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四十七話 剣の産声

 自分でもらしくないミスをしている。ノーザは繰り出される猛攻をしのぎ切りながら、どこか不注意な自分に舌打ちをしていた。

 他ごとを考えすぎている。今は目の前の試合に集中しないといけないのに、魔王だ、なんだと見えざる何かにおびえているのである。


 気の迷いは剣に出て、そしてその延長戦であるハイメタルガーデンの動きにも生じる。根性論を盲信するわけではないが、一概に否定も出来ない。確実に自分の動きは鈍っていると断言できる。


「ったく……らしくない!」


 それでもなお、相手の剣の直撃を受けていないのはさすがと言えた。にげる、避ける、防ぐ。この事に関してだけは自分でも意識して鍛錬を続けてきたつもりだ。兄が死んでから、大破した青いストーレンを修復させ、日々、それに乗り込んでは動かし続けた。

 両親からも、使用人からも、それこそ領地のものたちからも、『ノーザは何かに憑りつかれた』とささやかれるようになった。

 まぁ、ある意味その言葉は正しいのかも知れない。『私』というただの一般人が『ノーザ』というお嬢様にとって代わっているのだから、それはそれ、一つの正しいものの見方だ。


 だが、ノーザはそんな言葉を聞き流し、ガーデンにのめりこんでいったし、兄の遺言と称して剣の鍛錬をも自らにかせた。国の師範代、流れの黒騎士、とにかく腕に覚えのあるものは金に糸目をつけずに雇ってとにかく剣をものにした。

 とはいえ、彼ら剣の師匠たちからは『まるっきり才能が感じられない』という嫌なお墨付きをもらっているのだけれども。

 それでも、人並み以上に扱えるようにはしてもらえた。その動き、理論、認識力はガーデンの操縦にも活かされている……はずである。


 とにかく、ノーザは『生き残る』という事に関しては努力してきたつもりだ。しかし、思えば学園に入学する前後に関してはそのような努力も少なくなったと思う。日課の朝練を除けば、どうしても学園入学の為の準備もあったし、いざ入学すれば、ゲーム本編のことで頭がいっぱいだったし、気が付けば自分の都合を優先していた。


 しかし、昨晩。彼女は思い出したのだ。この世界の命運を左右する存在。破壊の化身、その存在を知るのは自分だけであり、いまだ架空のものと思われている魔王という存在。その気配を感じてしまった。

 今は気にしないでおこう。そう、思ったはずなのに、意識はしてしまう。


『どうした! 調子が悪かろうと、私は容赦はせぬぞ!』


 気迫を剣先に乗せ、絶叫染みた怒号を放つウェンディーズ。その圧はガーデンの出力と合わさり、グンッと白亜の機体を押し上げようとしていた。相も変わらず、鋭すぎる気合がノーザを突き刺すようであった。


「フッ……!」


 ノーザは腹に力を入れ、踏ん張りながら、差し向けられる剣の一撃を、己の剣で滑らせるようにして受け止めた。ガリガリと鋼の剣が交差し、火花を巻き起こし、そしてつばぜり合いの状況を作り出す。最大出力で接近してきたウェンディーズのファル=ブレースを受け止める形となり、機体の衝突はすさまじい衝撃波を放つ。


 ドッ、ゴッ! と鈍い音がコロシアムへと木霊する。機体同士の衝突、巨人を受け止める大地の絶叫、その二つが時間差で響いたのだ。

 機体を支える足下の地面に亀裂が入り、二体の機械騎士の足の裏がわずかに埋没する。


『勝たせてもらうぞ!』

「こ、の! 調子に乗るな!」


 機体の衝突、その衝撃で揺さぶられた頭が少しぐらぐらとするが、逆に良い刺激になった。寝起きの頭に冷や水を吹っかけられたような気分ではあるが、気を引き締めるという意味では、これぐらいがちょうどよい。


「おぉりゃ!」

『ぬお!』


 ノーザの不意の一撃に思わず虚をつかれたウェンディーズが小さな悲鳴を上げる。ノーザは自身の機体で、頭突きをぶちかましたのだ。当然、お互いのファル=ブレースの頭部がわずかに歪む。メインモニターを担当する頭部の損傷によるものか、コクピットモニターに映し出される映像に若干の乱れが生じていた。

 が、見えないという程ではない。僅かにバランスを崩した白亜のファル=ブレースが尻餅をつくまいと大きくのけぞりながらも、踏ん張る様子が見える。

 ノーザは畳みかけるようにして、機体の左足で白亜の機体の鳩尾を蹴り飛ばした。


『なんのぉ!』

「なっ!」


 驚いたのはノーザの方だった。キックは、クリーンヒットしたはずだった。だが、ウェンディーズはその直前にバックステップを踏むことで、蹴りの勢いを殺し、機体にダメージを受けながらも、それを最小限に抑えていた。

