四十話 エリックの推測
「ん?」
ガル=ガボスのコクピットからタラップへと飛び乗り、降ったエミリオはその真下で待ち構えていたエリックの姿を認めた。彼は背中を大きくはだけさせた衣装を着ていた。それは有翼人の戦闘衣装の一つであった。
「お疲れ様。良い戦いだったよ」
「フン、労いの言葉はいらん」
微笑を浮かべるエリックに対してエミリオはそっぽを向いて、すぐ横を通り過ぎようとした。エリックもそれを止めずにいた。
「次は勝つさ。俺は負けたままではいない男だからな」
「なんだ。ふてくされているかと思ったがそうでもないようだな」
「当たり前だ。負けは負け、それを潔く認め、次の糧にする。そこで足踏みするなど、負け犬のやることだからな」
エミリオは立ち止まり、しかし振り返ることなく言い放つ。
「そうか」
エリックはどこか満足げな表情で頷いて見せた。
「……ところで、あんたは次の試合じゃないのか? 準備はいいのかよ」
エミリオはふと格納庫を見渡す。視界の端には翼を持った神官型の形状をしたハイメタルガーデンが鎮座していた。ロングスカート状の下半身は稼働率が良くないが、このガーデンは飛行を通常移動とする為にそこまでの機能は考えられていない。
それこそがエリックの駆る機体、ピエラ=ハーモニクスである。完全な魔法型のガーデンであり、並大抵の術者では起動すらままならないと言われる機体であった。
「時間はまだあるからな」
エリックの声はすぐ傍から聞こえた。気が付けば、彼はエミリオのすぐ隣にまで移動していたのだ。
エミリオは大して驚かずに、「ふぅん」とだけ呟く。
「それにしても、驚いたよ。君にしてはずいぶんと素直に謝っていたじゃないか」
「フン、俺も男だ。通すべき筋というのはある」
「アイリス嬢に良い所を見せたかったからではないのか?」
「はぁ?」
突然そんなことを言われて、エミリオは自分でも驚くぐらいに大きな声を出してしまった。何を言っているんだこいつは、とでもいうような顔を向けると、エリックはどこか意地の悪い笑みを浮かべて、横目でこちらを見つめていた。
「なんであの女の名前が出てくる。冗談ではない。キャンキャンと声はうるさいし、すぐに手が出る奴など、論外だ」
「おや、そうなのですか? 私はてっきり……あぁ、そういえば、あなたは暫く謹慎処分でしたね。だとすれば噂も知らないか……」
「噂?」
一人で納得するエリックに対して、エミリオは怪訝な顔を浮かべた。
「本当にご存知出ない様子ですね。私とあなた、そしてウェンディーズ王子、アルダンという獣人の戦士……そしてノーザ嬢。我ら五人の間でひそやかにアイリス嬢の争奪戦が始まっているという話ですよ」
「なんだ、それ……アイリスの争奪戦……だと?」
言われてみて、エミリオはふと思い出す。そういえばアイリスに声をかける前に、あの女は友人と何事かを話していたような気がする。興味がなかったから、ちゃんと聞いてはいなかったが、結婚がどうのという単語が聞こえていた。
「待て、争奪戦……結婚とか、そういう話か?」
「その通り」
エリックは笑みを浮かべて大きく頷いた。
「ご存知ではないか。そう、我ら五人の間で、いつの間にかそんな奇妙な戦いが繰り広げられている。そんな中、君がアイリス嬢に声をかけに行った姿を見るとね、そういう宣言でもしているのかなと思ったのですよ」
「バカな! なんであの女なんぞに手を出さなければいかんのだ」
「いえ、そういう割には何かとアイリス嬢と突っかかることが多いと思いましてね」
「偶然だ。それより、お前……まさかと思うが、お前もアイリスを狙ってるのか?」
「いえ、私はあまり興味は沸きませんね。優勝を狙う……というのもいまいちピンと来ません。こちらとしてはピエラ=ハーモニクスの性能評価が目的ですし……いえ、心の内ではなぜか優勝したい、アイリス嬢に……という感覚はあるにはあるのですがね。ははは! もしや私としたことが初恋、いえ、一目惚れかもしれない」
エリックは自分でもどういう気持ちでそんなことを思ったのかはよくわからない。だから苦笑している。本当にわからないのだ。なぜ、こんなにもアイリスという存在が気になるのか……それが果たして、愛や恋という感情なのかもよくわからない。こんなことは初めてだった。
「お前は何を言ってるんだ? おかしな奴だな」
「えぇ、私もそう思いますよ。失礼なことを言えば、あなたが敗戦してくれてなぜかホッとしている自分もいます。いえ、本当に失礼なことなのですが……」
そしてこの気持ちである。嫉妬という感情は決して悪いことではないとエリックは理解している。しかし、理由のわからない嫉妬程、気持ち悪いものはない。恋とは本能であり、情熱的なものだ。そこにはいかなる方程式も当てはまらないというのはエリックなりの考えだが、それでも、なぜ自分が『アイリスに惹かれている』のかがわからなかった。
「フン、気にはしない」
「そういっていただけるとありがたい……」
「ただまぁ、確かにアイリスとかいう女が何かと気になるのは事実だな」
「えぇ、確かにアイリス嬢は良い女子だと思うのですが……実は、私、あれ以来アイリス嬢とは言葉も交わしていないのです。それでも、なぜだか……気が付けば彼女のことを考えているのですよ」
「やっぱり惚れているんじゃないのか?」
エリックはエミリオの言葉に首を振って応じた。
「わかりません。もしかしたら、本当に一目惚れかもしれませんが……どうにも、ね」
「……歯切れの悪い奴だな。何が言いたい」
