四十八話 決着
ガーデンデュエル最終戦。同じ国の男女が、同じ機体を駆り、コロシアムで激闘を繰り広げる事、二十分。それは、見守る観客たちにとってもとても長く感じられる二十分であった。
流石は最終戦、決勝戦。お互いに熾烈極まる試合を勝ち進んできただけの事はある。繰り出される剣戟一つをとっても、学生レベルとは思えない迫力の鋭さがあり、打ち鳴らされる鋼の斬音は原始の闘争本能を刺激するに十分なものだった。
「やはり、あの女はただもんじゃねーな」
野獣の如き瞳で両者の戦いを見守るのはアルダン。彼は戦士としての血が騒いでいることを自覚した。ビリビリと感じる剣戟の圧に身を委ね、心地よい戦場の空気を感じ取っていた。
「対するウェンディーズ殿も、凄まじい剣気。彼があそこまで力強い剣士であったとは、想像以上ですよ」
美しき羽を持った長身、長髪のエリックもまた涼やかな顔の奥に灯る熱を感じていた。どうやら自分は戦士の気質もあるようだと思うに至るそんな心地よい熱だった。
「認めるしかないだろうな。奴らは強者であることを。フッ、俺もその領域にたどり着かせてもらうさ」
漆黒の王子、エミリオも彼らの強さを称え、認め、観戦していた。
三人は、示し合わせたように控え室にいた。誰が声をかけるわけでもなく、三人はそこに集まり、特等席ともいえる環境で、決勝戦を眺めていた。
「ところで、お二人はどちらが勝つと思います?」
エリックは自分だけ用意した紅茶を嗜みながら、両脇に座る二人へと問うた。
「さてな。強いて言えば、勝つという意気込みに関しては王子サマからはひしひしと感じるぜ。何がなんでも勝たねばならぬ。そういう思いは戦いにおいて重要だ。少なくとも、俺はあの王子サマと戦った時、それを感じたね。ちょいと、ゾッとしたがな」
アルダンは適当に持ってきた菓子を頬張りながら答えた。
「確かにな。剣の腕、それを見れば一目瞭然だ。ウェンディーズがあそこまで剣が得意だったとは思わなかったよ。腕の良い師匠に師事し、それなりに評判であったとは聞くがな」
アルダンの言葉に同意するようにエミリオも頷いた。
二人とも戦士としての視点を持つ者だ。彼らの評価は正しい。エリックもまた彼らの意見に大きく頷いて見せた。
「なるほど、その通りだ。素人である私が見てもわかる。剣術は確かに、ウェンディーズ殿が勝るようだ。しかし、それでいても、まだ決着はついていない」
エリックの試すようなもの言いにアルダンは八重歯を見せて笑った。
「と、すると魔術師サマはお嬢様が勝つと?」
「さて、それはわかりませんね。ですが、彼女はそのつたない剣術であっても、あの場にいる。それは、戦ってみてわかるのではないですか、エミリオ王子」
「フフフ! 俺に聞くか?」
エミリオは視線だけを他の二人に向けた。
「ノーザとかいう女はそうだな。騎士ではないし、戦士ではない。あれを、そうと認めるのは騎士道に対する挑戦であろうな。あの女はそういう類ではない。ならば、何かと言われれば、あの女はガーデンが好きなだけの女だよ。ガーデンを剣としてでも、騎士としてでも見ていない。だが、どこかで冷めた視線もある。ハイメタルガーデンを一つの機械としても捉えている。それが、あの一見非効率的な動きにも表れている。あの女はガーデンを使いつぶす勢いで使っている。だが、それは同時にガーデンの強靭さを信用しているともいえるな」
「ハイメタルガーデンは騎士、戦士の纏う鎧の延長線上……そういう認識が多いはずですが、違うと?」
エミリオの答えに、エリックは関心を抱いたように問い直した。
エミリオはにやりと笑い、答えた。
