった黒髪の少女だ。陶器のお椀とお箸を持って、私に謝りながらも目の前の鍋をチラチラと見ている。お腹がすいているのだろうか、口の端から小さく涎が垂れていた。
なんだか、どこかで見たことがあるような気がする。私が家族や使用人以外の人間と会える場は、貴族が集まるパーティぐらいしかない。しかしこんな場所に貴族がいるとは到底思えないから、ただの私の気のせいかもしれない。
そしてもう一人。こちらは間違いなく初対面だ。ツインテールにまとめた黒髪も、大きくキラキラと開かれた瞳も、言葉では怒っているようなのに、楽しそうに笑っている口元も覚えがない。
そして何より、紫色の足なんて摩訶不思議な物を持った人間なんて、ついぞ会ったことはない。ていうか、いてたまるかという感じなのだけど……目を何度もこすってよーく見ても、やはり彼女の足は紫色だ。それも先ほどの、毒に侵されたような禍々しいものではなく、水晶のように透き通った綺麗な紫色だった。
なんだか本当に透き通っているようで、床まで見えるような……見えますわね。いや、本当に見えますわね!?あれ水晶みたいじゃなくて、本当に水晶じゃない!?
「な、何者と聞くのはこちら側ですわよ!?あなたはどこの誰ですわ!?」
「ふっふーん!よくぞ聞いてくれました!名を聞かれたら答えるのが武士の務め!あれ、騎士の務めだっけ?うーん、まあ私騎士でも武士でもないから関係ないよね!でも名乗るー!」
謎の女はくるくると、なぜか無駄に回転しながら立ち上がり、きらっと音がしそうなほどにびしっとピースサインを決めて、名乗りをあげた。
「私は悪に生き、悪を切ったり切らなかったりするヘンテコ騎士団八魔剣の一人、貰った称号は突風の獣!名前はラビラビだー!暗いみんなと違って、私は基本明るくハッピーがモットーだ!好きなことは走ることと、えっと、なんだっけ。あ、そうだ!言い忘れてたから今言うね!この鍋は我々が頂いた!鍋が惜しくば村をよこせーってあっちい!?」
急に話をぶつ切り、鍋を抱えようとして火傷をするラビラビ。それを不安げに見るおどおどとした少女、そしてそれをどこか遠くの世界の出来事のように、ぼんやりと見る私がいた。たぶん今、私の目は死んだ魚の目のようになっているだろう。
「…………えっと……突っ込み待ち?」
「うん!うん?うん、たぶん!」
「そうですのね、ふっふっふっ。あなた面白いですわね」
「でしょー!リーダーからもよく言われるんだー!お前といると退屈しない、って!」
「危なかしくて、見ていられないとかは?」
「え、うん言われる!あなた凄いね!なんでわかったの!?テレパシー!?」
「ちなみに、そのリーダーって、あれかしら。あの恐ろしい魔王がいるって言われている、魔王国の、八魔剣の、リーダーのこと?一個でも違うのなら否定して」
「ううん!ぜーんぶあってるよ!疑り深いねーお嬢さんやー、私ウソつかないアルよ。ってうん?何の話してたっけ?あ、そうだ!八魔剣の話だね!えっとね、リーダーの名前はアマナミって言うんだけどね、」
「オッケー。ちょっと頭が痛くなってきたので、外で休んできますわ」
広間を出て、玄関から外に出る。
近くで走っている人に声をかけ、何を探しているか聞くと面白い話が聞けた。なんでも紫の足をした女が村に来て、食料を盗むと宣言したそうだ。最初は囲んで捕まえようとしたのだが、あまりにも早く動くので誰も捕まえられず逃がしてしまった。今はその女の捜索中らしい。
見つけたらすぐ教えてくれ、という言葉に頷きながら、私は家の前で座り込む。
私が知っている知識だと、彼女の言う八魔剣とは、王国の敵国である魔王国の強力な将の一人のはずだ。体に魔鉱石を埋め込んだ彼らは神の血なしで、見たこともない魔法を使うと言われ、王国では恐れられていた。
噂では魔王国の防衛に回され、滅多に外にはでてこない存在のはず、なのだけど。
「あ、ねぇ!あなたの名前は何て言うの!?」
外に飛び出してきたラビラビの足は、やっぱりどう見ても石でできていた。彼女が妄想に取りつかれただけの危ない人という可能性は、やっぱりないみたいだ。
「イザベルよ。ねえラビラビ。一つ、聞いていい?」
「イザベルかー!良い名前だね!うん?なになにー?」
「八魔剣って……暇なの?私が言うのもなんだけど、王国の人が攻めてくるかもしれないじゃない。こんなところにいて、本当に良いの?」
「超暇だよ!どれくらい暇かって言うとね。動けるメンバー全員で、ちょっかいをかけて酒を飲むためだけに、王国に行くくらい暇!」
「ダメ人間の集まりじゃない!?国防辞めちまえですわ!?」
突風の獣、ラビラビ。
本人が言った通り、根暗が集まる八魔剣の中では珍しく明るい女。宝玉を賜った箇所は両足。身体能力が高い代わりに、さっき言ったこともすぐに忘れてしまうアホの子。任務を任せてもほぼ間違いなく失敗して帰ってくるので、八魔剣ではラビラビは移動担当ということになっている。魔法を発動させると、人が視認できないほどの速度で動き回ることができる。
面白いと思ったら評価していただけると幸いです!




