イザベルとガシャラ②
「……ベルダだ。そこの娘の仲間で、目的が一致したからここに来た。詳細はそいつに聞け」
「ベルダ。そういう押し付けはよくないと思うわ。ちゃんと自分の言葉で喋りなさい」
「む……面倒だな。まあ強いて言うなら、今まで通り冒険者として生きていくためだ。王国は居心地が悪いから、ここで動くことにした。ただそれだけだよ」
言い切ったベルダが、私を軽く睨んでくる。彼女がここに来たのは、王国で行き場を失ったからだ。私に丸投げしようとしたのは、それを言いたくなかったからだろう。
いつもなら、それにうまく合わせるように私も動く。けど今は別だ。目の前の相手が、私たちのことを真剣に知ろうとしている状況で、そんなことをしては失礼だ。
私はダインに、みんなのことを信頼してほしいと思っている。失礼な相手には誰も信頼を返さない。だからベルダには、ごまかすにしても、ちゃんと自分自身の口で自分のことを喋ってほしかったのだ。
「……居心地が悪い、か。何か、問題でも起こしたか?」
「そこまで話す義理はない」
「……そうだな。誰にだって、話したくないことはある。お前が話してもいいと、判断した時でいい。いつか聞かせてくれ」
「……ふん。覚えていたらな」
「……ああ」
「…………」
「…………」
「……もういいか?」
……ちょ、超失礼ではありますけれど!ベルダのあの態度はぎりぎりセーフのはず!性格がちょっと高圧的なだけですから、きっと多めに見てくれる!というか、そうじゃないともうアウトなのですわ!?
「あ、次、あたしでいい?名前はアンナ。お嬢の従者をしています。目的と呼べるほどのものはないけど、お嬢と一緒にここで楽しく過ごせたらいいなって思ってます」
喋り方がキレキレのベルダと入れ替わるように、考え方がふわふわのアンナが喋り始めた。
どんよりとした空気が、ちょっとだけ明るくなる。アンナのマイペースさに、今だけは感謝したい。
「楽しく過ごしたいのなら、こんな枯れた台地になど来なければいいだろう。なぜわざわざここに来た?」
「……うーん。お嬢がここに行きたい、って言ったからかな」
「ただの付き添いということか?ここでの生活は、お前が想像しているよりもはるかに厳しいぞ。耐える自信がないのなら、そこの主人を捨て、国に帰れ。それがお前のためだ」
「え、やだ。お嬢がいないと楽しくないし、美味しい物も食べられないじゃん」
「…………お前が残る理由は……それだけなのか?」
「それ以外に必要な物って、ある?」
「…………い、いや、どうだろうな」
さすがアンナだ。自分の欲を話すことにまるで躊躇がない。間髪入れずに迷いなく、きりっとした表情で言うものだから、なんだか凄い人に見えてくる。普段のアンナを知っていなければ、私もダインと同じように気圧されていたかもしれない。
「ところでその鍋、どれくらいが食べごろなの?お皿とお箸は?」
「アンナも終わったから、次は私の番ね!私の名前はイザベル。ここには冒険者になりにきました!」
よだれを垂らし始めたアンナを遮って、私は元気よく名を名乗った。今の私たちの評価はたぶんマイナス側だ。私が少しでも良い印象を与えておかないと、たぶん不審者だと思われる。
「冒険者、か。王国でもなれるだろう。なぜここに来た」
「王国では、夢が叶えられないと判断したからです。私は家族から道具のように扱われていました。あの人たちがいる場所では、私は自由に動けません。だから彼らが追ってこられない場所まで、逃げることにしたの」
「それが、ここだったというわけか。聖王国には行かなかったのか?」
「候補として、考えはしました。だけど、あそこはあまりにも自由がありません。行っても私を束縛する相手が親から国に変わるだけです。それならば、苦しい生活になるとしても、国や規則に縛られないここに来た方がいいかな、と」
「……なるほどな。お前はまだ若いわりには、しっかりとした考えがあるようだ。前の二人が、年下であるお前を頼りにしている理由が、少しわかった」
