令嬢、仕事をする④
「あ、お嬢。遅かったね……うわぁ。何してたのお嬢。今にも死にそうな顔してるじゃん」
部屋に入ると、アンナが心配そうに駆け寄ってきた。普段は私が熱を出した時も関係なく居眠りを敢行する彼女にしては珍しい反応だ。そんなに私の顔色は悪いのだろうか。
「一回外行こうよ、お嬢。軽く飲み物を飲んで、休憩してから始めたほうがいいと思うよ」
「いけませんわよ……時間がないのですわ……」
私を止めようとするアンナの横をすり抜け、ラースさんたちのもとへ向かう。ラースさんは最初は笑顔で私に手を振っていたが、私の顔を見ると青ざめ、慌てて駆け寄ってきた。
「り、リサ様!?どうされたのですか!先ほどとまではまるで別人のように!」
「それは……あなたが気にすることではありませんわ!わたくしはこのように、元気ですわ!さぁ、治療を始めますわよ!早くそこに座ってくださいな!」
心配するラースさんたちをソファに座らせて、私は大きく深呼吸をした。他人に回復魔法を使うのは初めてではない。だが、こんなにひどい怪我をおった人たちには今まであったことがなかった。緊張がなかなかおさまらない。
どうやら私がいない間に、アンナがある程度の手当ては済ませていたらしく、腕を食いちぎられた数名の腕には真新しい包帯がまかれていた。普段がダメダメなアンナにしては、妙に手際がいい。
「アンナ。あなた解毒薬も飲ませたの?」
「うん。ちゃんと店主さんの言うとおりに飲ませたから、みんなすぐよくなる、と思うよ?」
「そこははっきり断言しなさいな!?」
少し不安だが、毒も大丈夫だろう。アンナのおかげで、スムーズに治療が進んでいる。あとで美味しいものをたくさんご馳走してあげようと心に決めながら、私はまずラースさんの包帯をゆっくりと外した。腕はどうやら食いちぎられたようで、ぐちゃりと形が歪んだ傷口の近くに大きな噛み後がいくつも残っていた。
「少し、目をつむってもらってもよろしいかしら?」
「え。そ、それは構いませんが、なぜ」
「傷の再生は人体の理屈に反したことですわ。見ていると脳の認知がおかしくなってしまいますから、あまり見ないほうがいいのですわ。ほかの皆さんもお願いしますわ」
「は、はぁ」
ラースさんは困惑しながらも目を閉じ、周りの人たちも同じように目を閉じた。私が最初に傷を治した時、軽く放心状態になったときの経験による忠告だったが、素直に聞いてくれて助かった。手を傷口にあて、青い魔力を流していく。
もし異常が起こったらすぐに止めようと構えていたが、特に問題もなく、私の指と同じように腕は再生を始めた。ぐしゃぐしゃにかまれねじれた肉がするするとほどけ、その中から骨が伸び、それに沿うように血管と肉が骨を覆っていく。
「す、すっごーい!」
「ば、ばっか声出しちゃだめだろ」
声が聞こえてきたほうを向くと、ランとレンがぱっちりと目を開けて治療の様子を見ていた。さっき見たときはつむっていたのに……こっそり薄目で見ていたらしい。
「まったく。悪い子たちですわね」
「お、おお!?お、俺の腕が、腕がぁ!?」
「ラースさん?」
「お、おおすげぇ!まるで植物みてぇに肉が骨に巻き付いてる!」
「これが魔法なのねぇ。見てるとなんだか、体と頭がぞくぞくしちゃう!」
「みなさん!?」
気づいたらみんなが目を開けている。やはり、みんな好奇心には勝てないのだろうか。じりじりと私のそばによって、魔法を見ている。平民は魔法を使えない人が多いから、たぶん物珍しいのだろう。
困った。めをつむっているように言ったのは、私の状態に気づかれたくないというのもあったのだ。正直もう限界ぎりぎりで、気力だけで治療している状態だ。魔法に夢中でみんな気づいていないようだが、顔はもう真っ青になっているだろうし、魔力を使い切ったらまちがいなく吐くと思う。そんなみっともない様子はなんとしても見せたくない。
ラースさんの治療が終わり、ゆっくりと手のひらが握りこまれ、花が咲くようにこれまたゆっくりと開かれるのを確認した私は声を張り上げ、次の患者さんのところに向かった。
「さ、さぁ!どんどん行きますわ!この後稽古が控えていますもの、このくらいさっさと治してあげますわー!」
「「お、おお!」」
私が啖呵を切ると、みんなの目から不安が消えていった。ランやレンも最初は不安そうだったのに、今ではにっこりと笑っている。1人、2人と治療していくと、ラースさんも次第に笑みを取り戻していった。
よかった。みんなの笑顔を見ていると、助けになれてよかったと思える。文字通り粉骨砕身。身を粉にしたかいがあったというものですわ!
「こ、これで終わり、ですわね!?こ、これ以上はむ、いえ!これ以上続けると剣の稽古に間に合わなくなってしまうのですわー!?」
「は、はい!これで全てですリサ様!噂で聞いていた隣国の聖女のような手際による治療、素晴らしいものでした!」
「本当ね!あ、もしかして!リサ様は王国の聖女様なのかもしれないわね!私たちの国にも、神様からの使いがきたんだわ!」
「り、リサさまがせいじょ……ぴ、ぴったりだね!」
みんなが私のことをほめている。普段なら両手をあげて喜んだかもしれないが、私にそんな余裕はなかった。そろそろまずい。
「ふっ、ふっふっ。お、お褒めにあずかり、こうえい、ですわ!?」
「ん、お嬢。なんか、」
「アンナ!あとはたのみますわ私は少々稽古に、うぷっ、行ってまいりますわー!」
「あ、お嬢!?報酬の話とかどうするのー!?」
ドアをけるようにあけ、いつもの庭へダッシュでかける。ナイフで土を滅多切りにし、柔らかくなった部分に穴をほった。そして。
「おえぇぇぇ……。げほっ!げほっ、げほっ!?う、血が混ざってる……本当に久しぶりですわねこの感覚」
できればもう一生体験したくない。明日から、もっと頑張ろう。どれだけ回復しても吐かないぐらいに、魔力の量を増やさないとですわ。こんな姿、ほかの誰にも見せられませんもの。
一息つこうと、私が深呼吸をし始めた瞬間、聞こえないはずの声が聞こえてきた。
「お、お嬢?もしかして、ここでやってたことって、これ?」
「う、げほっ!?あ、あああアンナぁ!?な、なんでここに!さっきあとのことは任せるといったでしょう!?」
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