決して咲くことのない氷薔薇庭園②
迷っている暇はないと判断し、潰された方の足に光質化を使う。
形状をばねのように変えて、地面から飛び起きる。ちらりと後ろを振り返ると、俺たちが入ってきたゲートは既に魔鉱石で覆われ、蟻一匹通ることができないようになっていた。
退路を塞がれ、味方を全滅させられた。そのうえ、だ。
地面からバキバキと音をたて、さっき見つけたライン以外の場所からも、魔鉱石が本物の植物のように生えてくる。それも一本ではなく何本もだ。形状も先端が剣や槍の形をしていたりと様々で、騎士たちを締め上げている太い茨のような物もあった。
今になって理解した。門の守りが薄かったのは、これがあったからだ。ぱっと見がら空きに見えるこの国の入り口は、地面に仕込んでいたラインから伸びる魔鉱石によって厳重に守られていた。
光質化させた右足がずきずきと痛む。頭の中では、ここは一度引くべきだ、と警鐘が鳴っていた。だが、こんな状態で味方のところに戻れば、敵から逃げたとあの雑魚どもに勘違いされる。そんな侮りを受けるくらいなら死んだほうがましだ。
四方から襲いかかってきた魔鉱石を、すべて槍で迎撃する。あっさりと割れたところを見ると、硬度はそこまででもないようだ。ただし、俺が破壊した瞬間から、また別の物が生えてきている点は驚異的だ。まさか、あのラインが繋がっている限り無限に再生するのか?
割った魔鉱石をかき集め、巨大なハンマーへと光質化させ、ラインに叩きつける。もし魔鉱石の生成を止めさせることができるのなら、上で捕まっている騎士たちを助けるチャンスができる。
そう思っての行動だったが、うまくはいかなかった。ラインは先ほどと同じようにあっさりと割れたものの、割れた部分から植物の根っこのような細い線が幾つも伸びて、壊したラインをまたつなげてしまったのだ。
ありえない。これは何の魔法の力だ。こんなでたらめなことができるなら、なぜ今まで攻撃してこなかった。
「クソ!貴様、何者だ!?こんな芸当が、ただの人間にできるはずがない!」
『なんでしょーねー!答えが知りたいのなら、今すぐダッシュですよイケメンさん!私、あの場所で待ってるから!あなただけは来てくれるって信じてるね!絶対来てね!絶対だよ!』
「さっきからごちゃごちゃと……」
『来てくれなかったら、カナシクてカナシクて、殺しちゃいますからー!』
女の声とともにぎちぎちと、何かをすり合わせるかのような奇怪な音がし始めた。その音は後ろからだんだんと近づいてきていて、よく聞くとそれは、凶暴な獣が獲物を前にした時にする歓喜の唸りのようだった。
クソ。目の前の攻撃に対処するのに精いっぱいで、後ろを振り返ることすらできない。このままでは物量で押しつぶされる。
短期決戦しかない。幸いなことに相手の位置だけはわかっている。俺の魔力が尽きる前にそこまでたどり着く!
周囲を囲むように盾を作り出し、塔へと走り出す。何本もの剣や槍が四方から向かってくるが、さっきの攻防で硬度は確認している。盾さえ維持していれば危険にはならない。
問題は盾ごと押しつぶしてきそうな茨だが、これは攻撃が全て大振りなので、発生個所さえ覚えておけば楽に回避できる。道を塞ぐように薙いで来た時だけ、ハンマーで破壊していけばいい。
そうして障害を排しながらかけていくと、敵側の攻撃に変化がでてきた。魔鉱石の色が茶色へと変わり、破壊すると勢いよく炸裂するようになったのだ。ただ守っているだけなのに、盾の隙間からとびこんできた魔鉱石に体をズタズタにされ、たまらず盾の数を増やすことになった。心臓や顔をやられたら終わりだ。
視界が狭まった上に、巨大な茨などの破壊を困難にされた。さらに塔に近づくほどにラインが増えていき、足元からの攻撃にも気をつけないといけなくなった。
「こんなの、避けられるわけが……!?」
地面から槍が、俺を貫こうと伸びてくる。たまらず、近くにあった民家の屋根へと俺は飛び移ろうとした。
それがまずかった。飛び移ろうとした民家の屋根から、何十本もの真っ黒な槍が伸び、動けない俺へと向かってきたのだ。今までとは色が違う槍を警戒し、迎撃するためにハンマーを横殴りに振う。
だが、槍が破壊されることはなかった。ハンマーに直撃した槍はがぎんと鈍い音を響かせ軌道を変えたものの、すぐに元の勢いを取り戻し、俺へと向かってきたのだ。
動揺を抑え込み、盾を俺の前面へと集結させたが、無駄だった。槍はあっさりと盾を貫き、空中で身動きが取れない俺を躊躇なく串刺しにしてきた。
「がああああああ!?」
