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三十七話 混迷のルート

 十五メートルの巨大な炎の壁を易々と切り裂き、赤色の獣は咆哮した。いかな肉食動物を模したのか、それこそ野獣という概念そのものを形にすればそのような形となるのか、鋭い牙、獰猛に光る赤い目、三つのかぎ爪を備え付けた四つの足、一振りすれば敵を切り裂く鋭い刃の尾。

 それこそが野生の少年、アルダンが駆るハイメタルガーデン。ラウ=ルフであった。


「その首取ったぁ!」


 まさに本能から発せられる雄叫び。原始的な闘争本能を活発の解放させたアルダンは、対戦相手である羽根つきの呪術型ハイメタルガーデンの頭部を噛みちぎっていた。

 その相手は有翼人たちのハイメタルガーデン、フレーグスであった。宝玉を携えたスタッブを片手に、飛翔補助用の両翼による浮遊を可能として、さらには魔法の使用を前提としたガーデンである。


 魔力の増幅機関を持つフレーグスは搭乗者の魔力を直に発露させることが出来た。それは他のガーデンのように機体起動の補助に留まらずに、先ほどのように攻撃へと転換できる。

 しかし、その分、搭乗者の魔力消費が激しく、また稼働時間が極端に短いという欠点もあったが、それを補うべく多彩な魔法を駆使することが出来た。


 だが、そんな巨大な機械魔法使いも、機械の獣に翻弄され、沈んでいった。

 アルダンのラウ=ルフにそのような小細工は通用しない。彼にしてみれば魔法などはまどろっこしいものだ。呪文詠唱を行う間に噛みつけばいい、発動される前に倒せばいい……発動されても、斬り裂けばいい。そんな単純な話なのだ。


「オォォォォ!」


 勝利すれば、勝鬨の如き雄叫びを上げる。その声はラウ=ルフの口からも発せられ、会場を包み込んだ。観客たちもその野生の雄叫びに震え、さらに白熱する。

 勝利の喝さいを一身に浴びながら、アルダンはちらりと観客席の一角へと目を移した。


 彼女を見つけたのは偶然だった。栗色の髪をした少女、アイリス。良い匂いのする女だった。あの匂いを嗅ぐとなぜだか心が安らぎ、顔さえも忘れた母を思い出す。

 結局、自分はあの匂いを嗅いだのは一度キリだったが、それでも鼻は覚えていた。だが、なぜ、自分はあの少女にこうも惹かれているのだろうかとも首を傾げる。彼女との面識はいつぞやの騒動の時だけで、その後はそうそう関わることができなかった。授業が終わればそそくさと格納庫に走り、機体の整備に取り掛かっている変な女。

 貴族の娘なのに、その立ち振る舞いは全く貴族らしくないし、なよなよしてて頼りない。しかし、聞けばエミリオとかいういけ好かない男に立ち向かったとも。


(気骨のある女は嫌いじゃないが……)


 しかも、だ。どうやら自分たちはあのアイリスとかいう少女を取り合っているとか言う話になっている。売り言葉に買い言葉という流れで確かに決闘騒ぎにはあったし、あの時は自分もいつになく感情的だった。


(母上の匂いがしたせいか?)


 理由を思いめぐらせても、納得のいくものは出てこなかった。あの時、ウェンディーズとかいう王子やエリックとかいうキザ野郎が出てきて自分からアイリスを引きはがそうとした時、どうにも感情が抑えきれなかった。


 アルダンは、それが『一目惚れ』というものだということに未だ気が付いていなかった。彼は戦士だ。そうなるべく育てられた野生の少年だ。そうなると、とんと恋愛事情は疎かった。

 それに、彼自身も意識していない事だが、亡き母の面影を無意識に女性に追い求めている。母を感じさせるアイリスの匂いは、アルダンの脳裏に鮮烈に印象を残した。


「チッ……」


 いざそんなことを真面目に考えると、恥ずかしくなってくる。まるで子どもみたいな感情はどうにも認め辛い。だが同時に悪いとも思えなかった。とても心地よい、不思議な感覚……もし、アイリスを手に入れた時、その感覚の正体がわかるのだろうか。

