令嬢、仕事をする⑤
「いや、みんなお嬢のことを心配してたから、私が見てこようかと思って……」
ばつが悪そうにそっぽを向きながら、アンナは近づいてくる。
「血も交じってるじゃん……ていうか、あたり一面血だらけじゃん!?お、お嬢、本当になにやってるの!?」
「な、なにがですわ?これは、えっと、ただの絵の具ですわよ?」
「絵の具が身体から出てくるわけないでしょ!?あたり一面にぶちまけるわけもわかんないし、って。ねぇお嬢。私今信じられないものを見ているんだけど」
アンナの視線の先をたどると、私がさっき切り落とした治しかけの指がごろごろと転がっていた。ああ、そういえば埋め忘れていましたわ……急いでいて気づきませんでしたわー。
「あれ、指、だよね」
「……た、ただの彫刻、ですわよ?色を塗ったからそれっぽいだけですわー」
「さすがのあたしでも騙されないからね!?あんな生々しい彫刻があるわけないでしょ!?」
「素材が石でなくても製作者の私が彫刻だ、といえば彫刻ですわよ。タイトルは『ほんもの』」
「隠す気ないじゃん!自分の体を素材にしないで!?」
ウソがばれてからしばらくの間、私はアンナに叱られ続けた。部下のメイドからひたすら正論で叱られていると、主人として少し情けない気持ちになる。別に悪いことをしたわけではないのだから、そんなに怒らなくてもいいのに。
「それで、要するに毎回ここで、お嬢は自分の体を傷つけながら、治療の練習をしていたわけね。今日は切断した腕を治すために、指を切り落としていたと」
「う。そ、そんなことは……あるかも、ですけれど」
「もう、ごまかさないでよ。あたし、お嬢が心配で聞いてるんだよ」
「え」
「あたしさ、お嬢とお嬢の料理は本当に好きだから、あんまり無理はしないでほしい。別に、倒れてようが熱を出していようが、お嬢なら寝てれば治るだろうから気にしないよ。けど、これは本当に危ないことじゃん……ただ意地を張って無理しているだけなのなら、やめてほしいな」
さっきとは一転変わって、しょんぼりとした顔になるアンナ。周りの人間や空気なんてまるで気にしていない、泰然自若を体現したようなメイドだと思っていた彼女が、私のことを心配している?ちょっと信じられない。
けど、思い返すと確かにアンナは私に優しいところがあった。ご褒美がなければ動かないとはいえ、アンナは私の無茶な頼みをどんな時でも聞いてくれる。怪我したら声はかけてくれるし、寝る前も必ずおやすみといってくれる。
今日だって私に解毒薬のことを教えて、みんなに飲ませてくれた。あれがなければ、本当に治るのかという不安をみんなに与えたまま、治療をすることになっていただろう。
そうか。アンナは、私のことをいつも心配して、助けてくれていたんだ。まるで気づかなかった。
「……ごめんなさい、アンナ。嫌な思いをさせてしまいましたわね」
「え、いや、お嬢が謝る必要はないよ」
「いいえ。必要なことですわ。アンナは今まで、ずっと私を気遣って手伝ってくれていたのに、私はあなたの気持ちをほとんど考えずに行動していました。メイドが誠意を尽くしているのに、主人がその思いを感じ取れないなんて、あってはならないことでしたわ」
「お嬢……」
「今までぐうたらメイドだのただ飯ぐらいだの口だけ女だのなんだのと心の中で罵っていましたが、悪かったですわ。あなたは立派なメイドですわ。アンナ」
「っ!お嬢……心の中までは言わなくてよくないかなぁ……」
けど、ありがとう、初めて人に褒められた。一瞬驚いたよう顔をした後、にっこりとアンナが笑った。彼女がこんなにもはっきりと、花が咲くように笑うのは初めて見た。普段は無表情だったから気づかなかったが、笑ったアンナはとてもかわいかった。
「リサ様ー。どちらにおられるのですかー」
「あら、この声は」
「お嬢を探しにきたみたいだねー。ここの片づけははあたしがやっておくから、お嬢は先に行っていいよ」
「助かりますわ、アンナ。本当にありがとうですわ」
万が一この血まみれの庭を見られたらまずいので、素直にアンナの好意に甘える。
「……お嬢」
「ん、どうかしましたアンナ」
「……ごめん、呼んでみただけ。ふふっ」
「???」