痛みに苦しみながら、頭を働かせる。盾で軌道が変わり勢いが落ちていたからか、俺に刺さった槍は数本だけで、刺さった個所は右腕と左肩に左わき腹だ。
急所は全て外れている。だが、目に見えるほどのかなりの血が流れている。今は刺された個所を皮で覆うようにして光質化し、出血を抑えているが、早く手当てをしなければ俺は死ぬだろう。
死というものを意識したことは、今日が初めてだった。あいつと戦った時も、何をしてくるかわからない不安こそあったが、死ぬなんて思いもしなかった。
ガチガチと歯が鳴り、体が小刻みに震え始める。知っている。俺はこれを何度も見てきた。
俺に負けた奴らはみんなこうだった。俺を恐れて、俺に媚びて、最後には歯をガチガチと鳴らして震えながら頭を下げる。弱者の最後というものはみんなそうだ。強者に戦いを挑むのではなく、みっともない言い訳を並べ立てて許しをこい、ただひたすら上手く行くことを願うだけ。
なんとみじめな存在だと笑っていたのに、今は俺がそれになりかけている。
「ふざけるな……!ふざけるなぁ!」
そんなのは認められない。アイギス家の長男として生まれた以上、俺は他の誰よりも強くなければならない。
俺の最も優れた点は、強さだ。俺は兄弟の中で最も魔力の扱い方が上手かった。あの妹のように、魔力を暴走させることもなかったし、光質化も俺が一番早くできるようになった。あのいつも無表情な父さんですら、俺の強さを知ったときは大いに喜んでくれた。
強者として生きることこそ、俺の生まれた意味だ。それができないのなら、俺の代わりなんていくらでもいる。だから、どんな辛いときでも俺は弱者のようにはならないと決めていたのだ。
「それなら、さっさと動けぇ!!!」
刺さった槍をハンマーでたたき割り、足に全魔力を集中させる。足の裏に爆弾をしこむようなイメージで魔力を流し、一歩ごとに暴発させ、体を加速させていく。
魔力をあまり回せていないからか、刺された個所からゆっくりとだが、血が流れだしていく。魔力も大量に消費したためか、頭がしびれるような痛みを発し始めていた。
それを無視して全力でかける。俺に向かってくる攻撃も、致命的なもの以外は回避しない。攻撃が激化したということは、相手も焦っているということだ。もう少しで、攻撃が届く位置にまでたどり着けるはずだ。
塔の目の前には、道を塞ぐかのように茶色の茨が何十にも重なっていた。
「ああああああ!!」
重なった茨を、傷を覚悟でたたき割る。炸裂した石で左目と右耳が潰され、足もズタズタにされた。光質化で強引に形を保っているが、恐らく長くは持たないだろう。
だが、間に合った。ぼやけた視界に、ようやく敵の姿が映る。塔を登る階段の前に、円状の開けた空き地があり、そこに誰かがいた。ラインの終結する点の真上にそいつは立っている。暗いうえにぼやけてよく見えないが、体格は小柄で細い。さっき話したジェムと名乗る女と見て間違いないだろう。
「うえっ!?本当に来たの!?社交辞令を本気にするとか、追っかけファンはこれだから!」
「俺を弱者に貶めようとした酬いだ!潰れろっ!」
ラインからの攻撃を避けるため飛び上がり、槍を警戒して周囲を隙間なく盾で埋めた。黒い槍が飛んできたときに備えて、硬度はあげてある。だから、あとはハンマーを叩きつけるだけだ。
「きゃー潰されるー!?だれか助けてー!?」
「もう遅い!」
縦から体を潰すようにハンマーを振るった。人間に向けた一撃としては、余りにも威力が大きい。次に女を見るときは、潰れてミンチのようになっているだろう。
傷を受けすぎたが、とにかく俺の勝ちだ。俺はここで死ぬだろうが、これだけの強敵を討ち取ったのだ。王国で俺は英雄として称えられるだろう。アイギス家の名を汚すようなことには、きっとならない。それなら、いい。
強いて未練があるとすれば、父さんに一度ぐらいは褒めてもらいたかった。だが、それは叶わない願いのようだ。
「死ねえええええ!!!」
「って誰もいない!?はあ、しょうがない。じゃあここは、必殺ジェムスイングで、危機を乗り越えるとしましょうか」
「かっこつけてますけど、本当はお家に帰りたいでしょう?送り届けてあげますよ」
ぴたりと、急にハンマーが動きを止めた。魔力をどれだけ増しても、一切動こうとしない。何が起こった。
重力に引っ張られ、体ごと前のめりに墜落していく過程で、俺は見た。巨大なハンマーの先には、比べるのが馬鹿らしくなるほどに小さな右手が一つあって、ハンマーの動きを止めていたのだ。
ありえない。あんなもので、受け止めたのか!?巨大な茨をも割ったあのハンマーを、なぜあんな小さな体で止められるんだ!?
