決して咲くことのない氷薔薇庭園①
魔王国観光ツアー。
歩いていると、奴に焼かれた右腕がじりじりと痛む。
今まで人生で痛みなど感じたことはなかった。俺には他の人間にはない優れた才能があったからだ。剣を持てば誰よりも強く、筆を持てば誰よりも賢くなった。その過程で怪我や挫折などしたこともない。
そんな俺をやっかみ邪魔しようとしてくる奴らもいたが、奴らの妨害など子供の嫌がらせと何も変わらない。痛くも痒くもなかった。
今までがそうだったからか、感じたことのなかったこの痛みを、俺は受け入れられなかった。
絶対に許さない。絶対に殺す。そう思うのを止められなかった。
痛みはそのまま自分に対する屈辱となり、怒りとなったのだ。
俺は今、俺が選んだ騎士とともに魔王国の前にまで来ていた。すぐ目の前に、水のように透き通った青色の魔鉱石で作られたアーチ状の門がある。門の先には何軒もの民家があり、遠くには薄い緑色の塔が見えた。おそらくあそこに、女王がいるのだろう。
窓からはいくつもの視線を感じたが、中に潜んでいるのはただの雑魚なのだろう。視線からは怯えや不安といった物しか感じられなかった。
「ら、ランロット様……」
がくがくと、近くで震えている弱弱しい女がいる。女の名前はマナ・サティア。
レッドのサティア家から、金で買い取った余りものの女だ。この女は七女という微妙な立ち位置にいたから、俺が買うと言った瞬間親にすぐに売り飛ばされた。王国では事故死という形になっているから、多少荒い使い方をしても問題はない。
俺の命令に忠実で、先日までは実に使い勝手がいい女だったが、八魔剣と対峙してからはこの通りだ。常にがくがくと震える壊れた人形のようになってしまった
「ここにきて、今更なんだ?逃げるつもりか」
「い、いえ……。それはもう諦めました……。死ぬ覚悟もできてます……」
「じゃあさっさと仕事をしろ」
「もうしました……。も、問題は、その結果、なんですけど……」
マナが使う魔法は、探査と呼ばれているものだ。闇魔法に分類されるそれは、術者が求めているものを探し出すことができる。俺がマナを買ったのは、この魔法が敵を探すのに便利だと思ったからだ。
マナには三つの探査を命じていた。一つ目は強い者、二つ目は強大な敵意や殺意を持つ者、三つめは複数の魔鉱石を所持する者だ。その三つ全てが反応する場所に、俺の腕を焼いた八魔剣がいるはずだ。
まずはあいつを確実に殺す。俺に傷を負わせた罪は、死をもって償ってもらう。父さんに命じられた女王は、あいつを殺してからでいいだろう。
邪魔な奴が少なくなるように、あの妹にも囮になるように命じていたが、あまり期待はしていない。一人か二人釣れればいい。もし釣られずに全員いたとしても、その時は全員殺せばいいのだ。
「アマナミがいる位置だけ教えればいい。早く言え」
「…………。わからないんです」
殺したら話が聞けないから、頭は割らずに腹を蹴るのにとどめてやった。
俺の下僕のくせに、こいつは今何と言った?