「まあ。ありがとうございます」
頭を下げながら、私は考える。今のところ、反応はかなり良いように思える。このままの調子でいけば、この村に残してもらえるだろう。だが問題が一つある。私がここで暮らすうえで、開示しておかないとまずい情報があるのだ。
後からでは遅い。ここで話しておかないと、間違いなく自分の首を絞めることになる。さてどう切り出すか、と私が考えていると、ダインが頭をかき始めた。
「……わからんな。ちゃんと考えがあるのなら、なおさらなぜここに来た。ガシャラ以外にも、王国の者がほとんどよりつかない、辺境の村はいくつかある。敵国との距離が近いうえに、毎日の暮らしにも困るほど資源が不足している。わざわざ一番危険なここを選択したわけはなんだ?」
渡りに船、というやつだ。私は一度間を置き、相手を刺激しないようゆっくりと喋り始めた。
「……ダインさんは、魔法使いについて、どう思いますか」
ぴくりと、村長の瞼が震える。こちらを見る目が、一段と険しくなった。
「……魔法を使える奴は、大体が貴族の出身だ。俺からすれば、全員敵のようなものだ。言わなくてもわかるだろう」
「ええ、そう言われると思いました。ただ、稀に平民の中にも、神の血を持って生まれてくるものがいますわ。親が過去に貴族の者と交わった。親のどちらかに眠っていた神の血が、子供に移ったときにたまたま隆起した。事情はその時で様々ですが、生まれてくる可能性はゼロではありません。そんな、貴族とは関係を持っていない魔法使いに対しては、どう思われますか?やはり、敵だと?」
「……なぜ、そんなことを聞く。お前がそうだとでも言うのか」
私はその質問には答えずに、この時のために用意しておいたポーチをポケットから取り出した。中には布を縫う時に使う小さな針がいくつも入っている。
その中から一本を取り出して、私は左手の親指にぷすっと、それを突き刺した。血がたらりと流れ出たのを確認し、ダインに見せた。視線が動いたのを確認して、右手で左手を包む。
「回復」
魔法を発動させると、右手から緑色の光が溢れ、怪我をした親指へと集まっていく。驚くダインさんに、私は指の腹を見せた。さっきまで血がぷっくりと溢れていた傷口は、綺麗に塞がっている。
「これが、私の魔法です。この魔法は人の怪我や病気を治すことができますわ。ダインさん。失礼ですが、この村に医者はおられるのかしら」
「…………いない。貧民だった俺たちの中には、医術の知識を持ったものなどいなかった」
「私はこの力を、冒険者としてだけではなく、いろんな人のために使いたいと考えています。怪我をして苦しんでいる人、病気で寝込んでいる人、そしてそれらの症状があるにもかかわらず、治療を受けることさえできない人。他の村には過去の遺恨などありませんから、王国から働きにやってきた医者がいるかもしれません。しかしここには、きっと誰も来ない。あなたたちが受け入れようとしても、報復を恐れて誰も、ここに近づこうとしないからです」
「だから、私が救ってあげます、ということか?ふざけるな。人を下に見すぎだ。お前の助けなどなくとも、俺たちは生きていける」
「私はただ苦しんでいる人を一人でも多く楽にして、日々を生きていくための対価と、感謝の言葉を頂きたいだけです。この村に住む許しが貰えるなら、この村に住む者全員に、追加料金なしで永続的に、治療を行うと約束しますわ。それでも、私のことを追い出しますか?」
「なんだと!?」
ダインの目が大きく開く。口では平気だと言っていたが、やはり医者がいないのは苦しかったのだろう。手をわなわなと震わせ、疑うように私を何度も凝視してくる様子から見て間違いない。
思った通り、良い具合に食いついてくれた。彼は今、私を手ばしたくないと思っている。ここまでくれば多少欲張っても、彼が私を蹴って追い出すことはないだろう。
なら、ここからは交渉の時間だ。後から料金を取らない以上、報酬を多少盛っても問題はないだろう。最初の報酬を盛れるだけ盛って、ここでの生活を安定させるのですわ!
