令嬢、家出する③
庭の茂みの中に隠れ、しばらく待っていると屋敷の中が騒がしくなってきた。誰かが小屋が燃えていることに気づいたのだろう。
「なんであんなところに火が!?」
「誰か中にいるんじゃないの!アンナ!あなた何か知らない!?」
「きょ、今日お嬢があそこで、手品の練習するって言ってた、けど」
「「リサ様が!?」」
途端にドタバタと、慌てたアンナとメイドたちが外へと駆け出していった。それを確認した後、私はアンナの部屋へと向かった。
アンナの部屋はメイドたち用の寝室の一番端にあった。中はベッドと机といった基本的なものしかなかったが、床には本家から送られてきた手紙や菓子などが散らばっており、部屋の主の杜撰な性格が一目でわかるようになっていた。私は枕の下に、あらかじめ書いておいた手紙を差し込んだ。枕の位置を少し変えておけば、直そうとしたときに手紙にも気づいてくれるだろう。
屋敷の外へと出て、小屋とは反対方向の門へと向かう。この国で火災などの事故が起きた場合、誰かが近くの駐屯地へと助けを求めにいき、報告を受けた守衛騎士たちが現場に向かい対処を行うという流れになっている。なので、外への唯一の出入り口であるこの門にそろそろ誰かがやってくるはずだ。私は鍛えた脚力を使い、全力で門へと向かった。
残念ながら、ベルダのように門を飛び越えるほどの力は持ってないので、カギを使って普通に開ける。ぎぎぎっ、と門がすれる音がして冷や汗が流れたが、慌てず外に出て再びカギをかける。門に向かってくるような人影はいなかったので、私が外に出たことは誰にもばれていないだろう。
門の外の木々の中へと入り、あらかじめ木の洞の中に隠しておいた家出用バッグを背負う。中には変装用の自作の黒マント、長期保存がきく自作の干し肉、治療で稼いだお金等々が入っている。さっそく黒マントを羽織り、顔が隠れるようにした私は、地図を手にとある場所へと向かうことにした。
屋敷をでてまっすぐ進むと、レムリア王国の南方最大の街マキアが見えてきた。マキアはかつて、この世界に存在した古き神の一神である、アデナ神が最初に降り立った場所と言われている。街の中央にはアデナ神が使っていたと言われている一つの大きな盾があり、厳重な警備で守られている。その盾を一度は見たいと、隣国のセイレン聖王国から人が大勢やってくるため、この街は外国の人へと向けた商業が盛んだ。アデネ神を讃える歌をまとめた本や、レムリア王国の特産品を使った料理などがそこら中で売られている。
そのためか、夜でもこの街は騒がしい。夜も更けてきているというのに、街のランプには明かりがともり、大人、子供、老人、聖王国の民特有の水色の髪を持った若者など、大勢の人が笑顔で通りを歩いている。
ずっと、本家から圧力をかけられ、外を歩くことを禁じられていた私には、その光景がまぶしく見えた。あの通りを大手を振って歩ければ、きっとそれだけで満足してしまうだろう。そのくらいに私は外の世界に飢えていたのだと、あらためて自覚した。
「…………がまん。がまんですわ、リサ・フォーベルト。自由が手に入るのはまだ先。今は身を隠しませんと」
逸る気持ちを胸を軽く叩くことで抑え込み、大通りから離れ、街のはずれの方へと私は向かった。大通りと違って、はずれの方はとても静かで陰鬱な雰囲気だった。明かりもないし、人もまったくいない。
少し怖かったが、足を止めていては不審者がいると通報されかれない。私は小走りで、建物と建物の間の小道へと入った。
その小道の両端には、私が立っているところから奥の方まで、ずらーっと家が立ち並んでいた。地図をよく確認しながらまっすぐ進み、表札をよく確認してから、三軒目の家のドアをコンコンとノックした。
「はーい。今出ますよっと」
バタバタと階段を降りる音が聞こえ、ドアが開かれる。
「夜分遅くに申し訳ありません。急ですが、以前行った治療のお代をいただきにまいりましたわ。よろしい?」
「……は?」
あんぐりと口を開け、茫然と私を見るラースさんの様子が面白くて、思わず笑いが漏れてしまう。この様子だと、今日からここに住む、なんて言ったらひっくりかえってしまうかもしれませんわね。
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