令嬢、家出する⑧
「……解雇?あなたが?冗談でしょう」
「本当よ。一週間前に、お前はもうここにいなくていい、って言われて屋敷を追い出されたわ……。はぁぁぁぁぁあ。おもいだすとつらい。あんなに頑張ったのに、こんなにあっさり捨てられるなんて……結局使い捨ての剣だったってことよね。ぼろくて大して強くもないくせに年期だけは積んだしょぼい剣なんかよりも若くて綺麗でぴちぴちの女の子の方がみんな好きだもんね。はぁぁぁぁぁ……」
がくりと、肩を落としながらブツブツと独り言を言い始めた。このままだと自分の世界に引きこもってしまいそうなので、強引にでも会話を続けよう。
「信じられませんわね。あなた、だいぶお兄様に入れこんでいましたでしょう。いつもお兄様が負けそうになると、すぐに前にでてきて、お兄様をかばっていましたものね。お兄様は自分のことが好きな人間と、自分にとって都合のいい人間には基本優しいから、あなたを切り捨てるなんてこと考えられませんわ」
「……そ、そう?結局負けて怒られてたから、嫌われてるのかもって思ってたんだけど……違うの?」
ベルダは顔を赤らめ、急にモジモジとしだした。私なにか照れるようなこと言いましたっけ、と思いながら質問に答える。
「んー、あの人、色欲と自己顕示欲以外は基本マトモですから、自分のために戦ってくれる人を嫌ったりは……さすがにしませんわよ」
「そ、そう!?ほんと!?」
「え、えぇ。ほんとですわ」
「そっかぁ……えへへ」
「……」
「……えへへ。ごめん、話遮っちゃった」
「いちいち照れないでくださる!?話が前に進まないのですわ!」
毎回照れられても困るのだ。当たり前のことを言っているだけなのだから、軽く流してほしいのですわ!
「だ、だって、人に褒められたことなんてほとんどなかったから……あ、でも今日三回も褒められたから、二桁にはなったわ。えへへ」
「よかったですわね!?あとで愚痴とか不幸話はたくさん聞いてあげますから、今は何があったか教えてくださいな!」
「わ、わかったわよ……。えっと、最近グレア様に、婚約者ができたことは知ってるわよね」
「ん、ああ、アンジェリカ様のこと?」
「ええ、そいつ、いえそのアイギス嬢ね。そのアイギス嬢が、この前屋敷に来たの。婚約前の挨拶にって言ってたけど、本当にそんなつもりだったのかは疑わしいわね。あいつ、いえアイギス嬢は家に入ってきてからは無表情でだまったまんま。メリネ様がやってきてもお辞儀すらしなかったわ!従者の女も最低だったわ。私が武器を預かろうとしたら、信頼できない者に任せることはできないって、何様のつもりなのかしらね!」
「まあ。確かにちょっと高圧的ですわね」
「でしょ!なのにグレア様は、『いい、放っておけ。確かに態度は気に食わないが、自ら俺のもとにやってきたという事実から察するに、顔に出ないだけで本当は俺に会いたくてたまらなかったのだろう。あの態度も、俺の両親に許しをもらえるかわからない不安ゆえだろう。なんともかわいいやつじゃないか』なんて、鼻の下伸ばしてけなすどころか褒めたのよ!」
「まあ。とんでもない馬鹿ですわね」
「でしょ!?」
「あ、それは認めるのですわね」
あのお兄様に心酔していた、若干アホのベルダのことだから、兄上のことを悪く言ったら怒るとばかり思っていた。もしかして、洗脳が解けたのだろうか。自分の主人が仕えちゃいけない、距離を三軒分ぐらいとらなければいけない人間だということに気づいてしまったのだろうか。
「あ!いや、違、げふん!と、ともかく、そんな妄想をこじらせるほどグレア様はすっかりあの女にメロメロにされていたのよ!そのせいで、私の扱いはすさまじく雑になったわ……。二人きりでいたいからって随伴を拒否されるようになったし、食事の席も二人きりでしたいって言われて外されたし、夜はアイギス嬢の部屋まで行くからついてくるなって。ほぼ放置に近い状態だったの」
「色豚ですわねぇ」
