三十九話 剣舞
「機体が軽い! へし折るつもりだったんだけどなぁ!」
態勢を立て直すガル=ガボスをモニターに捉えながら、ノーザはわずかに興奮した気持ちを抑えるように大きく息を吸った。
試合開始の合図が鳴る前の奇襲。それは前々から考えていたちょっとした仕返しだった。ノーザとしてはそれで今までのことをチャラにするつもりだったのだ。
そしてあわよくばこの一撃で一発KOを狙ったのだが、そううまくはいかないようだ。
『やってくれるなぁ!』
ぶわんとガル=ガボスの機体が浮遊し、迫る。ノーザのファル=ブレースは剣を構え、それを真正面から受け止める。二つの鋼の剣が刃を交え、火花を散らす。衝突の衝撃が小さな真空波を生み出し、ビリビリと観客席を覆う結界を震わせる。
浮遊するガル=ガボスはその出力の全てを推力に回し、力づくでファル=ブレースを抑え込もうとしており、対するファル=ブレースはかかとで地面を抉りながら、数メートル程後退していた。
純粋なパワーはガル=ガボスが勝るようだった。
「これでお互い様、諸々は水に流しましょうか?」
『お前がそういうのであれば、俺は構わん。だが……!』
エミリオの気迫に応えるようにガル=ガボスの赤い異形の三つ目が激しく光る。それと同時にキィーンというガル=ガボスの各部に備え付けられた推進装置の独特な出力音が強まった。
『謝罪する。此度の件は我の身勝手な行動、それに付き合わせてしまった事にだ』
その言葉はスピーカーを入れていた為か、機体から拡散していた。
『しかし、いかなる謝罪の言葉を申し上げた所で、誠意がないと思われるのが我が身の不徳。いやしかし、この身は未熟なれど騎士のつもり。そしてそなたもまた騎士であり、騎士を目指すというのであれば、刃交え、打ち合う事で、我が身の証明となそう!』
エミリオの言葉に乗るようにガル=ガボスがさらに出力を上げ、押し込むようにして剣をねじ込ませる。ファル=ブレースは未だ膝を着いていないが、態勢はあと一歩のところで崩れ去るであろう。
そんな中で、ノーザはエミリオの言葉を聞きながら、苦笑していた。
「驚いたわね、エミリオという男がこうも素直に謝るなんて」
ゲームにおけるエミリオは少なくとも序盤は誰からの評価も気にしない男だったのだが……こうやって不器用ながらも他人に寄り添うような姿を見せるのはアイリスとのふれあいの後だ。
彼のこの変わりように、ノーザはアイリスの働きかけがあったのではないかと推測したが、今はそれを深く考えている場合ではなく、すぐさま思考を切り替え、エミリオの剣戟に応じる。
「フッ!」
ノーザは機体のバランスをあえて崩し、仰向けになるようにした。ともすれば、勢いを乗せていたガル=ガボスは支えとなっていたファル=ブレースを失い、更には自分のタイミングでの押し倒しではない為に、エミリオは衝撃と共に操縦の判断を遅らせてしまう。
一方のノーザは機体がもつれ合うことなど重々承知の上で、右足を蹴り上げ、ガル=ガボスの胴体めがけて打ち込む。ファル=ブレースの右足はガル=ガボスの腰部分へと命中し、勢いの流れに乗ってそのまま蹴り飛ばす形となる。
『うおっ!』
なまじ浮遊していたガル=ガボスはその勢いをもろに受けてしまう。
『その奇怪な動きがぁ!』
だが、エミリオもまた優秀だと自負する男だった。吹き飛ばされたのは一瞬、すぐさま浮遊機能を応用し、空中で体勢を立て直す。
ぐるんと空中で回転し、ノーザのファル=ブレースをモニターに捉えると、返す刀で切りかかる。
「こっちは機械に乗ってんの!」
仰向けになっていたファル=ブレースを急ぎ立たせたノーザだったが、振り向く暇はなかった。しかし、ファル=ブレースのモニターには後方から迫るガル=ガボスを捉えている。振り向いて、剣を構えてなどという悠長な時間はないことなど初めからわかったいたノーザは剣を持った右腕を振り上げ、そのまま背後まで回す。
ガーンッ! と後ろ向きのまま振り下ろされた剣がガル=ガボスの怪剣とぶつかり合う。それと同時にファル=ブレースは機体を跳躍させ、後ろ向きに振った右腕を軸にするようにして、空中に翻り、ガル=ガボスの上空を取る。
『読んでたよ!』
エミリオは慌てる様子もなく、ファル=ブレースの下に潜り込む形となったガル=ガボスをくるんと回転させ、真上を捉える。先ほどの動きは、ノーザとの戦いで見た動きだ。いくら奇抜な動きとはいえ、一度見れば応用を含めて対処など考えつく。
奇策も一度使えば常策となるのだから。
『人間らしくないバッタのような動きでも、二度目は通用しない! うおっ!』
エミリオは振り向きざま、仰向けの態勢のままに上昇を仕掛け、空中で無防備をさらすであろうファル=ブレースの隙を突こうとした。
だが、彼の予測はそこで外れた。エミリオがコクピットのモニターに捉えたのはファル=ブレースの足の裏だった。それを認識した瞬間には猛烈な衝撃がエミリオを襲う。
『足癖の悪い女! やはりバッタではないか!』
こう何度も蹴飛ばされてはそういう罵倒も出るものだった。
「バッタじゃないわよ!」
ファル=ブレースはガル=ガボスを踏み出しにしながら、後方へと下がる。
エミリオの罵声を受け流しながらもノーザは確かにと彼の言葉にうなずく自分を認識していた。
