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令嬢、買い物をする

「ねぇねぇお嬢。八魔剣って強いのかな」

「急にどうしたの?」

 太陽が真上に来た頃に、アンナから突然話しかけられた。それもアンナにしては珍しく、今日の晩御飯や明日の朝ごはんの話などではなく、敵国の将についての話だった。

「街を歩いていたら、みんなが噂しているから気になったんだよ」

「ふーん。王都に実は八魔剣が全員侵入していたっていう、あの噂かしら?」

 クソ兄上とアンジェリカ様のパーティが終わった後から、街ではある一つの噂が流れていた。多数の騎士に守られたパーティに、恐ろしいほどの強さを持つとされる八魔剣が全員現れ、貴族たちに脅しをかけて去っていたという話だ。

 八魔剣が全員国防をやめて、王国に侵入していたというところから荒唐無稽なのに、やったことが脅しだけで、街や民への被害は一切なかったという、ばかばかしい噂だ。この前行った兄上のパーティが途中で中止になり、その後各騎士団の団長や魔法師団が何十人も、会場になった屋敷に出入りしていたという話から連想して、誰かがホラを吹き始めたのだろう。

「うん。私も信じてはいないけど、もし来ていたとしたら、どうなっていたんだろうって思って」

 私たちが歩いている周りでは、たくさんの人が笑顔で話をしたり、売店で買い物をしていた。もし八魔剣が王都で暴れて、国の中が戦場になっていたら、この光景はなかっただろう。

「どうもこうもないわよ。彼らの強さは関係なく、この国で戦うのは無理だもの」

「え。それってどういうこと?」

「八魔剣は体に魔鉱石を宿した人間だって、話でしょう。魔鉱石に込められた魔法を用いて敵を殲滅する、それが彼らの戦い方だとするなら、致命的な弱点があるの」

「そうなの?」

「ええ。私たちと違って、彼らは魔力を補充できないの。魔鉱石に宿っている神の血は有限なものだから、何度も魔法を発現させればいずれは枯れてしまう。血を使い切ったら交換が必要なのよ」

「ふーん……」

「だけど、交換にはきっとかなりの時間と手間がかかるわ。人間の体とつながっているものをいきなり外したりしたら、絶対に人体に影響が出るはず。魔王国の技術力がどのくらいのものかはわからないけど、交換の邪魔になる外的要因が少ない平地と、後遺症を残さないように施術ができる人間が最低一人は必要なはずよ。だから敵国のど真ん中なんて場所では、それはできない。魔法を使えなくなったら八魔剣はちょっと強いだけの人間でしかないのだから、騎士たちに簡単に捕まえられてしまう」

「なるほど……」

「彼らが全力で戦える場所は、いつでも交換ができる国の中しかないはずなの。絶対にばれない安全な逃げ道でもない限り、彼らがここで本気を出すことはありえないわ。まあ、戦いが目的じゃないのなら、来てもおかしくはないけれど……って、アンナ?話を聞いていますの?さっきからあの肉にしか目がいっていないように見えるのですわ」

「いや、私が興味があるのはその先のパン屋だよ」

「知りませんわよ!?まじめな話をしているのだからちゃんと聞きなさいですわ!?」

 思わず、喋り方が戻ってしまった。

 ラースさん宅をでてからしばらく経ち、私たちは王国の最北端の街、ヘアまで来ていた。ここに来るまでに何度も練習をしたおかげで、喋り方も違和感がないレベルにまでなったし、髪も茶色に染めたので、私のことを貴族だと見分けるのはまず無理だろう。

 服も黒フードではなく、ちゃんと平民っぽく白いシャツとひざ丈まで伸びた青いスカートにしたから、今では騎士の前だって堂々と歩けるのだ。

 だがたまに、さっきみたいに喋り方が戻ってしまって、相手を困惑させることがある。気をつけてはいるのだけど、これがなかなか難しい。

「こんなにおいしそうなものが並んでいたら、お腹がすくのはしょうがないと思うんだよ。最近お嬢の手料理も食べれてないし」

「ガシャラでの生活が安定したら、いつでも作ってあげますから我慢なさい。まったく。アンナはすっかり食いしん坊になってしまいましたわね。目についたものを片っ端から食べていたら、ぶくぶくと太ってしまいますわよ」