「元を辿れば、ガーデンとは騎士とは程遠い存在だ。何せ、元は戦車だからな。それに腕が付き、足が付き、剣を持った。その姿を見て、我らの先祖はガーデンを騎士と呼んだ。そして、特権階級であった騎士がその威容を誇る為に着飾り、それが戦果を打ち立てた……思えば、ガーデンとは騎士が乗ったから騎士として見られただけの道具にすぎない。それが、歴史の流れの中で、騎士として崇められただけだ。それを、ノーザは違う視点で見ている。あいつは初めからガーデンを騎士などとは思っていないのだろう。だから、あんな動きもできる。あいつは、ガーデンを騎士として見ていない。人の形をした機械であるとみている。人としての形をしているからこそ、人のような動きを見せ、機械として見ているからこそ、人ではない動きもする……俺たちにはない発想だよ」
「随分と、あの女を買ってるじゃねぇか? 惚れたか?」
アルダンが茶化すように言った。
「まさか。俺の好みからはずれている。俺は派手は装いの女は好きじゃない」
エミリオはそれを軽く流した。
「だが、そうだな。強者としては好ましい姿をしている。あれに倣うのも良いかもしれんな。女としては少し……な。そういうアルダン、貴様はどうなのだ? 聞けば、あの女に抱きついたらしいではないか」
「ハッ! 俺こそ冗談じゃねぇ。あんなおっかない女を嫁にもらった日には恐ろしくていけねぇや。俺はもっと温かい女が良いんだよ」
「全く、あなた方は酷い言い様ですね」
「ならば、宮廷魔導士殿は好みであると?」
「そうだぜ、お前、夜に誘ったって話じゃねぇか。手が速すぎるんだよ」
エミリオとアルダンの追及にエリックはそれこそ、女好きを装うしたたかな笑みを浮かべて、答えた。
「冗談でしょう?」
その答えは真面目そのものだった。
三人は、三人ともがお互いの答えに対して笑った。
「おい、これはジョークか何かか? 誰もノーザの事を好いていないのに、あいつに肩入れしてるぜ?」
などとアルダン。
「フッ、キツイ目をしているし、衣装が派手だ。それに、歯向かえば鞭で叩かれそうだしな」
エミリオは冗談交じりに言う。
「では、改めてお聞きしましょうか。少し、質問を変えますがね」
まとめるようにエリックが紅茶を飲み干し、カップを置く。
「お二人は、どちらに勝ってほしいですか?」
「それは、もちろん。なぁアルダン」
「あぁ、言うまでもない」
エミリオがあるダンに目配せをすれば、アルダンは頷いてエリックへと視線を向ける。
『ノーザ』
二人は揃ってその名を口にした。
その答えにエリックは満足気に、しかし、小さく笑みを浮かべた。
「理由を、お聞きしても?」
「そんなものはない。だが、そうでないとマズイ。そんな気がするだけだ」
そう答えるのはエミリオである。
「女を別の男にとられる悔しさもあるが、それだけじゃなねぇ。俺も、今に思えばここで負けておいてよかったと思うぜ? なんか、な。周りが見えてなかった気がするんだよ。その感覚はあの王子サマからも感じるぜ?」
「……なる程」
二人の答えは真っ当な答えとはいいがたい何ともふわふわとして、つかみどころのないものだった。それでもなお、エリックは納得した。
「ならば、まずは見守りましょうか。この試合の行く末を。その後のことは、その時、考えましょう」
そういって、エリックは新たな紅茶をカップに注ぐ。
(何事も、なければよいのだが……この胸騒ぎは、どうにもな……)
注いだ紅茶の香りが漂う。エリックはカップを持ち、啜りながら、試合の光景を眺めた。
(それに、用心するべきは王子だけではない。我らも含めて、この奇妙な争奪戦に参加したもの全てに警戒をしなければいけないのだからな……)
エリックは内心呟き、無言で立ち上がった。
「ん? どこに行くつもりだ」
エミリオが尋ねる。
