イザベルとガシャラ①
日が昇ってくる少し前に、私は目を覚ました。護衛で雇われた傭兵たち以外には、周りで起きている人は誰もいない。
私は寝袋を抜け出し、アンナのもとへと向かった。よだれを垂らしながら熟睡している彼女の頬を軽く叩き、無理やり起こした。
「……あれ、おじょー……?なにかあった……?」
「一つガシャラに着く前に、言っておきたいことがありますの。たぶん、ガシャラに着いたら私たちは村の長からいくつかの質問を受けると思いますわ。身分とか、なぜここに来たのかとかですわね」
「とりしらべってやつ……?」
「そう。わかってるとは思いますが、私が貴族だということは喋らないように。バレたら荒野に追放ですわよ」
「りょーかーい……。いざとなったらえーっと、モクヒケン、だっけ……。それつかうからだいじょうぶー……だからもうちょっとねかせてー」
「いいですけど、起こしませんわよ?」
「そんなせっしょうなー……むにゃむにゃ」
アンナから離れて、寝袋に戻る。ベルダは一々言わなくてもわかっているだろうから、そこまで気にしていない。心配なのはアンナだったのだが、まあ彼女の面の皮はだいぶ厚いし、本人の言う通りいざとなったら知らぬ存ぜぬで押し通してくれるだろう。
だから私自身がへまをしなければ、ばれることはないはずだ。
朝になり、馬車に乗り込んでからも、私は脳内でシュミレーションを繰り返した。
想定される質問とそれに対する返答。アンナやベルダとの関係、自分の生まれについて話す際に矛盾がないか、何度も何度も確認した。だがやはり、目立った粗は見つからない。
昼に一度食事と仮眠をとり、最後にもう一度だけ確認してから、私は考えるのをやめた。
大丈夫だ。やっぱり粗はない。私が余計なことさえ言わなければ、絶対にばれない。
そう確信してからは、腰の痛みと戦いながらぼんやりと過ごした。そうしているうちに、馬車がゆっくりと減速を始めた。どうやら、ガシャラに着いたみたいだ。
止まった荷馬車から、全員で外に出る。前に行くと、アーチ状の木の門の前で話している行商人と一人の男が見えた。
男は白い半そでのシャツに草色のガウンを羽織っていた。少ししわが寄った目元から、初老ぐらいかなと思った。肌は日に焼けて黒くなっており、手や足はごつごつと膨れていた。おそらく、毎日過酷な労働をしているからだろう。
私が近づくと、男は一度ぴたっと動きを止め、行商人に困惑した表情で話しかけ始めた。
「おい。あいつらはなんだ?」
「客だよ。事情は知らんが、ガシャラに行きたいって言ってたから乗せてきた。ここに置いていくから、あとはそちらで預かってくれ」
「……この村のことは、外部ではあんたが一番よく知っているだろ。あんな奴らを置いておけるほどの余裕は、ここにはない」
「そんなことを言われても俺は知らん。俺はお前らに足りない物を渡して、お前らから代わりの物をもらうだけだ。文句はあいつらに言いな」
「……ああ。お前はそういう奴だったな」
「追い出すつもりなら、先に言っておいてくれよ。さすがにこんな何もない場所に見捨てていくのは、俺でも忍びない。王国まで送っていくからさ……代金はお前から貰うがね。ああ、まさかとは思うが、あいつらを殺して捨てたりはしないよな?ダイン村長」
「馬鹿にするな。貴族が相手ならともかく、理由もなく人を殺すほど落ちぶれてはいない」
貴族も殺さないでほしいのですわー、と言いたいのを我慢して、軽く手をあげながら挨拶をすることにした。
人間関係は第一印象が大事だと聞く。元気に挨拶をすれば、相手も友好的に接してくれるはずだ。
「こんにちはー!初めまして!私は、」
「黙れ。話の途中だ」
「……ひゃい」
凄んだ声で黙らされ、怖い目で睨まれた。今までに感じたことがないほどの圧にぶるぶると震えながら、アンナの後ろへと逃げ込む。確かに空気を読めていなかったかもしれないけど、あんまりじゃありません?
