四十一話 勝ち残るものたち
「なんだと……!」
エリックはうめき声を上げた。立ち姿で操縦する関係で、ピエラ=ハーモニクスのコクピットは非常にバランスが悪い。一応、腰を支える固定式のアームとベルトがあるのだが、それだって体があちこちに跳ねとんだりしないようにする程度で、衝撃を相殺してくれるわけではなかった。
若き宮廷魔導士がアッと息をのむと同時にダークグリーンの巨体が弾丸のように迫ってきた。ストーレンである。既に機体の表面は煤で焼け焦げ、四つあるカメラアイも全て潰れていた。それでも魔術的なサブモニターが生きている為に少なくとも胴体前面の方角は見えている。
『ストーレンの突撃力は侮れないぞ!』
そう叫ぶのはグレイシオであった。既に息も絶え絶え、体力も底をつきかけているのにも関わらず、彼の勢いは死んでいなかった。飛び散る大粒の汗がコクピットにへばりつく。
彼の機体は既に魔法攻撃によって大破寸前であった。それでもなお動けるのはストーレンの単純な耐久性能おかげだ。フレーム一本、動力パイプ一本あれば一応動ける。ハイエンドな機体でないことが今は功を奏していたのだ。
だが、もはやこの機体に相手を撃滅するだけの力はない。しかし、グレイシオという男はいかにもな猪突猛進であり、あきらめの悪い男でもある。
「ぬ、お!」
グレイシオの勢いに飲まれるようにピエラ=ハーモニクスはその弾丸の如き体当たりの直撃を受けることになる。ピエラ=ハーモニクスは本来、浮遊、飛行を得意とする機体だが、既に右片方の飛行ユニット兼バランサーの翼が破壊されていた。
こうなると途端に飛行能力が減衰し、地上戦を余儀なくなされるのである。
(騎士と術者の違いか……!)
少なくとも、序盤においてピエラ=ハーモニクスの有利性は明らかだった。そもそも相手が旧式も旧式、しかも飛び道具を持たず、機動性もないに等しい機体。それに対してこちらは魔法攻撃を可能とし、飛行ができるという絶対的なアドバンテージがあった。
魔法使いが魔法を主体に戦って、よもや卑怯とは言うまい。エリックの外にも二名の有翼人選手がいたが、彼らもまたそのように戦っていた。
だが、一人は獣に翻弄され、沈み、もう一人は初戦でエミリオとぶつかり、その特性を生かせぬまま消えた。運が悪かったといか言い様がない。
その運の悪さがどうやら自分にも巡ってきたようだ。しかも、旧式相手にである。
(よもや剣を投げ捨ててくるとは!)
エリック自身が油断をしていたことも事実であろう。魔法攻撃で圧倒的に立ち回りながらも、彼は爆炎の中から飛び出す鋼の剣を避けることができなかった。
その一撃はエリックにしてみても、全くの想定外であったからだ。とはいえ、飛行が出来なくなるだけで、こちらの優位性に変化はない。距離を取り、魔法による遠距離攻撃で仕留めればよいだけだった。
だが、エリックはグレイシオという猪騎士の突撃力を甘く見ていた。それは、エリックがグレイシオという男を見下していたわけではない。単純に、機体性能だけを勘定に入れていただけなのだ。
まさか、勝敗が決まっている戦いでなお噛みついて来るとは思っても見なかった。
それが、今の状況を生み出していた。ストーレンはピエラ=ハーモニクスに馬乗りとなるが、既に相手を抑えつけるだけのパワーは残されていない。重量のみで嫌がらせをするぐらいだ。
対して、ピエラ=ハーモニクスは飛行能力を失っただけで、魔法攻撃の手段は何ら衰えていない。流石に至近距離で威力のある魔法を扱うと、こちらにもダメージがでる。故に、エリックは衝撃波を飛ばすだけにとどめた。本来なら、突風を起こす程度であり、ガーデンの重量を浮かばせることはできないが、エリックであれば、容易な事だった。
「むっ!」
だが、魔法を発動させる直前、機体に衝撃が走る。ダメージの確認。エリックはぎょっとした。右腕の反応が途絶しているのだ。
「剣!?」
モニターの向う側、馬乗りになるストーレンを見る。相手は放り投げたはずの剣を握りしめていた。その剣は、模擬戦用の強度の低いものだ。既にひび割れ、欠けている。だが、構わず、振り下ろしていた。その一撃がピエラ=ハーモニクスの右肩の付け根に食い込み、操縦系統を司る回路、パイプを切断していた。
腕の一本を破壊したストーレンの剣はその時点で折れ、使い物にならなくなっていた。それでも、ストーレンは攻撃の手を緩めない。折れた刃をつかみ取り、それをピエラ=ハーモニクスの首下へとねじ込む。
バチバチと紫電が走る。ゴーグルセンサー状のピエラ=ハーモニクスのカメラが点滅を繰り返し、その異常はコクピットにまで伝わっていた。モニターがシャットアウトする。エリックはすぐさま魔力をまわし、サブモニターを起動させる。
「おぉ!」
同時にエリックは残った左腕を振るっていた。片腕でも魔法は使える。出力の低下は否めないが、構わない。エリックは左腕でストーレンを払うようにして、突風を巻き起こす。それ煽られるように、ストーレンは吹き飛び、仰向けに倒れこむ。それでも、剣は手放さない。