「……いえ、少し、気がかりがありましてね。ちょっと、そのことで……大丈夫ですよ。殆ど、個人的な用事ですから。では……」
そういってエリックは控え室を後にする。彼が向かう先、それは格納庫である。今だ修理中の己が愛機、もしかしたらその力が必要になるかもしれない。
そんなことは、単なる考えすぎであってほしいと願うものだが、それでもエリックは慎重を期した。
(昨晩のあの異様な空気……あれは呪いの類だ。なぜあのような強力な呪詛が現れたのか、それはわからない……だが……ならばこそ、ピエラ=ハーモニクスの力が必要になるはずだ)
***
片や国の王子、ウェンディーズの振るう剣は美しく、力強い。それは演武ともいえるし、舞ともいえる。クラスベール剣術とはこれほどまでに美しい太刀筋であったか。一刀に全てを込め、一撃必殺の攻撃を放つ剣術。その剣から放たれる重たく、素早い斬撃は巨大なモンスターの首をも一刀で跳ねると謳われた。王国の騎士の殆どがその剣術を修め、広く普及した誉れある、歴史ある剣術である。
一方、古くは軍事を支え、今なお国境警備にその手腕を振るうアイランディ家のご令嬢、ノーザは一見すれば剣術も型もあったものではない。ノーザの振るう剣は変則的であり、時には剣ではなく拳も振るうし、足も使う。飛び跳ね、組みつき、駆け回る。
剣の決闘ともいえるガーデンデュエルにおいてそのような戦い方はどう見ても、泥臭く、およそ剣士、騎士の誉れにはほど遠い。しかし、そこに見えるはいかなる手段を使ってでも勝つという気概である。
騎士というものに多くの空想を抱く若い学生たちは彼女の戦い方を否定し、美しいウェンディーズを支持するであろう。
それは決して間違いではない。広く普及した型とはつまり、それ程までに成果を上げた型である。事実、巨大な機械騎士であるハイメタルガーデンが扱う場合、力任せの一撃は堅牢な城塞すらも砕き、災害ともいえる巨大モンスターを屠り去るに充分なものだ。
しかし、ノーザの戦い方もまた一つの手段である。もし、この場に、歴戦と呼ばれる騎士がいれば、ノーザの戦い方を見て顔を顰めるであろうが、否定はしないはずだ。
「あれこそ、勝つ戦い方」である述べるはずだ。綺麗とはいいがたい戦い。いや、それ以上に奇怪な動きを見せる。人にはできない動きを難なく繰り出し、変幻自在の戦い方は『化け物』である。人は、腕を三百六十度回転させられない。手首を高速回転させることもできない。急激な方向転換に肉の体は耐えられない。だが、しかし、鋼鉄の機械騎士ならばできる。
機械は痛みを感じない。ならば拳砕けるまで殴り続けても問題はないし、腕を外すなど造作もない。それが、果たして実戦で使えるかどうかと言われれば困るであろうが、このような場であれば何も問題はない。
だからこそ、決着はついた。
お互いに距離を置いたまま、剣を構える。何合も打ち合い、その都度、お互いの技量により決着はつかなかった。ウェンディーズが繰り出す一撃をノーザはいなし、かわし、防ぐ。
しかし、同時に両者は思い至る。埒が明かないと。ならば、無意識のうちに決着を求めるのは当然である。
白亜の機体が疾風のように迫る。八メートル以上の巨大な剣を構え、神速の一撃を振り下ろした。
ローズピンクの機体は無謀にも前進した。神速の一撃、防ぎきれるものではない。それでも恐れることなく進む。
刹那、白亜の騎士の一撃がローズピンクの騎士の左腕を切断して見せた。
誰しもが決着がついたと思った。この勝負、白亜の騎士、ウェンディーズの勝利であると。
「油断大敵!」
だが、そうではない。そうはならない。これは『人』の戦いではない。これは『機械』の戦いだ。機械は腕を一本取られたからと言って、死ぬわけではない。動ける。ローズピンクの騎士は問題なく動ける。
