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二十八話 エミリオという男

「貴女様には言い訳は通用しないと思うで、単刀直入に申し上げますと、此度のガーデンデュエルまでには修理が間に合いません」


 格納庫の主であり、整備を束ねる技師長の男がそう告げた時、ノーザは無言で頷いた。

 同時に視線を上げると、肩の付け根から両腕を外された青いストーレンが死んだように鎮座していた。無理やり体当たりを仕掛けたせいか、正面装甲にもわずかな傷があり、両足の内部ダメージも相当大きいとの報告も受けていた。


「学園の方で機体は都合させますが?」

「いえ、結構よ。乗り慣れてないもの」


 技師長の申し出をノーザはきっぱりと断った。学園で用意できる機体はストーレンであるのは間違いないが、ノーザにしてみれば同じではない。彼女の乗るストーレンは亡き兄のものを使い続けてきたものだし、数年以上を共に過ごしてきたまさに愛機と呼べる代物だ。

 そこに刻まれた癖というものは厄介なもので、仮に同型の機体に乗り込むと余計な違和感として現れる。


 だから、ノーザは他のストーレンに乗ることを拒否した。恐らく、今までと同じように使い続けていたら、青いストーレンよりも早くガタが来てしまうだろうし、ノーザ自身も扱い辛いのだ。


「……調整は行いますが?」


 その技師長の言葉が一種の哀れみであることをノーザは理解していた。技師長自身も出過ぎた真似をしたと思ったのか、口をつぐむ。

 ノーザは無言で首を横に振った。


「わかりました。楽しみでは、あったのですがね」


 それだけを伝えると技師長は作業に戻っていく。

 残ったノーザは傷ついた愛機をぼんやりと眺めていた。ここまで壊れたのは初めてだった。前世ではこのように破損したロボットという描写はコアな人気があった。しかし、映像で見るものと、実際に自分が乗っていたものとではちょっと比較にはならない。

 確かにストーレンは不格好ではあるが、愛着もあった。それがここまで決定的な破損を迎えたとなれば、いくらノーザでも少しは落ち込むというものだ。


「カッとなった私が悪いといえば悪いんだけどね」


 格納庫を後にしたノーザは特に行く当てもなく学園内を彷徨った。そして、気が付けば学内カフェの一角を占拠して、適当に高めの紅茶を注文していた。

 名前も知らない銘柄の紅茶、しかも細かな味なんてわかるわけがないし、理解するつもりもないノーザは運ばれてきた紅茶にどぼどぼと砂糖を突っ込んでいく。

 その様子を少し離れて他の生徒たちが眺めていたが、誰一人として近寄らなかった。機嫌が悪そうだからというものだ。

 ノーザとしても好奇心で寄ってこられても鬱陶しいだけなので、それはそれで助かっていた。


「あぁでも悔しいなぁ!」


 あの時、乱入してきたガル=ガボスの撤退をそのまま見過ごしていればストーレンはあそこまでのダメージにはならなかっただろう。

 だが、自分でも意外な一面だと思うが、どうやらノーザという少女は負けず嫌いらしい。ゲームにおける悪役令嬢ノーザもまたそんな一面があった。あちらは半ば見栄の問題でもあるのだが。


「はぁ……大会出場は無理かぁ……エミリオの奴めぇ!」


 そうなった元凶に対して、怒りももちろんある。彼自身にも多少仕方ない理由もあるにはあるが、それとこれとは話が別である。直接顔を合わせることがあれば文句の一つや二つはぶつけてやるつもりだ。

 それに、本来この『エミリオ襲来』というイベントはこんな予選ともいえる時期に行われるものではない。彼の登場はガーデンデュエルの終盤でのことだ。エミリオは突如として試合に乱入し、そこで三人の攻略キャラたちとひと悶着起こす。


 その理由というのがまず、魔族たちの新型であるガル=ガボスの性能を見せつける為。その盛大なデモンストレーションの為に彼は試合に乱入してくるのだ。それを行う理由は、エミリオの実家でもある魔族の国を治めるヴァングラジオン王家にある


 ヴァングラジオン国はそこまで好戦的な国ではなく、どちらかといえば知的な、研究肌の国家である。しかしそれとは別に能力主義な面もあり、結果を出せないのであれば王族であろうが、高位の家であろうが容赦なく一族から外れる。


 そしてエミリオは能力的に劣るとされていた側室の息子である。だが、ここで一つの問題が発生した。エミリオが優秀過ぎたのである。それこそ正室や他の側室の子どもたちを差し置いて、魔法も学問も運動も、そしてハイメタルガーデンの操縦に関しても彼は他の兄弟よりも抜きんでた才能を発揮した。


