令嬢、家出する①
誤字じゃないですよー。
損失した部位を再生させられるようになってから早3年。私は13歳になった。成人になるまであと2年。お母さまがしびれを切らし、自身で婚約の話を取り付けるようになるまでは、もう1年もないだろう。そろそろ、頃合いだ。
家出をしよう。
5年間、冒険者になるためにいろいろな準備をしてきた。実際に冒険者ギルドに行ったこともない素人の娘ではあるが、私にはほかの冒険者が持ちえない回復魔法という唯一の武器がある。もちろんそれだけではなく、冒険者に必要な体力も知識も寝る間を惜しんで特訓し、身につけた。
冒険者ギルドに行っても、馬鹿な小娘がきたと邪険にされることはないはずだ。本家と話すことももうないし、この家を出る準備も終わらせた。家を出た後の行先ももう決めてある。私がいなくなった後のことも問題はない。この家は再び誰も住まないようになるだけで、ここにいるメイドたちや庭師は本家に戻り、また別の仕事を与えられる。私が来る前と同じ状況になるだけだ。ならば!
やはり、家出するしかないのですわ!ふーっふっふっ!
「ふっ。そうと決まれば、さっそくアンナに話をしないとですわね!」
「ん、お嬢呼んだ?」
「きゃー!?」
びっくりして振り返ると、私と同じように驚いているアンナがいた。一体いつから後ろにいたのか、まるで気配を感じなかった。
「あ、アンナ!後ろにいるなら声をかけてくださいな!?びっくりしましたわ!」
「あたしもびっくりしたよ。気づいてなかったんだねお嬢……」
「どのくらい、後ろにいましたの」
「30分くらい」
「声をかけなさいな!?あなた暇なの!?」
「いや、考え事してたみたいだったから、声をかけづらかったんだよ。」
「あ。確かに、それは声をかけづらいわね……」
「お嬢の悩んでいるところとかめったに見られないから観察しておこう。隙があったらイタズラしよう、とか考えてたわけじゃないんだよ」
「油断も隙もないですわねこの駄メイド。まあ、それはいいですわ。それよりアンナ、少し話がありますの」
「ん、なになに?」
「ここでは話せないことですわ。今日の10時に、庭の端にある小屋に来てくださいな。何も持ってこなくても大丈夫ですわよ」
「小屋って、お嬢があの困惑パーティのための手品を練習している場所?そんなところで何するの?」
アンナが言っているパーティというのは、今度くる兄上の結婚パーティのことである。そう、あの色豚貴族でありかつフォーベルト家の恥さらし、グレア・フォーベルトがついに結婚するのである。正直今でも信じられない。
本来なら相手に同情するところなのだが、なんとプロポーズしたのは相手側らしい。しかも相手はこの国で最も古く誇り高い一族と呼ばれるアイギス家のお嬢様、アンジェリカ・アイギスだと聞いた。パーティで顔を見たことがあるが、きりりとした目と足まで届く光輝く白い髪、そして他を寄せ付けない堂々とした佇まいが印象的な人で、とても自分から結婚を申し込むような人物には見えなかった。相手があの兄上だというならますます信じられない。
他の貴族たちや王族、そしてお母さまやお父様ですらこの話を信じていないようだ。当然だ。アイギス家とフォーベルト家はもともと仲が悪い。自分こそが最も古くから続く家系だと、お互いが代を変えてもなお主張し続けているからだ。家の話を抜きにしても、兄上とアンジェリカ様はまるで浮いた話を聞かなかった。パーティで兄上がちょっかいをかけ、そして完全に無視されるところを、私は何度も見ている。
そんなみんなの疑念を払拭するために、兄上は婚約を祝したパーティを開くことにしたのだ。そこで自分とアイギスの関係を公のものとし、婚約を互いに誓い合うことで、周囲の者たちに関係を認めさせることが目的だそうだ。そのパーティに私も見世物役として呼ばれており、その練習をしているふりを最近はしていた。
ちなみに、兄上は結婚することに文句はないらしい。大方、『気に食わない女だと思っていたが、膝を折りかしずき愛を伝えてくる従順な姿勢は悪くない。仕方がない、俺の女にしてやろう』的なあほな思考をしているのだろう。お父様とお母さまは大反対しているというのに、本当に大丈夫だろうか。
「パーティのための大事な話ですわ。お兄様はともかく、アンジェリカ様に失礼な姿は見せられませんわ。だから、あなたに手品の意見を聞きたいの」
「ふーん?わかった。今日の10時ねー」
少し首をかしげながら、アンナは家に戻っていった。
私が普段、アンナを頼ることはごくまれだ。8歳の時に負かして以来、ベルダが名誉挽回をしなければ、と言って私に何回か、勝負を挑んでくることがあった。その時の立会人にアンナを呼んだことはあったが、勝負には一切かかわらせなかったので、これは頼ったには入らないだろう。本当の意味で頼るのは、やはり治療の時ぐらいだ。
ラースさんを治して以来たまーに私のところに重症患者がやってくるようになった。工事をしている途中で事故にあい腕がつぶれた大工さんや、怪我を放置して患部を膿ませてしまった冒険者などだ。ラースさんたちには特に口止めなどはしなかったので、たぶんこの付近の街に噂が広まったのだろう。複数人で来られると、手が回らないことも多く、アンナにはよく手伝ってもらった。治療代の相場を教えてくれたのもアンナだ。私ではわからない、どうしようもないときだけ、アンナに頼っていた。
だから、今日倉庫に来るときに彼女はこう思うはずだ。なんでこんなことでお嬢は私を呼び出すんだろう、と。
その疑問が大事ですからね。忘れないでくださいですわ、アンナ。心の中で祈りながら、私は最後の準備を始めるため、家へと戻った。
今度18歳になるグレアは、今でも親のすねをかじりながら、毎日数十枚の書類に印鑑を押して仕事を終わらせ、落ちぶれた貴族たちと夜の街に繰り出しています。結婚式の費用は当然のようにアイギス家からむしりました。恥さらしは継続中。逆にリサの評価はひっそりと上がっていっています。
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