頭が痛い。いや、本当に、なんであんな人に婚約したんだろうアンジェリカ様。この婚約、何かとんでもない裏がある気がしてきた。レムリア王国内で最も古い一族だと言われる両家が組まないと対処できない事態が、どこかで起こっているのでは……じゃないと納得できない。
「ただそんなのは些細なことで、問題は次の日なの。アイギス家に戻る馬車が来るのをあの女が待っていた時、いきなりこんなことを言ってきたの。『グレア。私が。います。だから。そちらの。従者は。不要』って。ふざけんなって話よ。あの女、私にいなくなれって言ってきたの」
「……へ?い、いや、待ってくださいな。い、いきなりそんなことを言いましたの?」
急に話が飛んだ気がする。なぜ挨拶に来ただけのアンジェリカ様が、いきなりベルダに敵意を向けるのか。なにか理由があるのでしょう、という風に視線を向けると、ベルダはぶんぶんと首を振った。
「何もないわよ!あいつが屋敷にいる間、私とあいつが喋ったことはいっかいもなかったわ!別れ際だって、私は視線を合わせることもしなかったもの!勝手に因縁をつけてきたのは向こうよ!」
「そ、そうなんですの」
ベルダの言葉に嘘はないように感じた。しかし、彼女の言葉を信じると、アンジェリカ様はずいぶん身勝手なお人ということになってしまう。そんな風に感じたことはなかったのだが、私の思い違いだったのだろうか。
「当然!そこまで言われたら黙っていられないでしょ!?私は剣を抜いて、どっちがグレア様にふさわしいか決闘できめよう、って言ったのよ!」
「ま、普段のあなたならそうなりますわよね。……あ、もしかして。そこでアンジェリカ様に怪我をさせてしまったの!?」
いきなりいなくてもいいと馬鹿にされて、引き下がれないベルダは私にしたように真剣による勝負を望むだろう。だがアンジェリカ様は名家、アイギス家のご令嬢だ。真剣なんて使ったこともない。だから当然そんな勝負はお断りするだろうが、ベルダからすれば納得できない話だ。どんな方法でもいいからとにかく勝負をしようと圧力をかけるはずだ。
冒険者の圧に根負けし、勝負を受けたアンジェリカ様に怪我を負わせてしまったとしたら、彼女に惚れている兄上は当然激高する。ベルダに対して怒りのまま、専属騎士解雇の宣告をつきつけてもおかしくはない。
「え!?い、いや、えーっと、」
「なるほどー。でも、それは仕方がないよう気もしますわね。話を聞く限りではアンジェリカ様側に非がありますし、怪我をさせたことはあまりよくないですが、あなたの行動も理解できますわ」
「いや、そうじゃ、なくて、」
「本来ならその場で、あなたの主であるお兄様が責任をもって、アンジェリカ様にびしっと一言言うべきなのですわ。なのに糾弾も謝罪もせず、相手に言われるがままあなたを解雇するなんて……最低の行いですわ。ベルダ。もう私のクソ兄上のことなんて忘れてしまった方がいいですわよ。あなたには、あなたの能力にあった、もっとふさわしい職場があるはずですわ」
「……なんか、お前は私のことを過大評価しすぎな気がする……話を勘違いしてるから、なおさら気恥ずかしいんだけど」
「え、違うのですの」
私がそう言うと、ベルダは困ったように視線をそらし始めた。確かにちょっと、自分の想像が入った部分はあったかもしれない。だけど、それ以外の理由でベルダが解雇されるなんてことはないはずだ。
「……決闘は、したのよ。あの女、『剣は。ありません。なので。自前の。武器で。戦います。それで。いいなら。今。すぐに。でも』って。まるで私が決闘を言い出すことをわかっていたみたいに、スラスラと言ったわ。ちょっと面食らったけど、面の皮が厚いだけだと思って、すぐに切りかかったの」
「え、えぇ?本当に!?アンジェリカ様は大丈夫でしたの?」
「は。大丈夫っていうか、ボコボコにされたのは私の方だったわよ」
「……どういうことですのそれ」
面白いと思ったら評価していただけると幸いです!