 本来、冷遇されるはずだった立場のエミリオは一躍王位継承のトップに躍り出た。そうなってしまっては面白くないのが他の王位継承者たちであるが、それ以上に面白くないのはエミリオ自身であった。

 彼の母は彼を産んですぐに心労で亡くなる。エミリオとしては母と自分を捨てた王に対する復讐があった。一度は自分たちを捨てたくせに能力があるとわかればまた拾い戻す。

 エミリオの目的は父である王を引きずり落とすことであり、その手段が王位につくというものだった。


 ゆえに彼は実力を示し、継承権をなんとしてでも得なくてはいけないのだ。

 そんなささくれだった心を癒し、不器用ながらも優しさに目覚めさせていくのが主人公アイリスの役目なのだ。

 アイリスとの触れいあいで、エミリオは能力主義だけではないもっと優しい国を作ることを決意するというのが個別のEDである。


 なお、ノーザ個人としては『別に能力主義そのものは悪くないじゃん』という感想だったのは秘密である。事実、そのおかげでヴァングラジオン国は豊かになっているし、一族からの除名はさておき能力に合わせた環境まで用意されているし、嫌なら別に国から出ていくことも規制していないのだ。


「全く。こじらせたエリート主義程面倒くさいものはないわね……」


 しかもその煽りを喰らった結果が大会辞退だ。

 やっぱりエミリオは一発殴ろう。ノーザは硬く決意した。


 ***


 一方その頃、学園校舎内の一室には攻略キャラ四名と数人の教師、そして護衛にと警備員たちが集まっていた。

 通称会議室と呼ばれるその広い部屋の議長席には校長がいた。そのまわりをウェンディーズ、アルダン、エリックがかため、彼らに取り囲まれるように件の事件の主犯であるエミリオが憮然とした面持ちが座っていた。

 エミリオは漆黒の髪をオールバックに揃えており、同じく漆黒の衣装をまとっていた。頬は少し青白いが、それは魔族たちの特徴でもあった。


「まぁ、なんですかな、エミリオ王子。まずはあなたの転入をここに認めますが、同時に問題を引き起こしたということに対する処罰は下さねばなりません」


 ハーンバスト学園の校長は初老の男であり、これといった特別な存在感を放たない地味な男だった。ついでに言えばことなかれ主義な面もあり、さっさと話しを終わらせたかったのだが、ウェンディーズたちがそうはさせなかった。


「フン、私としてはこのような卑劣な男を神聖なるハーンバスト学園に入れることそのものが反対なのだがな」


 腕を組み、怒気をはらんだ言葉を投げかけるウェンディーズ。


「全くだぜ。俺たちが止めなかったらこいつ、まだ暴れてただろうしな」


 同調を見せるのはアルダンだった。彼の獣耳はピンと張り詰め、毛が逆立っている。これは怒りの感情を表していた。

 そもそもウェンディーズたちまでこの会議室にいる理由は形はどうあれ無許可でハイメタルガーデンを持ち出したからだ。

 校長としては、結果的にエミリオを捕縛することが出来たので、それに罰を与えることはできないが、厳重注意という形で処断するつもりだったのだ。


 しかし、手間を省こうと同時に四人を居合わせたのが失敗だった。淡々と処分を言い渡しているとこうして喧嘩が始まったというわけだ。


「君たち、今は……」


 一応、教育者として制止を試みるが、彼らはそんなものなど無視していた。


「彼らの怒りは最も。ですが、私としてはなぜあなたはノーザ嬢にあのような狼藉を?」


 一人冷静なエリックは眼鏡の奥底の瞳を光らせていた。

 しかしエミリオは小さく不敵な笑みを浮かべるだけで答えようとはしなかった。


「おい、テメェ。なに余裕ぶっこいてんだ? この状況わかってんのか?」

「そういうあなたもノーザ嬢に突っかかったでしょうに」

「んだと羽根つき野郎。喧嘩売ってんのか!」

「事実でしょう? 強そうだからとかいう理由でレディを押し倒し、あまつさえ今度は良い匂いがするからとアイリス嬢まで押し倒して」


 エリックはやれやれと首を振って肩をすくめた。


「強そうか……」


 ふと、今まで無言を貫いていたエミリオがぼそりと呟く。

 一瞬にしてその場の全員が彼に注目した。


「俺もそうだ。」


 エミリオはにやりと笑った。


「俺もあの女が強いと思った。はっきりといえば、ここにいる連中の誰よりも強いと思った。だから、戦いを挑んだ。この答えで満足か?」

「へっ、やっぱりか」


 全く同じ理由でノーザに飛びかかったことのあるアルダンだけはエミリオの回答に興味をしてめした。


「そんな理由でノーザを襲ったのか?」


 ピクリと眉を顰めるウェンディーズ。

 エミリオは小さく「あぁ」と答えながら、


「それ以外のどんな理由がある? 俺はその娘の顔は知らんが、実力は風の噂で聞いている。幼くしてドラゴンを倒し、そして学園では無双を誇るとな。そうなれば実力主義であるヴァングラジオンの人間としては興味を持つのは当然だろう?」