「げほっ!ごほっ、や、やめて……」
「お前の価値は、俺に敵の居場所を教えるためだけにあるんだ。それができないとはどういうことだ」
「だ、だって、反応がおかしいんです……普通なら、探している物は点みたいに、頭に浮かび上がってくるのに……。今日は、モヤみたいなんです……」
「モヤ?大体の場所でいいと、」
「全て……なんです」
「なに?」
「この門の先、全てから、強者、敵意、魔鉱石が感じ取れるんです……。ここから見ても何もないのに……ここはなにかおかしいんです……」
もう一度、門の奥を見る。門をしばらく歩いた先には、何の変哲もない木で作られた民家があるだけだ。そこにいる人間どもからは、敵意など微塵も感じ取れない。
「……くだらない。お前、この前からおかしいぞ」
「ち、違います……。私の魔法は、間違いなく発動していて、」
顔を蹴り飛ばし、騎士たちとともに門へと入る。真の敵は無能の味方だと、父さんは言っていた。何の役にも立たない情報だけを渡してくるあいつは、もう足手まといにしかならない。連れてきても邪魔なだけだ。
ああだが、仮に、万が一仮に、マナの言うことが本当で、この国がかなりの異常に満ちていたとしてだ。
後ろを振り返る。俺が連れてきたのは、強力な外皮を持つドラゴンや魔獣の皮膚で作った鎧に身を包んだ実力者たちだ。光質化で彼らの全身を強化しているから、身体能力も数倍以上に跳ね上がっている。それが計十四名もいる。
たとえ四方を囲まれたとしても、このメンバーならどんな奴が相手でも間違いなく迎撃できる。
そうだ。最初から探査などせずに、この国を片っ端から蹂躙して回ればよかったのだ。そうすればへらへらしたあの男も、俺と同じ屈辱と怒りに飲まれて、向こうから俺を殺しにやってくるだろう。探す手間が省ける。
「しかし、本当に妙な国ですね」
騎士の一人が声をあげる。敵地で無駄話をするやつが、この隊にいるとはな。
「どうでもいい話なら蹴りをいれるが、何が妙なんだ?」
「ここに来るまでのことです。沈黙の魔法をかけ、私たちは警備が甘い箇所を通ってここに侵入しましたが、その時見た敵の陣地には、巨大な魔鉱石で作り上げられた弩などがありました。同じ材質で作られた槍や盾も見えましたから、守らなければならないという意思が感じられました」
「当たり前のことだろう。何のための陣地だ」
「しかし、国に近づけば近づくほど、陣地がおざなりな物になっていたのです。複数の人間を見ましたが、ろくに防具も身に着けていない者ばかり。装備もとりあえず用意したと言わんばかりの、普通の石で作られた剣ばかりで……もちろん、一番敵の攻撃を受けやすい箇所に装備を回すのは、当然のことかもしれません」
「何が言いたい」
「ですが、国の入り口に何もないというのは、あまりにも妙だ。警備の兵もいない上に、侵入者に対する防壁もないなんて、外敵に対する意識が低すぎると言わざるを得ませんよ。これではまるで、入ってくれとでも言われているみたいじゃないですか」
『アッヒャヒャヒャ!えー嘘でしょー!?よりによってここで気づいちゃうの!?うはー!惜しいなー!あともう三十秒気づくのが早かったら、逃げられたのにカワイソウだなー!』
鉄と鉄をすり合わせたかのような、耳障りな音がどこかから聞こえてきた。全員剣を構え、声のした方を見つめるが、そこには誰もいない。
もしかして、あいつだろうか。八魔剣には一人、体を透明にする魔法が使えるやつがいた。そいつは自分の近くにいる人間も透明にできるらしく、アマナミたちはそいつを利用して俺に奇襲を仕掛けてきたのだ。
『おいおい黙りこくってどうしたのーイケメンのお兄さん!魔王国のアイドル、ジェムちゃんの初お披露目だぞ☆もっとヨロコベよー』
「アイドル?貴様は八魔剣だろうが」
『ぶー!?もー違うよー!私の名前はー、って危ない!アイドルのプライベートは公開厳禁!私のことを知りたくて知りたくて仕方がないのはわかるけどー、私のことはひとまず!愛をこめてジェムちゃんと呼んでください☆』
「……無駄が多い。うざったらしい女だな」
『ジェムちゃんと呼んでください☆大事なことなので二回言いましたー!呑気に遊びに出かけたろくでなしの八魔剣と違い、この狭くてくらーい国を明るくするために活動する新人アイドルでーす!ちなみに八魔剣と違って、アイドルやってるのは私だけ。しかも初ライブには誰も来てくれませんでした……。うぅ、一人はサビシイよー!ってまあ、彼らが王国に行くように仕向けたの、私なんだけどね!きゃははは☆』
