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三十八話 ローズピンクは鮮やかに舞う

「……これは?」


 次の試合まで、まだ時間があったにも関わらずノーザは格納庫にいた。自分のファル=ブレースの整備は完璧だった。例の如く関節部分の摩耗についてネチネチと嫌味を言われたが、流石は最新型、ストーレン程ではなかった。

 ならば、なぜ呼び出されたのか。不思議に思いながらも格納庫へとたどり着くと、ペンキの匂いが充満していた。


 鼻をつくその匂いに顔を顰めながら奥へと進むと、どぎつい色が目に入った。ローズピンク、なのだろう。ピンクにしては濃く、赤にしては薄く、紫にしては鮮やかな色合いのそれは、巨大な騎士の全身を覆っていた。

 灰色だったはずの自身のファル=ブレースが一変していたのである。


「いえ、未塗装の灰色というのも味気ないと思いまして。確かの二号機は実験データの取得用でしたので、こうした見た目ですが、今は御身の機体。素のままというのもどうかなと」


 そういう技師長の頬にはローズピンクのペンキが跳ねていた。フッと小さな笑みを浮かべているあたり、どう考えても主犯はこの男だろう。


「以前のストーレンのように青色というのも良かったのですが、お嬢様はローズピンクのドレスを着ていたと耳にいれましてね。バラの色は高貴なる色、ならばと思ったのですが……ダメならば、すぐにでも戻しますが?」


 いわく専用の魔法を使えば簡単に色を剥離させることができるらしい。

 というより、本来、貴族の所有物をこのように行うのはお叱りを受けても当然であった。しかし、今回のこれは悪戯目的でないことはノーザも理解していた。

 それに、以前から色をどうにかしたいとも打ち明けていた。


「いえ、良いんですけど……どうして今なのです? もっと後でもよかったのに」


 この期間は忙しいはずなのに。


「色を塗るぐらいは簡単ですよ。本来ならもっときちんと仕上げたいのですが……流石にそれは間に合いませんでした」

「そう……なんだか気を使わせてしまったかしら? ワタクシ、前々から色を変えたいと言ってましたものね?」

「この程度は息抜きです。それに、大会が終わりに近づくと整備する機体も減ってきて、手持無沙汰な連中も増えるのです」


 その言葉にノーザはなるほどとうなずいた。気が付けばガーデンデュエルも佳境である。攻略キャラである四名は残っているし、少し驚きなのはグレイシオもまだ残っていたのだ。

 そして、ノーザの次の試合はどういうわけかエミリオであった。


「それに次の相手は色々と因縁もおありでしょう? そんな戦いに不格好な出で立ちではと思いまして」

「なるほど。確かに、メインのパーティーでドレスなしは恥ずかしいものね?」

「そういうことです」


 ならばこの粋な計らいには感謝するべきだろう。

 しかし、ノーザはエミリオに対してそこまで遺恨を残していない。確かにストーレンを大破させられたことにイラついたり、折角の勝利に水を刺されたことに関する苛立ちはあるが、思いもしていなかったファル=ブレースの二号機が手に入ったことだし、それである程度帳消しにしたつもりだったのだ。

 まさか自分の預かり知らぬところで未だ騒動の種がくすぶっていることなど、ノーザは考えてもいなかったのだ。


「でも、少し派手過ぎないかしら? これで負けてしまったら恥ずかしいわ」

「負けるつもりはさらさらないでしょうに……」

「もちろんよ」

「技師として肩入れするつもりではありませんが、健闘を祈っていますよ」

「ありがと。ワタクシも、あなたたちが不正をするとは思っていないわ」


 ノーザはもう一度、鮮やかな姿になったファル=ブレースを見上げた。灰色だった頃は無骨で、まさに機械といった印象を受けるが、色合いが変わるだけでもかなり印象が違う。元の躯体が細く、そこにローズピンクというどこか女性らしい色のせいなのだろうか、今のファル=ブレースは女体のようにも見えなくはない。

 

 ウェンディーズのファル=ブレースは白亜であると同時に王家の意匠を出す為に装飾が施されている為に男のようにも見えたが、それを思うとこの機体は同じのはずが正反対にも見えた。

 

「でも、何か足りないのよねぇ……」


 しかしノーザはこうなのである。現時点で国が誇る最新鋭を頂いておきながらこの感想なのである。ファル=ブレースは良い機体だ。それはノーザとて理解しているが、やはり彼女にしてみれば軽かった。

 いかなる兵器においても機動性というのは重要な要素となる。そんなことはノーザも多少理解はしていた。前世で飽きることなく見てきたロボットアニメでもそのようなことを語る作品は多かった。

 それでもとノーザは思う。どうやら自分は、その手の機体とは合わないらしいと。


(……フルアーマー……)


 しかしファル=ブレースを返すというのももったいなかった。

 だが同時に、細かな見た目が違っても誰かと同型の機体というのもまた面白くないものだ。どうせなら独自の専用機が欲しくもなる。


(そうよ、足りないなら、足せばいいじゃない)


 ならば作るしかない。だが、ノーザに機械工学技術、ましてはロボット工学の知識などない。だからアイリスに接触したのだ。彼女はいずれ、四人の機体を改造する。ならばこそ、このファル=ブレースとて改造を施してくれるかもしれない。


(でも、流石に今からは無理ね。でも、時間はまだあるわ)