「ケケ、見事に返り討ちにあってたがな」


 アルダンは挑発するように笑ったが、エミリオは鼻で笑うだけで返事はしなかった。するとアルダンは大きな舌打ちをして、怪訝か顔を浮かべたままつまらなさそうに背もたれに体を預けた。


「それに……あの女からは異質な何かを感じた。それを確かめたかった」

「異質? 確かにノーザは女だてらにハイメタルガーデンを乗り回す少女だが……」

「趣味趣向の話ではない。俺は、あの女からもっと別のものを感じた。あいにく、それがなんなのかは説明が出来んがな」

「何かもわからない理由で少女を襲うとは無粋な……」

「同感ですね。男のやることじゃない」


 エミリオの曖昧な答えにウェンディーズとエリックは冷ややかな視線を送る。それでもエミリオは何一つ気にしたそぶりを見せずに、ふてぶてしく座っている。


「……わからねぇでもないぜ」

「アルダン?」


 一転してエミリオの言葉に賛同を示したアルダンに対してウェンディーズは少し驚いたような顔を向けた。


「俺も、あの女からはなんつーか……よくわかんねぇ匂いを感じたんだよ。言っとくがくせぇとかそういうんじゃねぇぞ? それに悪い匂いでもなかった。でも、なんか違うんだよ。なんかこう……うまく説明できねぇ匂いがしたんだよ」

「お前まで何を言い出すんだ?」

「だから俺だってわかんねぇんだよ。でも、しゃくな話だが、こいつと同じで俺もあのノーザって女には興味あるぜ?」

「お前のような獣と同じと思うと頭が痛くなるがな」


 エミリオがそういった挑発を返すものだから、アルダンの目つきが鋭くなり、牙のような八重歯がギラリとむき出しになる。


「んだとぉ?」

「やめなさい」


 飛びかかろうとするアルダンを拘束魔法で縛り付けたエリックが肩をすくめる。


「何にせよ、レディの狼藉を働いたのです。男であれば、相応の責任を取るべきですよ。学生である前に、ね」

「フン」


 エミリオはそっぽを向いて、これ以上話すことはないという態度を取った。


「とにかく、校長の言う通り、貴様は暫くは謹慎、そちらのハイメタルガーデンも預からせてもらう。レクーツァ王国の名にかけて、貴様のガーデンは丁重に預かるがな」


 それだけを伝えると、その場にいた面々はゾロゾロと部屋を後にする。校長は何度も溜息をつきながらこれから行う面倒な事務作業に頭を抱え、他の教師たちもそれにならう。

 ウェンディーズたちは納得のいかないアルダンを引っ張りながら去っていく。

 エミリオは誰もいなくなった会議室をぐるりと見渡し、青いストーレンのことを思い出していた。


「ノーザ・アンネリーゼ・アイランディか……」


 そしてそのパイロットであるノーザの名を呟いた。

 顔は知らない。女であることは聞いているし、公爵家の出であることも知っている。そして、旧式のストーレンで新型であるはずのガル=ガボスをあそこまで追いつめた。


「いや、違うな……」


 もしも、ストーレンのマシントラブルがなければあの段階で負けていたのは自分だ。さらに言えば、ガル=ガボスの頭部を破壊して見せたのだ。もし、自分が乗っていた機体がガル=ガボスではなかったら、その一撃で勝負はついていただろう。


「奇天烈な操縦に、勢いの良さ。戦上手とは言えないが……」


 エミリオはノーザという少女を分析し始めていた。確かに、ノーザの操縦は思いもよらないものだ。だが、一つひとつの動きはガーデンというマシーンに対して負荷をかけすぎている。それに、これが一対一の戦いであるならまだしも、大軍を相手取るような戦いでは戦力の集中砲火を受け、沈むだけだろう。


「化けるな。あれは」


 もしも、その少女に見合うだけのガーデンを与えた時、一体どのようになるのか。

 エミリオはほんの少しだけ楽しみになった。できの悪い異母兄弟たちに恐れられこんなつまらない学園に追い込まれてしまったことに対する鬱憤もあったが、思わぬ、嬉しい誤算だった。


「リベンジはさせてもらうがな……」


 エミリオはまだ見ぬ、強者との再戦を思い浮かべた。


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