「そこか」
よく聞くと、声は草むらに隠れた、地面の方から聞こえていた。体内の魔力を放出、光質化を用いて槍に複数本変化させ、声が聞こえてきた方へと一斉に飛ばす。
『いやー!?ちょっとまってまだ話が、』
がしゃんと、何かが割れるような音ともに、声が途切れる。近づいて見ると、王国で使われているラッパのような形をした魔鉱石が、粉々に砕け散らばっていた。声を発していたのはこれだったらしい。
「ら、ランロット様。今のは何者だったのでしょう」
「知らん。だがここにはいない。おそらく、」
『ちょっとー!ジェムちゃんの話を遮らないでよー!』
再び不快な音が聞こえてきた。再び槍を生成し、音の発生源を潰した。だが。
『あはー』
『ひどいなー!』
『怒りっぽーい!』
『そんなんじゃモテないよー!』
「ランロット様。これは」
「……腹が立つな」
どうやらあのラッパは何本もあったようだ。あちらこちらから、ジェムと名乗る女からの声が聞こえてくる。うざくて仕方がない。
「全て破壊するぞ。声が聞こえてくる場所を徹底的に回れ」
「「了解」」
騎士たちが散開し、ラッパを潰し始めた。その様子を見ながら、俺はジェムと名乗る女がどこにいるのかを考えていた。
魔王国には魔力を持った人間はいない。だから特殊な能力を使う人間がいるとしたら、それは魔鉱石を宿した人間ということになる。奴の能力が、このラッパのようなものを使うことだとしたら、このラッパと奴を繋げている何らかの線があるはずだ。
草をかき分けていると、それはすぐに見つかった。地表に腕ほどの太さをした銀色の魔鉱石が浮き出ていて、どこかへと伸びていた。
目で追っていくと、この魔鉱石が魔王国の最北端にある塔へと続いているようだとわかった。ただ遠距離から喋るためだけに、こんな場所まで魔鉱石を伸ばしたのか?随分と暇な奴だ。
アマナミがどこにいるかは、あいつなら知っているだろう。もともとあの塔は最後に行く予定だったが、順番が変わった。ジェムからアマナミの居場所を聞き出して殺し、ついでに女王も殺してから、アマナミを殺しに行くとしよう。
気づけば、周囲からは一切の音がしなくなっていた。もうラッパ割は終わったようだ。
「よし、全員あの塔へと向かうぞ。ついてこい……?」
数歩歩いて、違和感に気づく。何の音もしないだと?
後ろをすぐに振り返る。しかし、そこには割れた魔鉱石が散らばっているだけで、誰もいなかった。
馬鹿な、あれだけいた騎士はどこにいった。やられたとしても、音さえしないなんてことあるはずがない。いや、さっきの女の仕業か?転移に近い魔法でも使ったのか?
どこから攻められても守り切れるよう、光質化で周りを壁のように固める。これなら一撃を食らうとしても、壁で一度はじかれるはずだ。
ぐちゃ。
「……え?」
気を少し緩めた瞬間、足元から何かを潰すかのような音が聞こえてきた。音が聞こえた方へと目を向けると、ぎちぎちと、俺がさっきかきわけた草の間から何かが伸びて、俺の右足に巻き付いていた。真っ赤な血で染まったそれは、俺の足をすりつぶすかのように何度も収縮を繰り返している。
「ぐ、がぁああああああ!?」
痛みが今頃になってやってきた。槍で俺の足を潰した何かを破壊すると、がしゃんと、さっきまでうるさく鳴り響いていた音がまた聞こえてきた。
上手く立てずに、俺は地面へと倒れこんだ。そして見た。
騎士たちは、消えたわけではなく空にいたのだ。大樹のように太く、茨のような棘が付いた巨大な魔鉱石が、何十人もの騎士たちの体を締め上げている。全員手や足をじたばたと動かし、もがいているが抜け出せる様子はまるでない。
茨が蛇のように少しづつ、騎士たちを巻き上げていく。しばらくして騎士の一人ががくがくと震えだし、何かが砕けたような音ともに、大量の血液が雨のように降り注いできた。
ランロットはアンジェリカよりも、魔力の扱いが上手です。手を使わなくても、魔力を使って剣を自在に振り回したり、魔力に形を与えて投射したりすることができます。
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