 それは、のちの楽しみとして取っておくべきだろう。

 それに、機体を強化するのは何も楽しみだけではない。生き残る為に必要な手段、それだけは間違いではないのだから。


***


 エミリオは久々に気持ちが高ぶっていた。今まで大した相手と戦ってこなかったからつまらなかった。他国のガーデンがいかな相手なのかと期待もしたが、所詮は量産型の試作機、買いかぶりすぎであった。

 それは自国の機体であってもそうだ。ガル=ガボスを元に、簡易量産型として設計されたゲンガバルという機体は早々に敗北してしまった。

 性能自体は十二分すぎるはずだったのに、パイロットがそれを使いこなせないでいたからだ。何が優秀な騎士候補生だと吐き捨てたくもあったが、それは自分も同じだ。


 いや、ある意味では自分が一番情けないかもしれない。ガル=ガボスという最高の機体を得ながらも、骨とう品のはずの機体に追い込まれていたのだから。

 しかし、その乗り手は違う。骨とう品をまるで最新鋭のように扱うあの動きはただものではない。

 ノーザとかいう女は強いのだと改めて認識する。噂には聞いていた。幼くしてドラゴンを倒して見せた少女だと。ならば、強者なのだろう。


 だがそれは言い訳だ。ヴァングラジオンは才能主義だ。結果主義だ。それが出せないのならば価値がない。そういう場所だ。それで国が豊かになっているのだし、なるほど確かに合理的なのだろう。

 だがその合理的すぎる国柄によって母は死んだし、自分は引き上げられた。認めたくはないし、皮肉に対して怒りもしたが、今はそれに甘んじるしかなかった。


 何をするにしたって結果が伴わなければいけないのは当然なのだ。だから、こんな大会で躓くわけにもいかないのだ。


「しかし……それとは別に昂るこの感情……悪い気はしないが」


 結果を出さなければいけないという気持ちも当然だが、それ以上にエミリオを振るいたたせているのはノーザとの再戦という事実だった。リベンジマッチといってもいいが、エミリオはとにかくノーザと再び剣を交えることができてうれしかった。

 アイリスに語った謝罪の件も嘘ではないが、それを差し引いてもエミリオは強者との戦いに高揚していた。


「なるほど……認めるべきかもしれないな。俺はあの男の息子だ……強者を見れば、それを叩き潰したくなる」


 父と認めたくはないが、ヴァングラジオン国王は常々そう語っていた。強者たらんとすれば、実力でもって強者を討てと。

 その言葉がエミリオには痛いぐらいに理解できる。

 ならばその感覚に身をゆだねるのも悪くはない。


「そんなことを言えば、またアイリスにぶたれるか?」


 なんで急にアイリスのことを思ったのかはわからないが、エミリオは無意識に頬を撫でた。思えば叱られたのも、叩かれたのも初めてだ。色々と納得は出来ないが、そう思うと自分は父や母からはそういったものは受けてこなかった。

 父は末端であり、捨てた女の子どもという自分を拾い上げ、才能のみで次の王にしてやると言ってきたが、それだけだった。確かに優秀な家庭教師もつけてはくれたが、それぐらいだろう。

 母は生前からずっと自分に謝ってばかりだった。なんで謝られるのかはわからなかったが、物心つけば、自分に才能がなかった為に捨てられたことに対する自責の念だとすぐに分かった。


「フン、まぁいい」


 それでもと、エミリオは頭を振って、格納庫の通路からコロシアムへと現れる。歓声と共にブーイングが聞こえてくるのはまぁ仕方がない。こちらの悪名は届いているわけだし。

 エミリオはそんな雑音をシャットアウトするように、深く息を吐いた。ガル=ガボスの調整は万全だ。自分のコンディションも当然ばっちりである。

 あとは対戦相手であるノーザを待つだけだ。


「……む?」


 フッと機体の頭上に影がかかったように感じた。エミリオは無意識に歪な剣を構え、防御の態勢を取った。その一連の動きをなぜ取ったのかは自分でもわからないが、そうしなければいけないと思ったのだ。

 刹那、鋼の剣同士が激しくぶつかり合う轟音がコロシアムに響き、衝突の衝撃がビリビリと観客席を覆う結界を震わせる。


「オォ!?」


 コクピットの前面モニター一杯に映り込む鮮やかなローズピンクの色、見知らぬ色の機体が剣を振り下ろしながら、頭上から降ってきたのだ。それは奇襲だ。しかもどこか身に覚えのある方法……それを理解した瞬間、エミリオは衝撃を受け、一瞬だけ意識を失いそうになった。

 ガル=ガボスの鳩尾を思い切り蹴飛ばされたようだ。それによってお互いの機体に間合いが生じる。ガル=ガボスの剣を地面に突き立て、支えにしながら、エミリオはそのローズピンクの機体を睨み、そして笑みを浮かべた。


「フッ……やってくれる……仕返しのつもりか!」


 色のせいで判別が出来なかったが、全体を見ればその機体が何なのかすぐに分かった。

 ファル=ブレース。仰々しい装飾がない所を見れば、それがノーザの機体であることはわかる。何のつもりか、色を変えてきた。

 すべてを認識した刹那、試合開始の鐘の音が鳴る。

 エミリオはもう一度笑みを浮かべた。


「やはり……この国の連中は面白い……!」


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