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魔王国からは逃げられない

「俺たちがここに来るって、誰から聞いたんだ」

「お兄様。から。フォーベルトに。嫁ぐと。発表。すれば。必ず。妨害が。来ると」

「違いない。残念なことに、魔王国は戦争をするには資源があまりにも不足している。魔鉱石だけじゃあ戦争できないからなー。戦争が長期化したら、こちらがへばるのが先だ。だからとにかく相手の兵士と物資を削って、戦えない状況にしなくちゃいけない。だから王国内でかなりの力を持つ二大貴族が結託するなんて話を聞いたら、邪魔をしにいくに決まっている。まあ、結託しようとしている片方の貴族がアイギス家じゃなかったら、こんな大所帯では来なかったけどな」

「もしかして。お兄様に。会われて?」

「ああ。酷い目にあわされたよ。戦場に貴族の長男放り込むとか、無茶苦茶するもんだなんて呆れていたけど、その油断が良くなかった。八魔剣を二人戦闘不能にされて、こちらが出来たことは相手の片腕を使えなくすることだけだ。割に合わない戦闘をしてしまったよ」

 アイギス家の長男といえば、アンジェリカ様の兄にあたるランロット様のことか。確かに最近、彼の姿を見なかったけれど、まさか戦争に行っていたなんて思いもしなかった。

「ふふっ。手紙では。凄く。怒って。いられました。よ?」

「それは、あんまり聞きたくなかったな。次に会ったら本気で殺されそうだ」

「おそらく。お兄様は。直属の。騎士と。ともに。魔王国内に。今は。いるかと。このまま。戻れば。あなたは。危ない。かも。しれ。ません。ね?」

「…………マジかよ。そこまでバカなのは想定外だぞ……。ええとつまり、俺たちはまんまとはめられた、ってことでいいのか?お前の兄は今、俺たちが離れている間に、国にごく数人の騎士たちとともに襲撃を仕掛けている。要するに、戦争の原因になった女王を暗殺しにいっているって、ことでいいのか?」

「ええ。まあ。お兄様の。こと。ですから。たぶん。真正面から。突撃。している。でしょう。けど」

「すげーいかれている……奪うのは腕じゃなくて、足にしておけばよかったな」

 アンジェリカ様と同じく、光質化を使いどこからでも武器を作り出すランロット様が、優秀な騎士とともに攻め入ってくるなど想像したくもない。国内に残っていると思われる八魔剣の残り二人がどれだけ優秀だとしても、おそらく止められないだろう。

 こんな場所で、しかも敵国の将と一緒に、そんな暗殺計画が進行していたなんてことを聞くなんて、思いもしていなかった。

「な、なあ!」

「うひゃあ!?な、なんだグレア貴様汚いぞ近寄るな!?」

「お前本当に失礼だな!?」

 グレアがひそひそと、私の背後から話しかけてきた。どうやらアマナミの視線が離れた隙を使って、あの場からこっそりと抜け出してきたらしい。狙われているのだから、戦闘能力がない私の方に来るなと言いたかったが、アンジェリカ様の方に行かれるよりはましなので、黙っておくことにする。

「あ、あいつらの話を聞いてさ。よーく考えてみたんだが……俺、あいつらをおびき出す餌として、利用されただけなんじゃないか?」

「そんなこと考えなくてもわかるでしょう。アンジェリカ様がお前のような豚に告白するとしたらそういう理由でしかありえないでしょうむしろなぜ今までわからなかったのですか?脳みそ入ってます?」

「お前……そろそろ本気で殴るぞ?」

「別に構いませんが、報復としてランロット様に今までアンジェリカ様にしてきたことを報告しますよ。よろしいですか?」

「くっそこいつ!?こいつー!!俺が戦えないことを良いことに脅してきやがる!しかもめちゃくちゃこえぇ!?」

 グレアが急に地団太を踏み始めた。怒り方が子供と同じって、貴族の長男としてどうなんだろう。こんなダメ男とアンジェリカ様が結婚なんて、やっぱりありえない話だったのだ。

「じゃあ、今からでも急いで戻らないとなー……。今更遅いとは思うが、あいつがあんまりにも不憫だしな。早く止めてあげないと、ちょっとかわいそうだ」

「……?」

 何か、妙な言い方だ。国に残した八魔剣を心配しているのだと思うのだが、随分と面倒くさそうだ。仲間に向ける言葉にしては、あまりにも情がない気がする。

 まあ、ただの通りすがりの他国の民を袋叩きにするような国だし、仲間に向ける感情もほとんどないのかもしれない。さすが、心が貧しい国と言われるだけはある。

「はーあ。せっかく使い勝手のいい純血を捕まえるチャンスだったて言うのに、強者(インチキ)の行動一つで全てご破算だ」

「あら。私を。捕らえる。つもり。だったの。ですか?」

「いや?そこのクララちゃんの後ろに隠れている弱っちい奴が狙いだった。本当はあんたの気を引いている間に、残り二人(・・・・)に攫わせるつもりだったんだけど……」

「「え!?」」

 二人って、八魔剣のこと!?国防に残しているんじゃなかったのか!?

 八魔剣が、まだ二人もいるなんて!?というか、さっきの話が本当なら戦闘不能で戦えない二人を除いて、八魔剣が全員王国内に侵入しているってこと!?

