令嬢、旅に出る③
女子三人による旅のしおり作成回
「ではまずは、これから私たちが行く場所について説明しますわー!」
ベッドの上で円を組みながら、私は世界地図を広げた。大雑把な地形と地域の名前が書いてあるだけの雑な地図だが、話し合うだけならこれで十分だ。
「え、お嬢どこかに行くの。ここでひっそりとだらだらライフを送るんじゃないの?」
「あ、そういえばアンナには何も言っていませんでしたわね」
私は自分がこれから冒険者になろうとしていること、そのために本家から見つからない場所まで離れたいことを説明した。何も考えずに仕事を辞め、私のところまで来たアンナとはいえ、今から遠いところまで旅をするなんて言ったら、さすがに驚くだろう……と思っていましたが。
「ふーん。わかった。あたしも行くよ」
「早すぎ、なのですわ!?」
全くというほど躊躇せず、アンナはついてくると言ってきた。まるで最初から、私がそう言いだすのをわかっていたかのようだった……いや、それにしても早すぎですわ。もっとためらってくれないと、ちゃんと言葉の意味が伝わっているのか不安になるのでやめてほしいのですわ。
「お嬢が去年ぐらいから変なものを集めだしてたから、前からもしかして、とは思っていたんだよ。結婚を嫌がっていたのは知ってたし、家出くらいはするかなぁって……まあ小屋一つを使って、死体偽装までするとは思ってなかったけど……よくばれなかったね、あれ」
「棺桶の中に私の腕を数十本くらい詰めていましたもの。中身が空ならともかく、黒焦げになった人間の骨と肉が入っていれば、誰だって騙されますわよ」
「それ初耳なんだけど!?お嬢また、そんな馬鹿な事したの!?道理で守衛騎士が青ざめてたわけだよ!危ないからやめて!?」
「あ、あんたもそう思うのね。私それを聞いた時、初めてこ……リサに恐怖したもの。人間として大事な部分がぷっつり、切れてるんじゃないかって」
「わ、私だってやりたくてやったわけじゃないですわよ。ああでもしないと、さすがに騙されないだろうなと思ったからやっただけですわ」
本当は腕の部位だけだと違和感があるから下半身をまるごと一つ入れておきたかった、と思っているのは内緒にしておこう。本気で怒られそうだ。
「そ、それよりも、これからのことですわ!血を流したかいあって、私の死を疑う人はいなくなりました。しかし、私の顔を知っている人がいるこの街で、冒険者になるわけにもいきません。せっかくなので、クイズですわ。私たちが今からどこに行くか、わかるかしら?」
「えー。あたしそういうの苦手なんだけど……」
「あら。あんたリサのメイドだったくせに、リサの行きたい場所もわからないの?主人の意をくみ取れないようじゃ、従者失格じゃない?」
「あたしの仕事は三食昼寝してお嬢の稽古に付き合うことなので。それ以外の仕事は料金をいただきます」
「従者失格じゃない……?」
「そういうベルダはわかるの?お嬢の行きたい場所」
「もちろんよ!リサの立場と、各国の特徴を踏まえれば、行ける場所なんて一つしかないわ……まず、リサの顔を知っている貴族たちがいるこの国は駄目ね。貴族が街に降りてくることは珍しいけれど、グレア様みたいに、気まぐれでやって来ることもあるし、油断はできない」
高い城壁の内側に街がぽつぽつと点在し、中央に大きな城が建っている。地図の中心に描かれたレムリア王国に、ベルダがバツ印をつけた。
「北方のロス魔王国も戦争中だから論外……というか、戦時中じゃなくても、あそこは一度入国したら二度と出られないなんて変な噂もあるし、あまり行きたくはないわ。魔法使いに対する風当たりも悪いし」
地図の北方に描かれた、魔王国の王が居ると言われている塔にも、ベルダはバツ印をつけていく。
ロス魔王国は、ある魔力的資源が豊富な国であると同時に、心が貧しい国だと言われている王国だ。ベルダが言うように、レムリア王国の民とロス魔王国の民はとある理由で仲が悪く、数年前から戦争をしている。
戦争が始まった原因は本当に色々あるのだが、始まったきっかけは、魔王国の資源独占にあると言えるだろう。
