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令嬢、家出する②

えいやー。

 夜になり、約束の時間まであと1時間になったころ、私は手品用の道具と、別の目的のための道具二つを持ってぼろ小屋の前に来ていた。この小屋は数十年前までは鶏などの飼育小屋だったそうだが、途中で飼育に飽きたのか、今では物置として使われていた。ちょうど誰も寄り付かない場所を探していた私は、数か月前にこの小屋にあったガラクタをすべて捨て、手品の訓練所として改造した。お父様や兄上にも内緒なので、ばれたらかんかんに怒られるかもしれない。

 中に入った私は、これから行う偽装のための準備を始めた。まずは手品の道具に使う予定だった、人が1人はいれるぐらいの箱を中央に置く。それから、私の身長の倍もある大きな木の道具棚を複数、不自然な配置にならないように箱の周囲へと移動させる。そして道具棚の箱側の脚に、厨房からくすねてきた油をべったりと塗った。

「さて……ここからが大変なのですわ……。ファイトですわー!わたしー!」

 箱のふたをあけ、私がパーティに出るときに使う薄いピンク色のドレスをそこに敷いた。それからナイフで、ドレスの中心部分を縦に切り裂いた。ドレスを開いた私は立ちあがり、ナイフを左腕のひじへと当てた。

「あ、今回はこれも使うべきですわよね」

 いったんナイフを外し、普段から治療に使っている麻酔薬の小瓶を取り出した。これも街で普通に売っているもので、この薬には一定の時間、身体の感覚を鈍感にする効果がある。私は治療を受けに来た患者さんにこれを使っていたが、普通は痛みに慣れていない冒険者が、モンスターと戦う時に使用されるものらしい。一度試しにと、私も少しだけ飲んで指を切り落としたことがあったが、痛みが普段の10分の1ほどになっていたのでとても驚いた。私が知らないだけで、この家の外にはこれと同じくらいの不思議な薬や道具がたくさんあるのだろう。外に出たら、冒険者になる前にまず街を回ってみるのも案外楽しいかもしれない。

 ごくりと、麻酔薬を一息に飲み干すと、副作用で視界が少しぼやけてきた。箱やナイフの輪郭がはっきりしない。だが今はどうでもいいことだ。ひじの位置さえわかれば、あとはスパッと振り下ろすだけだ。

「えいやー!!あんど、再生(リジェネレーション)!」

 いつものようにするりと、紙を切るかのように腕が切断され、箱の中にぽとりと落ちた。ピリッとした軽い痛みとともに、切断した腕からはどろりと血が流れたが、私の体からは血が流れず、変わりに青い光を放つ切断面から新しい腕がするすると生えてきた。

 初めて再生を行ったあの日から、私は毎日のように指や腕の切断を行い、魔法を使える回数を増やしていった。1日のうちに発動できる再生は今のところ35回。将来のことを考えれば、これでもまだ不安だが、今日はそれで十分だ。

 人1人分の肉と骨さえあれば、それで十分。

「えいやー!再生!えいやー!再生!えいやー!!再生!!えいやー!!!」

 ……なんだか、邪神教の闇の儀式をしているみたいで、だんだん嫌になってきましたわ……。今更ですけど、躊躇なく自分の身体を切り落とせてしまうのはまずい気がしてきましたわ!?私、もしかしなくてもだいぶ危ない人になっているのでは!?

 ちょっとした焦燥感に焼かれながらも、なんとか作業を終えた私は、開いていたドレスを肉を隠すように元に戻した。箱にふたをして、すべての準備が終わったことを頭の中で確認する。あとはアンナがうまく証言してくれれば、私はきれいに死んだことになれるのですわ!

 そう、今日の私の目的は、私の死体を生み出すことだったのだ。まともな方法で家出をしても、フォーベルトの力があれば、どこに逃げてもいつかは見つけられ、家に連れ戻される。ならいっそ、私が死んだことにすればいい。死んだ人間を追える人間は、世界広しといえどどこにもいないだろう。私の死が確定した後なら、私がどれだけ私らしい行動をとろうとも、疑う人は1人もいない。

 冒険者になるのに身分証は必要ないのだから、今までの鬱屈した毎日とともに、貴族としての名前をここで焼き尽くしてやりますわ!

「ふっふっふっ!今から私、リサ・フォーベルトの火葬祭のお時間ですわー!客は私しかいませんが、盛大に行きますわよー!ふぁいやー!」

 これまたアンナに買ってきてもらった火打石を、油を塗った部分の近くで発火させる。火が脚に燃え移るのを確認した私は、小屋の外に出て扉を閉めた。バキバキと棚が倒れていく音を後ろで聞きながら、私は家の庭へと走り出した。



ふぁいやー!


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