 その動きは、少なくともウェンディーズの動きではない。いや、成長した彼ならばこれぐらいはできて当然だが、そうなるにはもっと先の事だ。

 それこそ、戦争を体験しなければいけない。


『どうやら私はすこぶる調子が良いようだ! ノーザ、今ならば君の奇怪な動きにだって対応してみせる』


 一瞬にして、態勢を立て直した白亜のファル=ブレースが剣を構え、迫る。一歩の踏み出しだけで、十数メートルを跳び、お互いの距離を詰める。その鋭い剣のような勢いに、飲まれたのはノーザの方であった。


『倒れろよ、そして私はアイリスを手に入れる!』


 ウェンディーズの叫びはどこか狂気を含んでいるように、ノーザの耳を打った。全体的に張り詰めた空気の中に、わずかに含まれる澱んだ異質な空気をノーザは感じてしまう。そして、眩暈。


「うっ……!」


 何とか防御の態勢を取ったが、勢いに飲まれた防御では態勢を意地することなどできやしない。ノーザはある意味では初めて、敵に気おされて、背中を地面につかせた形となる。仰向けに倒れる衝撃、そして、双眸を怪しく光らせ、こちらの首筋に剣を押しあてようとする白亜のガーデンの威容、伝わるウェンディーズの気迫……そのどれもが、あのさわやかな青年とは違う何かを現していた。


「そういうことか!」


 ノーザは、不確かながらも、ウェンディーズの変化の意味を悟った。昨晩の嫌な気配、魔王の予兆ともいうべきあの感覚はやはり気のせいではなかったのだ。今の今まで、なぜあれが現れたのか、ずっと疑問であったが、一つの答えにたどり着いた。

 今のウェンディーズは何か変だ。いや、彼だけではない。思えば、学園の全てが妙にアイリス争奪戦に対して関心を示し、浮足立っていた。


 この考え自体、押し付け、妄想に等しいものであるが、魔王という存在を知り、幾度となくその気配を感じ取ってきたノーザであるからこそ、その意味することが分かるのだ。


「何が目的か知らないけど……!」


 アイリスの抹殺か、それとも異なる布石か……その先のことはさっぱりわからないは、とにかくノーザはこの状況を魔王の手によるものと位置付けた。原作のゲームにおいても、魔王は復活する前から人の心を操る術を持っていた。

 それが、結果的には戦争へと繋がり、ことの一大事を起こすわけである。ならば、その人心操作の矛先にウェンディーズたちがないとは言い切れない。

 原作ではそのようなシーン、描写は皆無だったがもはや原作のそれとは大きなずれを生じさせたこの世界において、そんな『ありえない』はありえない。


 ならば、ノーザのやることは一つだ。何が何でも生き延びさせてもらう。その為に鍛錬を積んできたわけだから。ウェンディーズには悪いが、ここは恥をかいてもらう。それに、もし彼が何かしらの洗脳操作を受けていた場合、なんとかしてやらないといけない。

 もし、このまま自分がまけて、今のウェンディーズがアイリスを手に入れたら、なんとなく嫌な予感がするのだ。

 だがノーザに洗脳解いてやるような高度な魔法は知らない。なら、今取るべき方法は一つ。物理的にぶん殴って落ち着かせる。


「でぇぇりゃ!」


 そうと決まればノーザの勢いはすさまじい。押し倒された状態のまま、ノーザは剣を手放し、右拳を何度も白亜の機体に叩き込む。


『ごはっ!』


 衝撃をまともに受けたのかウェンディーズの鈍い悲鳴が伝わってきた。悪いが、攻撃の手を緩めるつもりはない。ほんの少しだけ機体を浮かせた白亜のファル=ブレースに対して、ローズピンクのファル=ブレースは相手の装甲の隙間、人間で言えば胸倉をつかむようにして、態勢を逆転させた。


「そら、目ぇ覚ましなさい!」


 二度、三度の拳を叩きつける。それに留まらず、ノーザはウェンディーズの機体の左腕を抱え、放り投げる。変則的な一本背負いであった。巨体が叩きつけられる衝撃はすさまじく、思わずノーザの機体もバランスを失いかけた。


『なんと野蛮な!』

「ハンッ! 組手術って奴よ!」


 当然、ノーザにそんなつもりはない。型も何もあったものじゃない、力任せの無茶苦茶な攻撃だ。それに、むしろ負荷がかかるのは自分の機体だ。だが、それでいいのだ。結局の所、ノーザがこうして有利に立てるのは、そのようなガムシャラな攻撃があるからだ。


 その動きは、人ではなく機体だからこそできる力任せであり、変則的な攻撃だ。そして、元より機械とはそういうものだ。道具とはそういうものだ。例えロボットであろうと、その本質は道具である。人にできないことを行わせる。人の動作をさらに先へと進ませる。その為のものだ。


 ノーザはそれを行っているに過ぎない。生身の素人が先ほどのような行動を取れば、体が潰れるは技をかけた方だ。それでも機械の肉体であれば、多少の負荷で済む。動きに大きな支障は出ない。


「さぁて、ここからが本番よ。立ちなさい、そのつきもの落としてあげるわ」

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