魔王国の後方には、地図の端から端まで埋めてしまうほどの大きな山脈があり、そこでは魔鉱石と呼ばれる特殊な鉱石を採取できるのだが、ロス魔王国はその鉱石をすべて独占していた。その独占っぷりやすさまじく、聖王国の民がただ山脈に近づいたというだけで、数十人もの魔王国の民がやってきて一人を袋叩きにしたという話が、引きこもっている私にまで聞こえてくるほどだ。
魔鉱石には、私や他の魔法使いと同じように神の血が流れている。
そのため様々な魔力的性質を帯びたものが多く、衝撃を与えると爆発する、光る、水が湧き出るといった、通常では考えられない特徴をもっている。
昔、なぜ魔鉱石に神の血が流れているのか、屋敷に来ていた教師に聞いたことがあった。すると、彼女はある伝承を話し始めた。
古き時代に、ある二つの神が諍いを始めた。最初はただの言い合いだった。だが、互いを否定しあううちに二神の怒りは増していき、最終的に決闘で決着をつけることになった。世界の果てで戦った二神の力はすさまじく、呼吸をするだけで周囲の物は神に吸い込まれ塵となり、剣を一振りしようものなら台地が割れ、街がいくつも滅び去るほどだった。このままでは死んでしまうと考えた人々は、神に怒りを鎮めてもらえるよう祈りを捧げ始めた。祈りを聞き届けた二神は、戦いを辞め、変わりに互いの使徒同士を戦わせ決着をつけることにした。戦いの場所は、人が誰も住まぬ山脈の上で行われた。神の使徒である天使と呼ばれる者たちは、互いが力尽きるまで戦い、負けた者は土にかえり、勝ったものは神の住む場所と言われる星の宮へと戻っていった。
どちらの使徒が勝ったのか、諍いの理由がなんであったのかは、今となっては誰にもわからない。だが、二神は戦いの後に自らの非を認めあい、二度と相争わないという誓いを記した石碑を、この世界に残したと言われている。
その時に使徒が流した大量の血が山脈に降り注ぎ、長い時間をかけて石に宿った。それが魔鉱石なのだ、と教師は言っていた。それは本当にあった出来事なのですか、と聞くと、『本当にあった、とされる説が有力だ。だが私は信じていない。誓いの石碑と呼ばれる物が、未だに見つかっていないからな。きっと、魔鉱石の存在があまりにも不可思議なものだから、誰かがただの想像で考えた物語を真実だと、皆信じてしまっているのさ』と言われた。妙なリアリティを感じるので、私は本当にあったことだと思っているのだけど……そこら辺の解釈はやはり、人によって違うのだろう。
その話が本当かはさておき、内部に流れている魔力が尽きるまでは、爆弾やランプなど、様々な道具の代用品に使うことができる魔鉱石。そんな便利なものを独占するなど許されないと、レムリア王国は外交官を送り、そう主張したそうなのだが、ロス魔王国の王からの返答は外交官の監禁、および完全な無視。
業を煮やした国王は怒りのまま兵を魔王国に送りこみ、戦争を始めてしまったのだった。
そんな場所に行けば、王国の民である私が袋叩きに会うのは火を見るよりも明らかなので、当然行先からは除外されている。
「そうですわね。私もそこに行くのは、反対ですわ」
「でしょ。で、次はアレス神国ね……正直私的には、ここは魔王国よりも、行きたくない場所なのよね」
ベルダは一瞬だけためらって、地図の南方の、レムリア王国からだいぶ離れた位置にある国にもバツ印をつけた。その国の中心には、穂が真っ赤に染まった大きな槍が描かれていた。
その槍は現実にあるものではなく、その国の王である戦神アレスのシンボルとされているものだ。
私たちに魔力という超常の力を与えてくれた偉大なる者。それが神だ。ほとんどの神は、私たちに血を授けた後、この世界から去っていたが、南方の国にはなんと今でも、本物の神が存在しているらしいのだ。
二神が戦ったとされる場所は、レムリア王国から見て東の『世界の果て』と呼ばれる場所で、アレス神国の上級兵により立ち入り禁止とされています。警備をかいくぐってうまく入り込めたとしても、ここには人にとって良いものは何もないので、行くメリットは基本はないです。話す必要がないくらい、リサ達が行く場所としては論外です。
魔王国との仲が悪い理由はもう少し先でわかるのでしばしお待ちを。
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