「お嬢ー。どんまい」
「絶対嫌われたわ……大失敗だわ……」
「いやいや、あの人本気で怒ってはいなかったから、まだ大丈夫だよ。お嬢ならすぐに挽回できるはずだよ」
「そ、そう?どうしてわかったの?」
「敵意がなかったからね。あたしそういうのには敏感だから、相手が一瞬でも殴ろうとしたり、脅そうとしたらすぐにわかるんだ」
「……初めて聞きました。あなたにそんな感覚があるなんて」
「使う機会がなかったから、言う必要もなかったんだよ」
確かに、安全な屋敷でそんな特技を披露されても困るだけだ。アンナにとっては、わざわざ言うことでもなかったのだろう。
「なんだか、戦わないあなたにはもったいない才能ね」
「うん。暴れてた昔はともかく、今はまったくというほど使わないからね。譲れるなら、お嬢に譲りたいくらい」
「……暴れてましたの?」
「うん?これも言ってなかった?」
「めちゃくちゃ気になるから、あとで教えなさい」
そんな風にアンナと話しているうちに、村長と行商人の話が終わり、私たちは村に入ることを許された。
行商人が物を売っている間、私たちは村長の家で歓迎を受けることになった。
だが、これはおそらく善意からくる歓迎ではないだろう。彼は私たちが信頼できるかどうか、見極めるつもりなのだ。実際に話して、危険がないなら村に残し、ほんのちょっとでも危険だと判断したなら、金を払ってでも追い返す。そういう腹積もりだと、私は予想している。
「お嬢!歓迎だって、良い物食べられるかな!」
「アンナー?ちょっっっとは慎みというものを覚えて?あなたはもう大人でしょ?」
「何かをご馳走するって言われたら、自重するだけじゃなくて、素直に喜んでおくのも大事だと思わない?」
「それはそうかもね!?でも自重を全くしない人が言うセリフでもないわ!?」
目をキラキラとさせているアンナを落ち着かせながら、村の様子を観察する。
思った通り、かなり苦しい生活をしていると感じた。村の中心へと向かっているはずなのに、通りには活気がないし、人々の顔は沈んでいる。家の壁や屋根には所々穴が開いているものがあったし、道路にはゴミが散乱していた。なんだかとても寂しい雰囲気だ。
荷物を積んだ馬車を見ると、明るく駆け寄ってくる人もいたが私たちを見るとびくりとして、逃げて行ってしまう。やはり王国から来た人間に対しては、かなりの警戒心を抱いているようだ。
「……イザベル」
「あらラバード。どうしたの」
「ベルダさんと話したうえでの提案なんだが、馬車から離れないか。どうやら僕たちは、村の人たちから怖がられているみたいだ」
「そうみたいね。できれば、仲良くしたいけど」
「まずは長に信頼してもらわないと、きっと彼らも信頼してくれない。ここは一旦離れよう。僕が村長に話してくるよ」
そういうわけで、私たちは馬車から離れて、村長の家へと向かうことにした。村長の家は他の家よりも大きく、作りも頑丈そうだったが、村の長が住むにしてはやはり小さいように感じた。
ドアを開け、木で作られた廊下を進む。家の中腹あたりに、その広間はあった。
ゴザが円形に並べられたその広間の中央には、四角に切り取られた床の下に灰が敷き詰められ、その上に薪が重ねられていた。さらにその上には、空っぽの鍋が吊るされている。
私たちがゴザに座ると、村長は私たちの反対側の位置へと腰を下ろした。鍋を挟んで、ちょうど向かい合う形だ。
それから、村の女性が肉やキャベツなどの野菜を持って、広間へと入ってきた。鍋に食材とだしをいれて、薪に火をつける。
ぱちぱちと燃える火にあぶられ、鍋が温められていく。
「室内で焚き火をして、料理までするなんて凄いわ。初めて見ました」
「囲炉裏というやつだ。硬くて安全な、コンクリートの家に住んでいた嬢ちゃんが知らないのは、当然のことだな」
「……もしかして、まだ怒っています?」
「……」
今度は無視された。もちろん、これぐらいのことでへこたれるような、柔なメンタルはしていないけど、それでも辛い。
「ダインさん。警戒されているのはわかりますが、無視をするというのは、さすがに失礼ではないですか」
いたたまれなくなったのか、ラバードがフォローをいれてくれた。ありがたい。正直私一人で話すのは、だいぶ厳しい相手だと感じていたのだ。
「まったくだ。ただ黙って座っているだけなら猿でもできる。この村の長は獣と同レベル、と判断してもいいのか?」
「まってまってまって!?それは言いすぎよベルダ!?」
私を庇ってくれるのは本当に嬉しいけど、そこまでは求めてない!ベルダの口を塞ぐために慌てて立ち上がる。
「いい」
「え?」
「そちらの騎士たちが言うことは、最もだ。先程の間は考え事をしていただけだったが、無視をされたと、そう捉えられても仕方がない。すまなかったな」
「あ、いえ、別に構いませんけど……」
座りなおし、改めて向かい合う。村長の険しい目は、こちらを見定めるように強く向けられていた。
「まず初めに、俺の名前はダインと言う。この村の長を務めている。いきなりで悪いが、一つだけ質問がある。何をしにここに来た?名前とともに答えてくれ」
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