「そ、それは、本当なのか!?」
「ええ。まあ先ほども言った通り、対価は頂きますが。私たちがここで生活をする上での住居と、治療を行える作業場。ここで安定した収入を得るまでの間生きていけるだけの食料と、医療道具の優先的使用権。それと金銭ももちろん頂きますが、これは冒険者ギルドでかかる登録費用の分だけでいいですわ。治療は全てただで行うのですから、これぐらいは構いませんわよね」
村にとって厳しい部分には手を出さなかったとはいえ、ちょっと盛りすぎたかな、と思い横目でちらっとダインを見ると、信じられないというような表情でこちらを見ていた。やはり、やりすぎたみたいだ。
「……ああ、いえ。やっぱり、食料まで貰うのは悪いわ。冒険者になりさえすれば、稼ぐのも問題はないはずですから……推薦状を貰えないかしら。村の長直々の物なら、王国管轄のギルドにも多少の効力はあるはず。食料は自力で手に入れるから、それだけ頂いてもいい?」
「……お前の魔法は、」
「はい?」
「どこまで、治せるんだ。切り傷や刺し傷を塞ぐ、それだけしか、できないのか?」
「……あ」
思わず声が漏れた。相手からすれば、今の私は小さな傷を治せるだけの小娘でしかないということを、すっかり失念していた。
交渉に移行するのがちょっと早すぎた。さっきの信じられないという表情も、たったそれだけしかできないのによくもそんな欲張りが言えるものだな、ということだったのだろう。
顔が熱い。凄く恥ずかしい。なんとか誤解を解かなければと思い、慌てて話し始める。
「え、えーっと!そ、そんなことはないわ!傷だけじゃなくて、骨折や毒も治せるの!やろうと思えば無くなった部位も治せるのよ!?あ、そうだ!ちょっと外に出ましょうか!?私の腕をぶった切って証明するわ!見てて、もうすぐに治るんだから!私本当に凄いのよ!?」
「お嬢落ち着いて!?村の中でそんなことしたら怖がられるよ!?村の人たちドン引きだよ!?」
アンナに言われ、ちょっと頭が冷える。そうだ。ここでは外に普通に人がいるから、気軽に切断実験とかできないんだった。
すぐに治るとはいえ、血が切断面からドバドバ飛び散る光景を見せるわけにはいかないだろう。
「そ、それもそうね。ダインさんには悪いけど、見せるのは夜になってからでいいかしら。まだ村の人も外にいるから、ちょっとやりづらいわ」
「お嬢。あたしとしては、そもそも切断するのをやめてほしいんだけど!」
「何言っているの。実力をちゃんと見せないと、私が誤解されたままになってしまうじゃない。このままだと、私は羞恥で悶え死ぬわよ」
「血を出すことは微塵も気にしないのに、そっちは気にするんだね!?」
「……お前ら、食欲を減衰させる話をするな。せっかく鍋ができたのに、急に食う気が失せてきた」
ベルダに怒られ、謝りながらアンナとともに座りなおす。
ベルダの言う通り、鍋は湯気をたたせながらぐつぐつと音をたてていた。もうすぐにでも食べれそうな状況だが、すくうための器がない。てっきり時間になったら、さっき食材を運んできた人たちが、器も持ってきてくれるものだと思っていた。
「ダインさん。話の途中だけど、鍋ができたみたい……よ?」
途中で言葉が途切れてしまったのは、先ほどまで険しい表情でこちらを見つめていたダインが、ポロポロと大きな雫を落としながら、泣いていたからだ。腕を何度も瞼に当てて、肩を震わせている。目にゴミが入ったとか、そういう理由ではなさそうだ。
「ど、どうしましたの……?」
「……イザベル、と言ったな。無くなった部位も治せるという言葉に、嘘はないな」
「……ええ、もちろん」
自信をもって答えると、ダインは目に涙をためたまま、私をまっすぐに見つめてきた。
「……食料でも、お金でも、俺に渡せるものなら何でも渡す。その代わり、ゼブラの怪我を治してくれ」
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