「……すみません。ちょっと、自分でも混乱してきました」
エリックはこめかみを抑える。
「失礼、ガーデンデュエルとは別に、ちょっと考えることが多くて……一体、どうしたというのでしょうね、私」
「そんなこと、俺が知るか。お前、本当に大丈夫なのか?」
「えぇ、大丈夫です。支障はありませんよ。とにかく、試合、お疲れ様でした。良い戦いだったという感想は本心ですよ」
エリックはそれだけを言うと、翼をはためかせて、飛翔し、さっさと自分のガーデンへと乗り込んでいく。
エミリオはそれを見送りながら、首を傾げる。
「なんだ、変な奴だな。自分から声をかけておいて」
***
全く持って最近の自分はどうかしている。
エリックはぼんやりとする頭を振りながら、ピエラ=ハーモニクスを起動させた。有翼人たちのガーデンのコクピットは広く、座席が存在しない。それはそもそも彼らに翼があり、背もたれなどがあるせいなのだ。
そのせいで、機動兵器のコクピットなのに立ち姿で操縦しなくてはいけないし、体を固定するのが腰に装着するベルトと器具だけというのだから、バランスが悪かった。
「夢見が悪いというわけじゃないが……」
モニターが稼働し、格納庫の様子を映し出す。既にエミリオの姿はなかった。
エリックはモニターを稼働させたまま出力の最終確認を行う。彼らの機体は魔法を主として扱う為に、そのあたりはデリケートになっていた。
とはいえ、エリックにしてみればなれたものだ。魔力の循環機構も問題ないし、体調も万全、すこぶる調子は良い。
それでも、違和感というべきか、そういった感覚は残っていた。
「アイリス……確かに愛らしい女性ではあるが……」
エリックは、自身を女好きであると認識しているが、それでも手あたり次第に手を付けるわけじゃない。言い訳をするならば、エミリオに話した通り、むこうから寄ってくるわけだし、自分はその対応をしているだけだ。
中には本気で好きになった相手だっているが、気が付けばプレイボーイなどと呼ばれている。
そんな自分が、なんだって特別な接点もないような女性に心動かされているのか、それが少しわからなかった。
思えば、なぜ自分はあの騒動のただ中に飛び込もうと思ったのだろうか。
ウェンディーズとアルダンの衝突、その近くでアイリスが巻き込まれていたから仕方なく手助けしてやろうと思った。それは良い。女性に対して紳士であれというのは当然の考えだ。
だが、どうにもそれ以外の、無意識に働きかける何かが自分にあった。アイリスという少女を見た瞬間に、エリックは何か衝撃的なものを感じた。
それが、いわゆる初恋、一目惚れの何かなのかどうかは今でもわからない。ただ、なんとなく、自分はアイリスに声をかけなければいけないと思い込んだ。そして、あのような行動に出た。
「フフフ、本当に一目惚れなのかな?」
だとすれば面白い話だが、どうにもエリックは自分の感情が『恋』ではないと思う。しかし、自分でもうまくその感情を説明できない。間違いなく、自分はアイリスという少女に関心を抱いている。
そして……なぜだか懐かしいとすら感じる。アイリスと幼い頃にあったことは確実にないと断言できる。エリックは今のいままで、自分の国から出たことはない。
宮廷魔導士に選ばれてからは諸外国の重臣たちと会うこともあったが、聞けばアイリスはこの学園に来るまでは平民だったとか。だとすればまず接点はない。
「ふむ……少女に、四人の騎士か……」
ふいにエリックは幼い頃から読んでいた物語を思い出す。
「まるで、聖光女伝説みたいだな……」
古い、古い御伽噺。作者不明、制作時期も不明、しかしこの世界の子どもなら一度は耳にするであろう物語。聖なる少女とそれを守る四人の騎士、そして世界を滅ぼす魔王との壮烈な戦い……子ども心にあの物語にはわくわくした。
今でも、時折読み返すことがある。なぜ、そんなことを思ったのかは定かではないが、そのように感じた。
「だが、そうするとノーザ嬢は何なのだろうな」
同時にエリックは引っ掛かる何かも感じていた。
それはノーザという少女を始めてみた時だ。ノーザ・アンネリーゼ・アイランディという少女は、風変りな少女だ。感じられる気品の気高さ、妖艶さはまさしく貴族の娘なのだが、時折庶民的な空気も感じるし、その見た目からは想像もできないが、ハイメタルガーデンをこよなく愛する。
ノーザという少女は一言では説明ができない不思議な少女だった。彼女からは妙な気配を感じる。それは悪しきものではないにせよ、違和感として感じるものだった。
「アルダンは奇妙な匂いがすると言っていたな……それにエミリオも……」
ノーザの存在に対して、奇妙な感想を抱いたのは自分だけではない。この二人も表現は様々だが似たようなニュアンスの言葉を言っていた。
でも、それが何なのかははっきりとはわからない。
「彼女と直接戦ったエミリオであればなにかわかるかと思ったが……やはり、直接、私が対峙しなければいかんか?」
わからない。わからないからこそ、興味が湧く。
この奇妙な感覚。それがわかった時、果たして自分はどんな顔をするのだろうか。
そもそも、なぜ自分は、それを奇妙だと思うのか。
それすらもわからないまま、エリックはコロシアムへと向かう。
会場には既に自分の対戦相手がいた。
ダークグリーンのストーレン。確か、乗っているのはグレイシオとかいう上級生だったはずだ。あの旧式でここまで勝ち残った手練れだ。
「そういえば、あの人はノーザ嬢とよく一緒にいる人だったな……会って、放してみたいものだな」