 騎士団の目は節穴なの!?六人もいるなら一人くらい見つけなさいよこの案山子ども!

 内心で愚痴りながら、慌ててグレアとともに周りを見渡すが、白いフードをかぶった人間は見当たらない。どこかに隠れているかもしれないと思い、天井、テーブルの下、貴族の足元まで探し始めた私たちを見て、アマナミが笑い出した。

「あっはっは!大丈夫だよ二人とも!計画は中止だ。そちらのアイギス嬢が素直に話してくれたおかげで、俺たちが無理をする必要はなくなった。王国には一切被害を出さずに、引き下がると約束するよ……あ、ちょっと待てよ?パーティのお酒は別に返さなくていいよな?代金ぐらいは払いたいんだが、あいにく今持ち合わせがなくてな……」

「……リーダーはいっつも財布持たずに店行くじゃん……そろそろツケにするのやめない?」

「おいこらカミナリ。喋るの禁止って言っただろ。せっかくのミステリアスでクールな雰囲気が台無しだろうが」

「その方針で行くのは最初から無理があったと僕は思うんだけど。僕たちって、基本いざという時にしか役に立たないろくでなし集団なんだから、グダグダになるに決まっているじゃん。というか、あの女(いんちき)にやりたい放題された時点で、もうグダグダだったし」

「いや俺が頑張ってリカバリーしていただろ……あのまま黙って帰っていれば、八魔剣恐るべしってなっていたはずだ」

「今日僕たちがやったことって、酒を盗んで逃げただけじゃん」

「……痛いところをつくな」

「どこをさしても急所にしかならなかったよ」

 槍を持った男とアマナミが呑気にお喋りをしている様を、私たちはわけもわからず見ていることしかできなかった。彼らは一体、何の話をしているんだ?

「……不思議。慌てない。のね。あなた。たちは」

 アンジェリカ様が珍しく眉を寄せている。その原因はたぶん、今の状況がアンジェリカ様にとっても理解できないものだからだ。

「ああ、アイギス嬢。悪いな、ほったらかしにして。今のはこっちの話だ、気にしないでくれ。というか忘れてくれ頼む」

「いえ。別に。それは。構いませんが。それよりも。お国と。女王の。心配を。されては?」

「あー……いや、それはもう済んだ話(・・・・)だからな。正直気にもならないんだ」

 ひらひらと手を振りながら、疲れたようにアマナミは言った。それは説明するのも面倒くさいとでも言いたげな、なんとも気だるげな仕草だった。

「…………あなたが何を言っているのか、さっぱりわからない」

 ぼそりと、聞こえるか聞こえないかわからないほどの小さな声は、静まり返った屋敷にさざ波のように広がった。それはこの場にいる全員が共通して持っていた一つの思いだったと思う。

 ざわざわと、貴族たちが騒ぎ出す。何かわからないが、とてつもなく嫌なことが起きているという予感。それを私を含めたみんなが感じ取ったのだ。そしてそれが起点だったかのように、異常事態に気が付いた騎士たちが、広間へと何十人も流れ込んできた。

「魔王国に入った者は二度と出られない。ただそれだけの話さ。さて、ミミ。撤退準備は終わっているか?」

 アマナミが声を発すると、ここからだいぶ離れた広間の端から、キーンという頭に響く甲高い音が鳴り響いた。騎士たちが驚いて足を止めている間に、慌てて音のした方を見たが、そこには誰もいなかった。

 私にはわからなかったが、それが何かの合図だったのか、アマナミはうんうんと頷きながら、勢いよく走り始めた。みなが驚いている内にアマナミと、小柄な女を抱えたカミナリと呼ばれた男は勢いよく上へと飛び上がり、外へと続く窓へ足をかけていた。

「さて、それじゃあな、王国の貴族たち。今度来るときはお礼として、魔王国産の酒を手土産として持ってくることにするよ。楽しみにしておいてくれ」

「来る気もないくせに、よくそんなことを言えるね」

「いやいや。本気だって」

 楽しげに笑いながら、アマナミは姿を消した。騎士たちが慌てて外へと向かい始めたが、あれほどの身体能力を持つ相手を捕まえることはおそらくできないだろう。彼らのことはきっと諦めたほうがいい。

 それよりも、今は魔王国にいるランロット様のことが心配だ。彼らのあの余裕から察すると、魔王国には何か、ランロット様を撃退する強力な兵器があるのかもしれない。アンジェリカ様の傍により、失礼だとわかっていながら手をぎゅっと握る。

「……アンジェリカ様。大丈夫ですよ。きっとランロット様は帰ってきます」

「…………」

 アンジェリカ様は何も言わずに、アマナミが去っていた窓をじっと見つめていた。頭の悪い私には、アンジェリカ様が何を考えているのかはわからない。

 アンジェリカ様の目は空に向いていた。星のさらに先の遠くを見つめていて、それはここではないどこかで行われている戦いを、幻視しているかのようだった。

「……そうね。嫌に。なる。ぐらい。お兄様は。強い。もの。ね」

 

 しかし、パーティが終わってから何週間経っても、ランロット様が帰ってくることはなかった。前線の騎士たちからただ一枚、ランロット様が行方不明だと報が届いただけだった。



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