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令嬢、旅に出る⑤

「国内もだめ。ロス魔王国もだめ。アレス神国もだめ!なら」

 ベルダは地図の西の方にある、高い外壁の中にアボロス神の象徴である太陽が描かれた国の上を、ここしかないと言うかのようにトントンと、指でたたいた。

「セイレン聖王国。神聖騎士団による安全が約束された国ね。国の中は清潔で平和、争いごとなんて一切なし。もし怪我をしたとしても、あそこには聖女様がいるから無料で治してもらえるわ。レムリア王国とは友好関係にある国だから、移住も受け入れてくれるし、差別もされないはず。まあ、ちょっと規律が厳しいけれど、悪いことをしなければ問題はなし!」

「確かに、セイレン聖王国はいい国ですわね。私たちを拒む人もいませんし、物価も安いですから、住むところにも困らないでしょう」

「うんうん。私、ここなら文句はないわ。馬車に乗れば五日でつくし、決まりじゃない?」

 セイレン聖王国。この世界で最も安全で平和だと言われている国だ。外からの攻撃は高さが十二メートルもある高く硬質な外壁で、内側は騎士の中でも優秀な者たちばかりを集めた神聖騎士団によって守られている。街の治安も人柄も、聖書を用いた教育と徹底した法整備によりかなり良質な状態に保たれていると聞く。物価も高くなく、他国の民に対する差別意識もない。ぱっと見なら、人が住むには理想的な国と言えるだろう。

「でもね、ベルダ。私はここにだけは(・・・・・・)絶対に行きたくありませんの」

「え。ちょ、ええ!?」

 ベルダはぱちぱちと目を瞬かせてから、信じられないと言わんばかりに首をぶんぶんと振り始めた。

「り、リサも、さっき良い国だって言っていたじゃない!?」

「確かに言いました。けれど、それはあの、酷く、面倒で、うざったい、神聖騎士団による布教活動を抜きにすればの話なのですわ」

 セイレン聖王国には、他の国にはない独特な考えが存在している。それは、神の血をもったものは神の代行者として、悪を排し、人々を救済しなければならないというものだ。

 この考えは聖王国では常識とされていて、神の血を持つ者はほんの一人の例外もなく、民に尽くすことを強制されるのだ。

 前に、レムリア王国とセイレン聖王国との間でパーティが開かれたことがあった。兄に無理やり連れてこられていた私は、軽く挨拶だけして、部屋の隅でぼんやりと時間を過ごしていたのだがそんな時、白いフードで顔を隠した聖王国の貴族たちが、急に私を取り囲み、話しかけてきたのだ。

 思い出すのも嫌なのだが、その時の言葉は今でも呪いのように頭に残っている。

 曰く、『回復魔法は人のために使うべき。こんなところで腐らせておくのはもったいない』

 曰く、『あなたの力は特別だ。私たちとともにその力を民のために使いましょう』

 曰く、『私たちのところにきませんか。あなたと同じ光の力を持つ者たちが待っています』

 曰く、『王国の都合で動けないというなら、私が妻としてあなたを迎えいれましょう』

 もう少し大人だったなら、先のこととか考えず、全員ぶんなぐっていたかもしれない。

 だが、その時の私は本当に小さな子供だったので愛想笑いをして、時間が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。パーティが終わった後に聞いた話では、彼らは私以外にも、立場の弱い貴族の子供たちをあのように囲み、騎士たちがやってくるまでの間勧誘を続けていたらしい。ようするに、聖王国に来るように、子供たちを洗脳していたということだ。

 聖王国では、その洗脳のような行為が、布教という形で認められている。『神の血を得ていながら、血を得た理由を知らぬ者に気づきを与えるのは、我々にとって使命である』という文章が、聖王国の聖書には本当に載っているらしい。

 しかも、聖王国に住む者は、その聖書は一週間に四度、神聖騎士団の前で読むことを強制される。読まなかったものは、神の意志を汲み取ろうとしない愚者として、聖王国内のあちこちに点在する教会へと送られ、愚者から人へと戻るための教育を一か月もの間受けさせられるのだ。

 頭がおかしいとしか言いようがない。確かに聖王国は平和で安全で、純白という言葉が似あう素晴らしい国なのだろう。だが、思想の自由が一切許されていない。全員が王の意思を受け入れることを強制されているのだ。そんな国で住むなんて、冗談じゃない。

 神から譲り受けたものとはいえ、この力は私の物だ。私が、私のために使うのだ。何の得もないのに、見知らぬ誰かのために使うなんてありえない。

「えー。前に王国に移住してきた、聖王国の人と話したことあったけど、布教なんてされなかったよ?」

「……ベルダはちょっとまともになった人と、喋っただけですわ。王国に住み始めて、ある程度は、洗脳も解けていたのでしょう。聖王国内に住んでいる人たちとは別人のようなものですわ」

「う、うーん。偏見だって私は思うんだけど……というか、聖王国もダメなら、本当に行く場所がないじゃない。東に行って、野宿でもするの?」

「そんなわけないでしょう。いい、ベルダ。こういう時は、発想を変えるのですわ。国に住めないのなら、国と国の境目、法も習慣もごちゃまぜになった場所に住めばいい」

「…………え?」

「お、お嬢?そういうところって一番危険なんじゃ……」

「アンナったら、何を言っていますの?国からの圧がかかっていない場所は、力こそ正義というわかりやすいルールによって支配されていますわ。そこは神だの王だの資源だのと、色々なことを気にしなければいけない他の国と比べて、凄くシンプル。とても楽に生きられる場所なのですわ」

「あー。まあ、確かにそうかも……」

「懐柔されないで!?危険だ、ってことは否定してないわよこいつ!?」

「まあまあベルダ、とりあえず行先を聞いてくださいなのですわ。話はそれからでもいいでしょう」

「私は聖王国が一番だと思うんだけど……一応聞いておく。どこ行くの」

「それはですね」

 トンと、地図上の魔王国と王国の境目にある、建物が数個だけ小さく描かれてある村をさした。

「レムリア王国北方地帯、辺境村ガシャラ。冒険者ギルドも残っていますし、ここが一番なのですわ」

「そこだけはダメでしょうがこの大ばか!?」

 私がそう宣言すると、ベルダに猛否定された。

 不思議だ。何年もかけてここしかないと決めた場所だったのに、何が不満なんだろう。




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