 それは、わからない。わからないけれど……。


「俺は……何を考えているんだ?」


 野生が恋を知るには、まだ少しばかりの時間が必要だった。


***


 選手の待機室といえば聞こえはいいが、そこは頼んでもいないのに最上級のスウィートルームのようだった。ソファーがあり、飲み物があり、果物が用意されている。室温は魔法による操作で、一定に保たれ心地よく、ガラス張りの壁から差し込む日差しのなんと気持ちの良いことか。


 そこはガーデンデュエルに参加する選手たちの待合、休憩室として用意されたものだった。今、その空間にいるのはウェンディーズただ一人。

 試合が始まり既に半刻が過ぎようとしていた。何十人もいたはずの選手は次々と消えて行き、今では三分の一が脱落している。


 そんな中でウェンディーズは少しだけ得意げだった。というのも、その残った選手の中に自分たちの国、レクーツァ王国のものが三名しっかり残っていたからだ。

 自分は言わずもがな、ストレートに勝ち進んだ。ファル=ブレースは良い機体だった。自分の体のように自在に動かせる。獣人族の獣型ガーデンの動きに翻弄されそうになっても対応できたし、有翼人の飛翔型ガーデンの魔法を切り、魔族のガーデンともまともに打ち合えた。


 それは自身に繋がった。このガーデンデュエルにおいて国籍も種族も立場も関係ない。自分は確かに国の王子だが、この試合に参加する以上は一人の選手だ。相手も手加減はしないし、こちらもそれをつもりはない。

 運よく、同胞たちとの戦いはなかったが、例えそうだとしても自分は全力で挑むつもりだ。


「凄まじいな……」


 そんなウェンディーズは紅茶を飲みながら、水晶体の写し出す映像を食い入るように見入っていた。彼は三つの試合を観戦していた。

 一つはアルダンという獣人族の若き戦士の戦い。まさに野生、獣といった動きだが、そこには本能の赴くままの原始的な闘争本能と狡猾な狩人の動きがあった。誇り高い狩人であり、戦士であるアルダンの戦い方は騎士とは呼べないにしても賞賛に値する猛々しさだ。


 次に、エリックとかいう有翼人の宮廷魔導士だ。自分たちと年齢が変わらないのに、そのような役職を実力で手に入れたつわものだと聞いている。彼もまたその肩書に恥じない戦いを見せていた。彼の操る白銀の翼を持ったハイメタルガーデンは軽やかに空を舞うことができるが、今回の試合で、彼は一切空を飛ばず、そして、魔法を使わなかった。

 機体が持つスタッブ、魔法の杖を使い、華麗な棒さばきで相手の動きを封じ、的確に急所を突いて、こともなしげに勝利を収めていた。

 未だその実力の全てを解放していない、恐るべき相手だ。


 そして……ウェンディーズ個人としても見逃せないのが、魔族であるエミリオのガル=ガボスだった。その機体の性能は、ノーザとの戦いで拝見させてもらった。あの戦いそのものは、ノーザの勢い勝ちだと思っているが、それでもガル=ガボスが見せた圧倒的な性能は注意するべきだ。

 恐らく、機体の性能という点において、ガル=ガボスはトップクラスといえる。それに、ノーザの奇想天外な戦法に翻弄され、遅れをとったとはいえ、エミリオの持つ実力もまた確かだった。


 観客、特にハーンバストの生徒はエミリオを卑怯者と詰ってその実力を軽視していたが、そんなものを彼は実力を見せつけることで跳ね除けた。

 どの試合も彼は数秒で決着をつけている。それは圧倒的な性能を誇るガーデンに乗り込んでいるからともいえるが、一瞬にして相手を行動不能に陥れる一撃を放つ。それがどれほどのものなのか、素人でもわかるはずだ。


「口先だけの男じゃないってわけか……」


 ここ数日、ウェンディーズは図らずともエミリオとの交流の機会があった。いきなり部屋に押しかけてきては、失礼極まりない手紙を父である国王に送ってくれと頼んできたり、ノーザに機体を用意してほしいと言ってきたり、無茶苦茶な奴だった。

