令嬢、旅に出る⑥
「なんでよりによって、あんな王国の闇の部分がみっしりと詰まった場所を拠点にしようとしてんの!?ばかなの!?死ぬの!?いや、違うわね!あんなところ行ったら間違いなく死ぬわ!確定だったわね!」
「ベルダったら、おおげさすぎますわよ。過去にいろいろあったことは知っていますけど、それも十年前の話でしょう。行ったら即殺されるみたいなことには、ならないと思いますわよ」
「いいえ、なるわ!リサは知らないかもしれないけど、見捨てられたやつらってのはね!絶対に自分たちを見捨てたやつらのことを忘れないのよ!私がガシャラの人間なら絶対に仕返しするわ!」
「大丈夫ですわよ。私の回復魔法を餌にすれば、簡単には殺されません。あそこの環境の酷さなら、病気や怪我と無縁では生きられませんもの。憎まれはされるでしょうけど、私と私の仲間を足蹴にするなんてできるはずがありませんわ。むしろ、歓迎してくれるんじゃないかしら?」
「こ、こわっ!?も、もしかして、他の場所をけってまでガシャラに行こうとしてるのって!?」
「はい。回復魔法の使い手として私をあがめて、失礼、必要としてくれそうですから、多少危険でもぜひ行きたいのですわ」
せっかく魔法なんてものを使えるのだから、それを必要としていて、さらに十全に行使できる場所に行きたいと思うのは当然のことのはずだ。なにより、あそこには回復魔法の使い手なんてまずいないだろうから、医者としての居場所を確実に確保できる。他のどんな場所よりも、私を守って、頼って、褒めてくれそうだ。
姫志望の私としては、あそこ以外行く場所はありえない。
「あ、あんたさっきも思ったけど、最低!弱みに付け込むのが上手すぎるわ!?」
「私たちも余裕がない身ですからねー。利用できるものは何でも利用しませんと。ふっふっふっ」
私はたぶん今、相当邪悪な笑顔をしていると思う。ベルダが若干引いた顔をしてこちらを見ていますもの。
これから一緒に行動をする仲間なのだし、これくらいの悪は許してくれると思いたい。
「うーん。お嬢ー。そんなにガシャラって、ヤバいところなの?あたし、よく知らないんだけど」
「……アンナ?それ本気で言ってます?」
「うん」
こくんと、縦に首肯するポンコツメイド。ベルダと私は合わせたわけでもないのに、そろって信じられないと口にしていた。
あまりにも世間知らずなので、たまにアンナのことを年下なんじゃないかと思うことがあるけど、これはさすがに酷すぎる。
「……冗談よね?まだ十年よ……?今でも話題になるじゃない」
「貧民層による大規模な破壊活動も起きましたわよね?あなたこの街で暮らしていたのでしょう?どうして知りませんの?いえ、どうやったら知らずに生きてこれますの?」
「あー……確かになんか騒がしかったような……。あの時は仕事で忙しかったから、周りを気にしている余裕がなかったんだよ」
「はあ。まあ、アンナの世間知らずは今に始まったことではありませんものね。どんな場所に行くかも知らないというのは問題ですし、今から簡単に説明してあげますわ」
地図のガシャラをさしながら、私はアンナにガシャラでなにがあったのかを教えることにした。少し手間ですが、さすがに何の知識もなしに行けるほど甘い場所ではありませんからね。
辺境村ガシャラ。マキアからは馬車で三日半ほど。ロス魔王国との国境線からは、徒歩で二日ほどの位置にある村だ。王国よりも、敵国のロス魔王国の領土付近にあるためかなりの危険地帯だと言われている。
さらにガシャラがある場所は、魔物がうじゃうじゃとわき、作物があまり育たない痩せた土地なのだ。周囲に他の村もないため、いざという時に支援を受けることもできない。そのため村人たちは毎日、遠くのベルの森に行き、そこに生息している動物を狩り、薪と食料をなんとか確保しながら日々を生きているという。
なぜ、そんな場所に村ができたのかと言うと、国王による口減らしが原因だった。ガラシャができる数年前、王国では浮浪者が大量にうろつくようになっていた。家も職も持たず、その日一日を生きるのでさえ大変な者たちが増え、街中で餓死するものも増え始めた。
これを知った国王は、まだ開拓していない台地に村を作り、そこに浮浪者たちを住まわせようとした。十分な土地の検査さえせずに村を大量に作り、浮浪者たちをどんどんそこへと押しやった。
木で作った簡素な家と小さな田んぼだけを作り、王国の支援は終了した。国王はそれでもう大丈夫だと判断したのか、視察などには一度も行かなかったらしい。いや、わざと行かなかったのかもしれない。もともと口減らしで行ったことなのだから、村人たちが全員餓死したとしても、気にする必要はない。そう考えていたのなら、何もしなかったことにも納得がいくからだ。
だが当然、押しやられた村人たちにとっては、たまったものじゃなかった。支援も食料もない。田んぼは小さいし、このままではいずれ枯れる。そうすればまちがいなく、自分たちは生きていけなくなるだろう。
各村の長たちが集まり、話し合いのあと、いくつかの村が王国に反旗を翻した。丸太や鍬など、おおよそ武器とは呼べないものを手に持ち、王国の街へと攻め入った。
何人もの無辜の民と守衛騎士、そしてそれ以上の村人たちが死に、戦いは終わった。反攻を行った村の長たちは処刑され、それ以外の者は独房へと送られるという悲惨な結果で。
反攻をしなかった村の方も悲惨だったようだ。ある村は集団自殺をし、ある村は食料の奪い合いによる内乱が起こり、ある村は村を捨て魔王国へと逃げたなど、様々なことが噂された。
この噂が広まったころに、国内で貧民層による破壊活動が発生。国王が二度とこんなことにはならないようにすると宣誓するまで、破壊活動は続けられた。
王国内が荒れている間に、生き残った数人の村人は王国から一番離れた村へ、他の村から持ってきた数少ない資源をすべて運んだ。ため池を作り、田を耕しなおし、家も頑丈なものに作り替えた。
そうしてできたのが今のガシャラだ。王国から切り捨てられて、それでも生き残った少数の村人たちが住む辺境の村。
村が一つだけになったためか、王国が再びの破壊活動を恐れたためかはわからないが、ガシャラにはしばらくして、道具屋や冒険者ギルドが作られた。少ないが、今では国からの支援も行われるようになったらしい。
ただ、ベルダが言った通り、切り捨てられたものはそのことを絶対に忘れない。おそらく、ガシャラに住む人はみな、王国の者を酷く恨んでいるだろう。特に自分たちの苦労を知りもしない、王族や貴族の者に対しては、憎しみさえ持っているかもしれない。
「……うん。やっとベルベルが言ってたことが分かった気がする……。お嬢、死ぬ気?」
「まっさかーですわ。さっきも言ったでしょう?そういう場所は、力こそが正義という、シンプルなルールがあります。貴族であることはもちろん隠しますが、まあバレたとしても、魔法が使えるうちは問題ないでしょう」
「リサって、いつか後ろからグサって刺されそうなタイプよね」
「縁起でもないことを言わないでくださいですわ!?」
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