俺の頭が真っ白になった瞬間、がしりと、女が俺の右手をつかんできた。ハンマーをゴミのように捨てながら、離した手を掴んだ手に重ね、女は回り始めた。
「ブオンブオン!さあさあさあ!ジェム選手の第一投!前回の記録を塗り替えることはできるのか!」
引っ張られ、体がぐるぐると回される。光質化で反撃しようとしたが、回転の速度はどんどん上がっていき、痛みと吐き気が耐えきれないほどに込み上げてきてそれどころではなかった。俺ができたのは全身を光質化させ、体がバラバラにならないようにすることだけだった。
「ここまで来てくれて、ありがとう!でも五体満足でいるのは想定外!正直迷惑なので、ぐちゃぐちゃになるまで飛んで行っちゃってくださーい!」
ぱっと両の手を離され、俺は空を飛んだ。
何十分、いや何時間も飛んでいた気がする。ぼやけた視界に、おかしなものが何度も見えた。何かが俺に手を振っていたのだ。さよならとでも言うかのように、国のあちこちから何百本もの青い腕が、何度も何度も手を振っていたのだ。
意識が飛んでいたのだろう。気づいたら、俺は地面に落ちていた。周囲を見渡すと、俺たちが入ってきたゲートが見える。どうやら、入り口に戻されたらしい。
「ああ……ああ……?」
勝てなかったという失意と同時に、疑問がわいてきた。光質化で身を守ってはいたが、あれだけの高さから地面に叩きつけられ、俺の中身はぐちゃぐちゃだ。折れた骨が肺や胃といった臓器に何本も刺さっているのが、見なくてもわかる。
だがどういうわけか、こんな状態になっても俺はまだ死んでいない。投げ飛ばされてからどれだけの時間が経ったのかはわからないが、これだけの重傷を負っていれば普通即死だろう。
「なんで生きているんだろうって顔してますねー?女王の鉱脈を使って、回復魔法をかけてあげたんですよ。死んでないのは私のおかげなんだから、感謝してくださいよー?」
ガサガサと草をかき分ける音とともに、ジェムがやってきた。せめて、俺を倒した女の顔を見たいと思い、痛みをこらえながら体を捻る。
「……化け物」
そこにいたのは、宝石だった。二つに分かれた長い髪も、彫刻のように磨き上げられた顔も、花の茎のように細い腕も足も、すべてが宝石。月光に照らされ虹色に輝く女は、現実の物とは思えないほどに幻想的だった。
「違いますよ?私はこの世で最も完璧で可愛らしい歌姫。あなたたちと違って、最初っから完璧なものとしてこの世に生を受けた、新しい生命です。未熟なあなたを利用してあげますから、感謝でむせび泣いてくださいね」
「……さっさと殺せ……。捕虜になってまで、生きるつもりはない……」
「だーめでーす。せっかくの純血を殺しちゃうなんてもったいないじゃないですか。何より、あなたみたいに頑丈で意固地な人間を弄るの、前から楽しみだったんです☆前に来た人たちはあっさり壊れちゃったから、新しいおもちゃとして、これから精一杯生きていてくださいねー。アッヒャヒャヒャ!」
美しい見た目に反して、中身は相当歪んでいるらしい。女はひとしきり笑った後、俺を塔へと引きずり始めた。
これから何をされるのかは知らない。だが一つ、わかっていることがある。
俺はもう、生きて国には帰れないらしい。
父さんの期待に応えられなかったのが、残念でならない。
ジェムは服を着る意味があまりないので、着ていません。
ただぱっと見は、ワンピースのような服を着ているかのように見えます。これはジェムが鏡を見ながら、体を削ったり付け足したりして調整して得た、努力の結果なのです。
イメージとしては、フィギュアの整形を想像していただければわかりやすいかと。
アイギス家の家庭環境はかなり特殊で、親はあまり積極的に、子に会いにいくことはありません。子から親への接触も、月に一度ほどしかチャンスがありません。しかし長男であり、優秀なランロットだけは特別に、自由に父と母に会うことを許されていました。
その特別扱いが、彼の歪んだ価値観の形成に強く影響しているのでした。
次回からガシャラ編。
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