ノーザのファル=ブレースは跳躍と同時に背後へと回していた右腕はそのまま、それを軸にするようにして回転した為に空中でうつ伏せの状態となっていた。当然、その動きは人間では不可能だが、機械であれば可能な動きである。
とはいえ、関節稼働部分にかかる負担は大きい。それでも、ノーザは行った。相手は、それをやるだけの強敵だ。
同時にノーザはガル=ガボスが素早い反撃に出ることも理解していた。
「カタログスペックは信用する方なのよ、私!」
ガル=ガボスは現状では最強の機体だ。数倍の性能を誇る相手に付け入る隙はとにかく機動性と運動性であり、エミリオがまだガル=ガボスを完全に使いこなしていないことを祈るしかなかった。
『跳んでも、飛べまい!』
だが、その考えは早々に捨てるべきかもしれないとノーザは判断する。ガル=ガボスの態勢の立て直しが軽やかだった。だとすれば、エミリオはガル=ガボスを使いこなしていると思うしかない。
蹴り飛ばされ、尻餅をつくガル=ガボスは、しかし再び浮遊を開始、飛び跳ねるようにして迫る。
「でも、挙動が大げさ!」
ガル=ガボスは浮遊を力場を発生させ、浮遊することで空中での姿勢制御及び飛行を可能とする機体だが、その力場を発生させる際に一度機体が揺れる。振れ幅数センチであっても巨体が行う動作である。数よりは多く見える。
つまるところ、不可思議な挙動をするということは飛ぶという合図でもある。言ってしまえば、その挙動は技術的な限界、粗の部分に近いものだった。
「それ!」
ノーザは着地の寸前、ガル=ガボスめがけて剣を放り投げる。
『通じない!』
しかしその直線的な攻撃は容易く払われた。グルグルと弧を描き、鋼の剣は両機の右方向へと吹き飛ばされ、地面に突き刺さる。
「フッ!」
着地と同時に息を吐き、ノーザは機体を前進させる。急激な加速にかかるGが顔面を打つようにして感じられたが、パイロット保護を兼ねる極薄の魔力障壁のおかげでちょっと痛い程度で抑えられる。
『剣は間に合わない!』
エミリオの判断は、ノーザが武器を取り戻すべく動くものだと思っていた。それはそうである。戦いの場において武器は必要不可欠。ましてや剣とは騎士の誇りであり、最後の武器だ。
それはエミリオだけではない。騎士を目指すものであれば、必ず学び、言い聞かされてきた言葉である。
「そうかしら?」
だが、ノーザは騎士を目指しても、騎士ではない。ましてやその思考は中世的、封建的な世界に生きる者たちはひとつもふたつもずれている。
ゆえに、ノーザの取った行動は、またもエミリオにしてみれば常識はずれのものだった。
ノーザのファル=ブレースは剣など取らず、ただまっすぐにガル=ガボスへと駆け出し、そして、両足を突き出すようにして飛び込む。
『がふっ!』
ファル=ブレースの両足による蹴りが再びガル=ガボスの胴体を激しく揺さぶる。まさしくそれは、ドロップキックによるカウンターであった。
キックの衝撃により、ファル=ブレースもまたわずかに弾かれるのだが、ノーザはその合間にも機体を捻り、うつ伏せの状態を取り、受け身を取る。
「ロボットの手足はそれだけで武器になるのよ!」
受け身の姿勢から素早く態勢を立て直したファル=ブレースは、そこでやっと放り投げた剣を取る。引き抜かれた剣を構え、駆け出す。
ガル=ガボスは仰向けのまま、痙攣をするように機体を蠢かせていた。三つ目が弱弱しい光を放っている。幾多の衝撃により、一時的なパワーダウンを起こしたのだろう。
これならば反撃は来ない。ならば、迅速に動く。ノーザは今までにない集中力で、状況を捉えていた。
『この、やはり足癖が悪いではないか……! 耳鳴りがする!』
エミリオは衝撃によって生じた耳鳴りを抑えるように、右の耳を覆った。何度も何度もコクピット近くの装甲を蹴飛ばされれば音が反響して、こうもなる。しかもそれがエミリオ自身も気が付かないままに隙となっていた。
エミリオにしてみれば、一瞬の感覚でも、ノーザからすればたっぷりと三秒の時間があった。機動戦において一秒とは大きな差となる。それが三秒ともなれば致命的だった。
エミリオの思考が完全に復活した時、彼の視界に映ったのは鈍い光を放つ剣の切っ先、そしてこちらを見下ろすローズピンクのファル=ブレースの姿だった。
『……フン』
すべてを悟ったエミリオはガル=ガボスの機能を停止させた。起き上がろうとしていたガル=ガボスは、その姿勢のまま硬直し、フッと赤い瞳の光を消失させる。
『やはり、俺が思った通りか……この女、でたらめだが……底が知れない』
「オホホ! 当然、ワタクシ、騎士団長を目指していますから」
しかしスピーカーだけはオンのままだった。
わぁっと湧き上がる歓声、しかし両者の間には未だ会話が続いていた。
『騎士団長? 冗談じゃない。足癖の悪い女が騎士団長など、考えたくもない』
その言葉は侮蔑ではない。言葉の節に苦笑を混ぜながらエミリオが呟く。
ノーザもまたそんな彼の意図を理解しており、微笑を浮かべながら返答する。
「褒め言葉、ということで解釈しておきますわ」
勝敗は決した。
誰の目から見ても、その試合の勝者はノーザであった。
ノーザは通信もスピーカーも遮断しながら、大きく深呼吸をすると、うなだれるようにして座席に沈む。外界とは完全にシャットダウンされた空間の中で、ノーザは『私』となっていた。
「……疲れたぁ」
それは本当に、心の底からの呟きだった。