「毎日最低限、ストレッチと体力づくりはしているから大丈夫だよ。それに私、いくら食べても太らない体質っぽいし」

「……アンナ。あなた今、この国の全女性を敵に回しましたわよ。夜道には気をつけなさい」

「お嬢が今まで見た中で一番怖い顔してる!?え、なんで!?」

 驚くアンナを無視して、街の人からおすすめされた店へと向かう。目的はベルダへと送る飾りの購入だ。今は別の場所で旅の準備をしているベルダに、彼女に似合うぴったりのものを買ってあげませんと。

 それにしても、耳をたてると本当に、魔王国に関する話ばかりだ。ただの噂話にしては、民への浸透速度があまりにも早い。

 しかしもし仮に、本当にあった話だとするなら、魔王国の防衛はその時どうなっていたのだろう。魔鉱石を用いた武器は確かに強力だろうけど、それだけでは厳重な装備で固められた騎士たちを撃退するには物足りない。

 国を守るには、数にしろ、魔法にしろ、何かしらの強力な力が必要なはずだ。その強力な力であるはずの八魔剣を、王国に全員送れるほどの余裕があるとして、魔王国は八魔剣の代わりに何で国を守ろうとしているのか。

「……いや、まさかですわよね」

 一つ、思いついたことがあった。八魔剣が初めて姿を現した時、こんなことを言っていたらしい。


『我らは魔王の知恵により、神の力を得た魔将である。名は八魔剣。我らがここにいる限り、魔王国には血の一滴すら流れない』


 普通の人間なら、八魔剣がいる限り魔王国に危機は訪れない、という意味に捉えるだろう。ただ、気になるのは、このメッセージには他国に対する牽制のような物が含まれていないのだ。心が貧しいと言われるロス魔王国の将が、他国の民に向ける言葉にしてはちょっとだけ違和感を感じる。

 これはむしろ、自国の民を安心させるときに使う言葉のように聞こえる。それをわざわざ他国の民に聞かせる意味を考えたとき、私みたいにちょっと性格が悪い人間なら、こういう意味かもしれないと捉えてしまう。

 八魔剣がもし全員離れているのなら、魔王国はお前たちにとって最も危険な状態になる。

 すなわち、八魔剣ではなく、もっと危険な物がお前たちの前に立ちはだかるぞと、警告を(・・・)したかったのではないだろうか。魔王国には入ってはいけない、そうなってからではもう自分たちは何もできないと、教えたかったのかもしれない。

 まあ、ただの想像なのですけれど。もっと危険な物というのも、全く想像できませんし、これを誰かに伝えてもただの妄想だと、一蹴されるだけだろう。

「ねえアンナ。話を戻すけれど」

「な、なにお嬢?もう怒ってない?」

「怒っていませんわ。それよりももし、八魔剣よりも強い何かがあるとしたら、何があると思います?」

「……うーん。全身魔鉱石人間、とか?」

「……いるかしら?そんな、無茶苦茶な存在」

「さあ。いたら面白そうだなって、ちょっと思ったけど」

 確かに、それはちょっと見てみたい。宝石のように輝いているとされる魔鉱石で、全身を作り替えた存在がいるとしたら、それはきっと凄く綺麗だろう。

 とはいえ、脳や心臓まで魔鉱石に変えたら、それはもう人間ではなくなってしまう。変えられてしまう人間のことを思えば、そんな存在を生み出すのは悪だと、誰だってわかるはずだ。どれだけ綺麗で美しくても、一人の人間を犠牲にしてまで、生み出していいとは思えない。

 だからこれもきっと妄想に過ぎないのだろうと、私は考えていた。近い将来のうちに、本当にそれがいると知ることになるなんて、この時は思いもしていなかったのだ。






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