令嬢、旅に出る①
「いきなりですけど、ベルダのあの口調はなんですの?前から思ってましたけど、だいぶ痛いですわよ」
「げぼっっっっ!?!?」
ベルダの看病を始めてから二週間がたった。最初はげっそりとしていた彼女もすっかり元気になり、口数が前よりも増え、日がな一日中ベッドの上で、私とこれからのことについて話したり、ランやレンと仲良く遊んでいる。そう、私と同じように、ベルダもクソ兄上のせいで外には出れないので、現在はラースさんに頭を下げながらごくつぶしライフを満喫中なのだ。申し訳なさすぎて胃が痛い。
私が話を切り出したのは、ベルダが部屋のベッドで朝食を食べている最中だった。早めに食べ終え、手持ち無沙汰になった私は、今まで聞けずにいた例のあの口調について質問をしてみたのである。
結果は甚大、ベッドの上にリンゴの破片が飛び散り、ベルダは苦しそうにせき込んでいる。わかってはいましたけれど、やっぱりこの話題は地雷原でしたのね。
「な、な、なぜに、今この瞬間このタイミングでそんなことを……?もっと間をおかない……?」
「私も何か事情があるんだなーと思って、今まで聞くべきタイミングを考えていましたの。そうしたら五年も過ぎてしまいましたわ。もう面倒なので、単刀直入に切り込もうかと」
「思い切りがよすぎない!?」
口元をぬぐい、うーんとベルダが悩み始めた。しばらくの間、首を右にひねったり、額の部分をつねったりとしていたが、踏ん切りがついたらしく、ぱちんと一回頬をたたいた後、少しづつベルダは話し始めた。
「恥ずかしいから今まで誰にも話してこなかったんだけど……あんたなら、誰にもばらさなそうだし、いいわ。特別に、あんたにだけは話してあげる。私のあれはね、憧れの人をまねしたものなの」
「憧れ?」
「そう。えっと、どこから話そうかな。えっとね、まず、私って捨て子だったのよ」
「ぶっ!?あ、あなた、どれだけ、本当にどれだけの不幸を抱えているの……!?」
「これくらい別に、どうってことないわよ。この国って、貴族たちだけが肥え太って基本、その下の階級の人たちは質素な暮らしを送っているじゃない。その質素な暮らしっていう枠組みの中にも、貧富の差はあるわけで、私の親は貧の中の貧で、私を捨てないと生きていけないから捨てたの。孤児院に送られた手紙に、そう書いてあったわ。恨みがないとは言わないけど、しょうがないことなんだなって諦めてる」
「……そう、でしたの」
「そんなしょんぼりしないで。別に気にしてないから。で、話を戻すけど、私のいた孤児院は王国のはずれにある、村の中に建てられていてね。その村は防壁もまともに作れないくらい貧しい村で、みんな畑を一生懸命守りながら必死に一日を生きていたの。けどある日、魔物が畑を荒らすようになってね。なんとか追い払おうとしたんだけど、私たちだけじゃあどうしようもなくてね……困ったみんなは、魔物の巣をつぶしてもらうために冒険者を雇うことにしたの」
「あ、もしかして、その人ですの?」
「うん。私の憧れの人。ちょっと怖いけど、すごく強くて綺麗な女の人だった。一か月くらい村にいてね。魔物の巣を潰すのが仕事だったから、村にいる時間は少なくて、あんまり話せなかったんだけど一回だけ、その人が村にいるときに魔物がきたことがあったの。みんな怖がって、すぐに家に引きこもっちゃったんだけど、子供だったからかな。私は恐怖よりも、その人がどんな風に戦うのか見たいって思って、家の陰に隠れながら、その人のことを見てたの……綺麗だった。一振り一振りがまっすぐでね、凄く早かったの。囲まれても、とびかかられても、何のためらいもみせずに剣を振るの。空から降ってくる流れ星みたいだったわ。魔物の返り血を気にもせず、ただ剣を振り続けているその人が凄くかっこよくて、私目を奪われていたの」
その時のことを思い出しているのか、大事な宝物について話すときのように、ベルダの目はキラキラとしていた。
「何十匹も魔物はいたけど、気づいたらみんなやられていたわ。その人が剣を収めた後、どうしても気になって私聞いてみたの。『どうしたらあなたみたいに綺麗になれますか』って」
「ふふっ。そこは強くなれますか、じゃありませんの?」
「強さには、あんまり興味がなかったのよ。私、昔から気が弱くて、何をするにしても悩んでばかりだったの。だから憧れたの。どんな状況になっても、何の迷いもなく剣を振るうあの人みたいになりたいなって。そしたらね。『お前みたいな弱虫女には、一生なれないよ。さっさと家に戻れ』って、怒られちゃったのよねー……その時は凄く落ち込んだ。三日ぐらいふさぎ込んだりもした……けどね。なんて言われたって、向いていないってわかっていたって、憧れは止められないからさ」
冒険者にも無理してなっちゃたし、今でもかっこつけたい時は、ついあの人のまねをしちゃうんだよね、とベルダは照れくさそうに笑った。
「……痛い、なんて言って悪かったですわ。あなたにとっては、とても大切なことだったのですわね」
あの喋り方は、ベルダが憧れの人と同じように、まっすぐに剣をふるうための、自分に対する発破のようなものだったわけだ。ああ、わかる。ベルダみたいに綺麗な思いじゃないけれど、私にも憧れている人がいる。ベルダは現実に、私は物語にだけれど、いつかあんなふうになりたいと、そう願う気持ちは同じはずだ。だからその気持ちの大切さは、本当によくわかる。あの思いがなければ、私はここにはおらず、ただ空虚にあの家で生きているだけだっただろうから。
「……ベルダ。お兄様の件の詫びも十分に済んでいないのに、申し訳ないのですけれど、一つ頼みがありますわ」
「う、うん?急になに?」
「この前一度話しましたが、私はもうそろそろ、冒険者になるためにある街へと旅に出ますわ」
「あー、あれ本気だったのね……」
ベルダには一週間ほど前に、私がここにいる理由を包み隠さず話していた。ベルダと兄上の繋がりが切られている以上、隠しておく理由がなくなったからだ。
「ええ、本気ですわ。アンナが来たらすぐにでも、と思っておりますわ。ただ……実は私、少し不安がありましたの。外の世界を何も知らないうえに、まともに戦ったこともない女が、簡単に冒険者になれるものなのかと。いえ、もしなれたとしても、仲間もいないのに戦えるのかと……一般知識はアンナに聞けばいいですわ。けれど、戦闘面に関してはどうしようもありませんでしたの……けれど」
ベッドの上に座りベルダの両手をぎゅっと握り、目をまっすぐに見つめた。するとなぜか、ベルダは顔を赤くし、少し身を引きながら目線をそらし始めた。
「な、なななに急に!?近いんだけど!」
「しっかりと答えを聞きたいからですわ。ベルダ、私と一緒に、チームを組んではくれないかしら?」
「……え、えええええ!?」
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