なぜかはわからないけど、アンナの機嫌がすごくいいようだ。照れくさそうに笑っているアンナを不思議に思いながら、私はラースさんのもとへ向かった。
ラースさんたちは庭の入り口にいたので、先ほどの部屋までいったん戻ってもらった。アンナがいないことを不思議がられたが、私の手伝いが終わったのでもう本来の仕事に戻ったと伝えると、納得したようだった。
「私たちの傷を完治してくださって、本当にありがとうございます。感謝の思いが大きすぎて、言葉にできないほどです」
「いえいえ、気にしないでくださいですわ。困っている民がいるのなら手を差し伸べる、貴族として当然のことですから」
「「おおおっ……」」
私を見る目がキラキラと輝きだす。彼らから私は、どん底の状況を救ってくれた救世主のように見えているのかもしれない。なんだか、物語の聖女クレアになったような気分だ。こんな風に尊敬されるなんて初めてだから、嬉しくてなんだか泣きそうになってくる。
「とはいえ、ただとはいきませんけど。この魔法は私の一族に神が授けた限りある大切な贈り物。それなりの価値をつけなければ、先祖と神を侮辱することになりますわ」
「そ、それはもちろんわかっております。それで、いったいいくらほど支払えばよいのでしょう。先ほども言いましたが、私たちにはお金がないのです」
そういえば、それについては考えていなかった。ただで怪我を治してくれる人間がいると、噂されることを防ごうと思って報酬を要求しただけで、お金が欲しいわけではなかったのだ。
「……そうですわ。お金がないなら……ラースさん。ちょっと、耳を貸してくださる?」
「え、よ、よろしいですが」
ラースさんの耳元でこっそりと、メイドたちに聞こえないように報酬を要求した。私の話を聞いたラースさんは、かなり困惑しているようだった。
「そ、それではただのようなものではないですか!?それとも、それが必要な時が近々来ると」
「いえ?別にそういうわけでは……ほんとーに、念のために欲しいだけですわ」
「し、しかし」
「どーしても嫌というなら、お金でも構いませんけど……高いですわよ?この魔法、私の血肉を削ってあみだしたようなものなので……なーんてそれは言いすぎですわね!?せいぜい皮程度でしたわ!?」
ごまかそうと、にっこりと笑ったつもりなのだが、なぜかみんなの顔が引きつっていく。さすがに無理があったか。
「と、ともかくですわ。私が欲しいのはそれだけですわ。用意を早めにしていただけると助かりますわね」
「も、もちろんです!明日にでも準備いたします!」
話は終わったので、私は門までラースさんたちを見送ることにした。門を開けると、ランとレンが急に私に頭を下げてきた。私が驚いていると、ランが口を開いた。
「り、リサさん!お父さんを助けてくれて、本当にありがとうございました!私、大人になったらリサさんみたいな、りっぱな女の人になって、いっぱいお金かせいで、えっと、必ずお礼にきます!」
「お、俺も!強くなって、いっぱい魔物を倒して、リサさんのところにまた来るから!まっててください!」
「ふっふっふっ。ええ、その時を楽しみにしていますわ」
手を振りながら去っていくラースさんと兄弟を見送りながら、ごめんなさいと心の中で謝った。私が逃げようと逃げまいと、彼らが大人になるころには、ここには誰もいないのだ。
「嘘をつくのは苦手ですわ……はぁ」
少しげんなりとするが、頬をぱしんと叩いて切り替えた。いろいろあったが、初めての仕事は大成功!将来はこれを冒険者として行うだけだ。もう少し特訓を積めば、吐かなくても絶対に大丈夫なはず!
「問題は人手ですわね。今回みたいに大量の人を治療するときは、応急処置をしてくれる人がいないと困りますわ……。手伝ってくれそうな人は、アンナしかいませんわね」
いつか、アンナにもついてきてくれないか聞いてみよう。一緒に本宅から逃げ続けることになるけど、アンナならきっとついてきてくれる……はず。
あ、アンナといえばきっと今頃、お腹をすかせて私の料理を待っているはず。早く作ってあげないとですわね!
私は机に突っ伏して料理を待つアンナを想像しながら、小走りで家へと戻った。
そろそろ最終準備。
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