 しかも聞けば、アイリスにまでちょっかいをかけているとか何とか。いや、今はそれは置いといてもいいだろう。とにかく、奇妙な男だった。自分と同じく王子だというのに、そういう振る舞いを見せず、どこかぎらつく野心を身に宿し、自由に生きている。

 そういう点ではアルダンと似ているのかもしれないが、エミリオの場合は王族という立場すらも利用するべき道具としてとらえている節もあった。


 かと思えば子どもじみた部分もあり、実際、彼の思いつきはお粗末なものだった。

 エミリオの案にウェンディーズが乗ったのはノーザに対する哀れみもあったし、彼としても不本意な戦いで試合参加の権利を失ったノーザを何とかしてやりたいという気持ちもあった。


 それに……アイリスに近い彼女に施しを与えれば、それがアイリスに対するアピールになるのではないかとも思ったからだ。


「いや、何を考えているんだ、俺は。ふしだらな」


 女の機嫌取りの為に今回の事を容認したわけではないと自分に言い聞かせる。だが、彼自身も理解できない感情に左右されていたのだ。彼にしてみればアイリスという少女はどんくさい少女だった。

 気まぐれで、迷子の彼女を助けてやったことがそもそもの出会いだが、その時は別に大した相手とも思っていなかった。

 少し、興味がわいたのはノーザと親しくしているからだ。ノーザという少女は幼い頃から知っていた。とはいえ、あったのは一度キリだ。それでもウェンディーズの記憶に強烈な印象を与えたことに違いはない。


 幼いながらにガーデンを動かしてドラゴンを倒し、あまつさえは国王の謝礼すらも跳ね除けた気丈な娘。そんな少女が妖艶な色気を持つ女性となって再び現れた時は不覚にも顔を赤くしかけたが、そんなノーザと対照的なはずのアイリスが仲良くしているという事は、ウェンディーズにしてみれば不思議だった。


 そうなると、無意識にも視線はアイリスを追っていた。やはり、彼女はどんくさい子だった。聞けば、以前は工場に住みこんで生活していたと聞くし、没落寸前の貴族の娘だったということで半ば無理やりこの学園に連れてこられたとか。

 その為か、貴族の常識も知らないようだし、戸惑いの姿ばかりを見せていた。仕方ないと、戯れで手助けしてやろうと思ったが、その度にアイリスは自分でその苦境を乗り越えていた。


 わからないなりに、自分で調べ、練習し、食らいついていた。そうなると、ウェンディーズの評価も変わってくる。

 なんと、強い少女なのだと。しかも、また奇妙なことに彼女はハイメタルガーデンに熱を上げていた。そんな彼女がノーザという少女について回るのは当然ともいえた。

 ならば、ハイメタルガーデンで結果を出せば、もしかしたら……と再び考えた時点でウェンディーズは首を振った。

 また、いかがわしいことを考えていた。全く、一体全体どうしたことなのだ。


「いかんな。心の乱れは剣の乱れ。バルクムント騎士団長もそうおっしゃっていたではないか」


 ウェンディーズは瞳を閉じて、己の剣の師匠の言葉を思い出していた。そして、深呼吸をする。とにかく、今は試合に集中するべきだ。狙うはもちろん優勝だ。それ以外は考えない。


「……ん?」


 そういえばと思い出す。学内で囁かれる奇妙な噂。

 自分を含めた面々がアイリスを取り合う為にガーデンデュエルに出場しているという話だ。

 そうだ。もし、優勝すれば……。


「えぇい!」


 ウェンディーズはぬるくなった紅茶を飲み干してから、新たに熱い紅茶をカップに注ぎ、呷った。その熱さが自分を律してくれると思ったからだ。

 しかし火傷をしない為という計らいがなされている紅茶は思ったほど熱くなく、逆に感情を留めさせた。


「いかん、いかんぞ。淑女を、景品だとか、もののように扱うなど……」


 言い訳を呟きながら、ウェンディーズは部屋を後にする。

 そうだ、この試合は自分の腕試しであり、それ以外の感情はない。女の子に良い所を見せつけたいだなんて下心は……ない、はずだった。


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