「う、く! 剣の落下場所に追い込まれていたのか……」
頭を振り、機体を立て直す。
エリックはグレイシオの認識を改める必要があった。彼は猪ではない。恐るべき事に、あの騎士は放り投げた剣の落下位置を把握した上で、体当たりをしかけてきたのだ。
そ狙っての事なのか、偶然なのか、それを考察する暇はない。一つ確実なのは、こちらが再び手傷を負ったということだ。
「破損のせいで、出力が上がらないか。動力系統に再考の余地ありか……それにしても……」
バチバチと機体の外周が火花を吹きだす。それでも起動を停止するわけにはいかない。ストーレンの状況次第では、この状態でも動かないといけない。
警戒し、待ち構えていると、仰向けになったストーレンは折れた剣を放り投げ、大の字を晒した。
『うむ、負けた負けた! もうこちらは立てぬわ!』
潔い敗北宣言であった。どう考えてもグレイシオという男はまだ元気で動けそうだったが、機体はそうでもないらしい。
勝敗を告げる鐘の音が鳴り響く。だが、エリックは苦笑していた。
「よくも言ってくれる……」
同時に、ピエラ=ハーモニクスの全機能が停止する。試合には勝った。だが、この勝負は、どう考えても、引き分け……いや、こちらの負けだ。
***
破損したピエラ=ハーモニクスとストーレンはすぐさま格納庫に運ばれ、修復作業が始まった。
二体の巨人の前ではエリックとグレイシオが向かい合っていた。
騎士と魔導師。
互いに立場は違えど、共に対峙し戦った相手であることに変わりはない。エリックは王宮に勤めていた男だし、グレイシオは三年であり、家の後継ぎ。そんな両者は戦いが終われば、このようにして互いの健闘をほめたたえ、握手だってして見せる。
「お見事です。私も鼻っ柱をへし折られましたよ」
エリックは微笑を称えながら、グレイシオの堀の深い顔とカッと見開いた大きな目を見て言った。完勝するつもりが、引き分けにまで追い込まれた。自分のふがいなさもさることながら、グレイシオの気迫は見事であった。
「いや、なに。俺も魔法というものの恐ろしさを再認識した。学園では、授業以外では使わせてもらえんからな。こうして、受けてみることで、力のありようがわかるというものだ」
対するグレイシオもまた若き魔導師を良い目で見ていた。
「しかし、ハハハ! お互い、やりすぎてしまったなぁ」
グレイシオは半壊したお互いの機体を見上げて、大きく口を開けて笑った。
「えぇ、全くです。もう少し、手加減してくださってもよかったのですよ?」
「そうはいかん。例え親善試合だとしても全力で当たらねばな。それに、俺のガーデンはストーレンだ。無茶もして見せなければ勝ち上がれんよ。それに、ストーレンでも戦い様はあると、ノーザ嬢が教えてくれたからな」
「ほう? ノーザ嬢が……」
言われてみれば、先ほどのグレイシオの戦い方はどこかノーザの動きを彷彿とさせた。最後まで剣にこだわっている部分はグレイシオなりの誇りというか意地なのだろう。
「うむ。いくらか、参考にさせてもらった。まぁあ奴ほど、奇怪な動きは出来ないがな」
「えぇ、彼女の操縦は、ガーデンを騎士とは思っていないような動きでした。似たような意味では獣人族の四足歩行型のガーデンも騎士とは呼べませんが、あちらは野生の動き……ですが、ノーザ嬢はまた違う……」
「ま、あいつはよくわからん奴だからな。うむ、美人なのだがなぁ……たまにどたどたと大股で走ったりすることがあるでな。うーむ、見た目は好みなのだがなぁ……中身がなぁ」
「おや、てっきりお付き合いなさっているのかと」
「冗談じゃない。俺はもっとお淑やかな娘が好きだ」
その言葉は本心のようにも聞こえた。
「だがまぁ、人間として付き合う分には愉快だなと思うよ。そうだな、共に肩を並べて戦列を組むというのであれば、良い相手だろう」
グレイシオはそれを最後に、再びエリックに握手を求めてから、その場を去っていく。エリックは肩幅の広いグレイシオを見送りながら、彼と同じく半壊したガーデンを見上げた。
修理の時間を考えると、どうにも自分は次に試合には出れそうにもない。本来ならば、この戦いに勝利したものが、件のノーザとの戦いになる予定だったのだが、お互いに機体が動かせない以上、彼女の不戦勝だ。
「と、すれば、彼女の相手はウェンデーズ殿か、それともアルダンか……」
この次の試合。レクーツァ王国の王子と獣の戦士の戦いの後、そのどちらかがノーザと激突する形となる。
「だが、これは時間が取れたと思うべきかな?」
試合ともなると、そちらに意識を向けなければいけないが、そうでないならゆっくりと話せる時間が取れるかもしれない。
エリック個人としてはノーザに関心がある。それはきっぱり、はっきりと恋であるとかそういうものではないと断言できるのだが、なんとなく気になるのだ。
ノーザから感じる違和感。それを確かめるにはちょうど良い。
エリックはそう思いながら、自身も格納庫を後にする。