なぜなら、その左腕は自らが切り離したものだからだ。白亜の騎士は切断などしていない。盛大に空振ったのだ。勢いはそのままに振り下ろされた一撃は大地に深々と突き刺さった。容易に抜けるものではない。
対するローズピンクの騎士は隻腕になろうとも、動ける。身軽になり、自由である。右腕に構えた剣は、刃を潰され武器としては使えないが、それでも勢いよく白亜の騎士の胴体、コクピットへと剣先を突きつけていた。
これにて、決着。誰の目にも明らかである。
勝利者はノーザ・アンネリーゼ・アイランディ。
万来の喝さいがコロシアムを包み込んだ。盛大な鐘の音が仰々しく鳴り響く。
「……」
己の機体のコクピットの中で、ノーザはひとまずの息を吐いた。余裕な表情は表面だけ、その実は焦りに焦り、冷や汗を滝のように流している状況だった。左腕のパージとて、それはタイミングが良かっただけだ。少しでもずれていれば、真正面を持っていかれた。
安堵の溜息を洩らしつつ、ノーザは沈黙する白亜のファル=ブレースを見やる。奇妙なぐらい、静かになっている。先ほどまで苛烈な声を上げていたウェンディーズからは一転している様子だ。
コクピットの中にいる為、その表情はわからない。しかしながら、嫌な感覚はどこか続いているように思う。
『アイリスは……私のものだ』
刹那、個人回線を通して、酷く乱れた声が届く。
「……ッ!」
ノーザは思わず周囲を見渡した。回線を通して聞こえているはずの声は、なぜか周囲から響いているように聞こえたからだ。
いまだ外では喝さいの音が轟いている。観客の誰一人として、その乱れた声は聞こえていない様子だった。
『渡せるものか……アイリスは私のものだ!』
「ウェンディーズ……?」
それは、ウェンディーズの声だろうか。通信回線を通して聞こえるとなれば、そのはずだ。
「違う……この声、ウェンディーズじゃないわね!」
だが、ノーザは確信した。これは違うと。
そう認識した瞬間、その声ははっきりとした声音をもってコクピットに響いた。
『アイリスを手に入れるのは、この私だ!』
蠢く闇のような声。呪詛のように唸る低いしゃがれた声。
同時に見えない何かが迫る圧力をノーザは感じた。それは、魔力によるプレッシャーのようにも感じられたが、違う。理由のわからない頭痛と眩暈がノーザを襲う。この感覚は、マズイ。
「う、く……! なに、『私』の中に……!?」
ドロリとした熱いものが体中にまとわりつくそんな嫌な感触がした。
見えないはず、そこにはないはずなのに、ノーザは確かに感じていた。それは、今なお鎮座する白亜のファル=ブレースから漂ってきているようだった。
誰も、その事実に気が付いていない。拍手は鳴り響いていた。
『アイリスは、私のものだ!』
「まさか……魔王!?」
瞬間、バチンと静電気が走ったような衝撃がノーザの全身を打った。
「ったいなぁ!」
鋭い痛み、だがそのおかげであの嫌な感触がなくなっていることにも気が付いた。
だが、それでも頭痛の眩暈は続いている。まだ、奴は近くにいるようだ。
しかし、それも次第に薄れてゆく。奴の気配が薄まっていくのを感じる。
同時に今まで沈黙を保っていた白亜のファル=ブレースが動き出す。ぐらり、立ち眩みをしている人間のようにふらついていた。
そして、ゆっくりとこちらに手を伸ばしてくる。ノーザは身構える。だが、白亜の騎士は、一歩踏み出すと同時に、前のめりに倒れていく。
「おっと……!」
ノーザは倒れてくる機体を支えた。こちらの機体は片腕でも、それぐらいのことはできる。
もう、ウェンディーズからは奇妙な気配は感じなかった。




