二十七話 戦慄の闇王子
また『イベントが早まった』。
信じたくはないが、今自分を襲っているのはゲームの攻略キャラ。その最後の一人のはずだ。魔族の王子エミリオ。そして彼の駆る漆黒にして現時点では最強のハイメタルガーデン、ガル=ガボス。
「なんでこのタイミングなんでしょうね!」
ノーザは苦い顔を浮かべながら、突撃してくる漆黒のハイメタルガーデンの一撃を防ぐ。反撃など考える間もなかった。左腕をかざし、半身をさらす。身をかがめ、腰を落とし、衝撃に備える姿勢を取ったのだった。
が、その瞬間、漆黒のガーデン、ガル=ガボスがノーザの視界から消え去る。
「うぐっ!」
ガツン! とストーレンの背後から衝撃が走る。ノーザは思わず正面のモニターに頭をぶつけそうになったが、シートベルトのおかげでそれは防がれた。
そのシートベルトが太ももや股座、胸を圧迫するせいで、激痛と窒息がノーザを襲う。
「クッ……ハァッ!」
しかし、その苦痛がむしろ意識を鋭敏化させた。ノーザは吹き飛ばされながらもストーレンの操縦桿を離さなかった。
そんな彼女の意図に従うようにストーレンはその勢いのまま転がっていく。元がずんぐりとした丸い形状の機体は、流れるようにして転がり、衝撃を緩和、すぐさま態勢を立て直す。
だが、ガル=ガボスは攻撃の手を緩めなかった。漆黒の影が再びストーレンの眼前に飛来し、みぞおちの部分を蹴り飛ばす。
激震がノーザを襲った。
体格差だけを見ればストーレンの重厚な見た目とガル=ガボスの華奢な躯体とでは勝負にならないと思えた。だが、想像に反してストーレンは大きくのけ反りながら、後方へと吹き飛ばされる。
「こ、の!」
機体を立て直し、悪態をつきながらもノーザは無謀な反撃には出なかった。今はまだ、相手のペースだ。ここで下手に反撃するなど、それこそ相手の思うつぼだ。
確かに衝撃は大きいが、重装甲のストーレンである。この程度でくたばるほどやわな機体ではない。
ただしコクピットに座るノーザはそうでもない。鋼鉄の重騎士と称されるストーレンは確かに堅牢な装甲で守られているが、その乗り手はやわな人間なのだ。
ガーデンのコクピットに備わった衝撃緩和用の魔導具の働きにより、骨が折れるほどの衝撃はないが、それでも内臓をシェイクされたような感覚は不快感を煽る。
さらに言えば、自分の力を見せつけるような動きで飛び回るガル=ガボスの姿にもいら立ちが募っていた。
「こんのぉー! 見た目は好みだけどなぁー!」
再び真正面へと飛来してくるガル=ガボス。ストーレンは右腕で剣をまっすぐに構え、それを受け止める姿勢を取る。
その構えを取った瞬間、再びガル=ガボスの漆黒の機体が眼前から消え去る。注意深く敵を観察していたはずのノーザですらも目で追えないレベルであった。
だが、ノーザは構えたまま、切りつけようとはしなかった。
「お約束ぅ!」
ノーザは再び背後に敵の存在を認識した。それは別に彼女の空間把握能力が覚醒したり、なにか特別な能力に開花したわけではない。ただ、単純に、『こういう場合、敵は背後から来る』という半ばメタな読みがあった。
それが功を奏する。
『……!』
その瞬間、ガル=ガボスを駆る少年、戦いについていけぬまま放置されたノーザの対戦相手、そして水晶体から送られる映像を眺めている多くの観客たちはノーザの奇妙な動きに困惑、唖然としただろう。
ノーザは背後から迫るガル=ガボスの歪な怪剣の一撃を見事防いでみせた。
だが、ノーザのストーレンは体を反転させてはいない。ガル=ガボスと正面から対峙などしていないのだ。ノーザの青いストーレンは敵にその無防備な背後を見せつけながらも『剣を持つ腕と手首を背後180度に回転』させていたのだ。
それは、およそ人間の構造上では取ることのできない状態である。腕を背中に回すだけでも苦労するというのに、手首を回転させるなど、機械でもなければ不可能である。
そして、ハイメタルガーデンは『機械』である。例え、人の形をしていようと、手足があろうと、首があろうと、その本質は機械である。人間には不可能な姿勢であっても、独立したパーツで構成された機械の肉体を持つこの巨大な機械の騎士であればそのような複雑怪奇な動作も取れるのである。
「おおぉりゃ!」
ガル=ガボスが見せた一瞬の隙。それは一秒にも満たないわずかな時間だが、ノーザはそれを見逃さなかった。というよりは初めから失敗しようが成功しようが、構わずに残った左腕の拳を叩きこむつもりだった。
ストーレンは遠心力をかけながら、左腕によるフックをガル=ガボスの顔面へと叩き込む。重量のあるストーレン、その重さと遠心力から生み出される加速による一撃はすさまじい威力を発揮するに至った。
ガル=ガボスのくちばしのような頭部が大きくひしゃげ、右目が潰れ、中央の赤い一つ目にも歪みが生じる。べきべきと装甲の砕ける音、ブチブチとフレームのいくつかが断線する音が響く。
『うおっ』
その瞬間、ノーザはガル=ガボスを駆るエミリオの声を聞いた。そこには驚愕の色が含まれていると思った。
『……やるな!』
だが、ガル=ガボスも、それを操るエミリオもただものではなかったようだ。ガル=ガボスは頭部を損傷しながらも、ぶわんと機体を浮遊させ、空中で一回転したのち、怪剣を大きく振るう。
その一撃が拳を繰り出したストーレンの左腕の二の腕関節を捉えた。態勢が不十分であった為か、ガル=ガボスの一撃は浅く、ストーレンの左腕は切断こそ免れたものの稼働率を損なわせるには十分な損傷であった。もう拳を握ることはできないし、肘を曲げることもできないだろう。
「このっ!」
ノーザは思わずカッとなった。
視線がガル=ガボスを追う。敵は浮遊移動で背後へと急速に後退をかけていた。試し切りは済んだとでもいうつもりなのだろうか、その行動は撤退にも見える。鮮やかだった。
「待ちなさい!」
だが、ノーザは「はい、そうですか」でことを治めるつもりはなかった。せっかくの勝利の余韻を潰され、辻斬り同然に襲われてしかも機体を大きく損傷させられた。
ガル=ガボスの見た目はノーザの好みである。黒し、とげとげだし、強いし。だが、それとこれとは話が別だ。
「待てっていってんでしょうがぁ!」
ストーレンには高速離脱するガル=ガボスを捉える武器はない。対城、対竜用の大砲が存在するがこの戦いにおいてはまず装備する必要のないものだ。
ならば、即席で用意するしかない。そして、ノーザが思いつく、この状況下で使えるものはただ一つ。
「ロケットォォォォ!」
ノーザは左の操縦桿のスイッチを押し込む。その瞬間、ガシュー! と蒸気の漏れる音が木霊する。そしてノーザはストーレンの機体を大きく回転させ、使い物にならない左腕を、強制排除、その遠心力によって排除された左腕は鉄塊となって無理やりに打ち出される。
「パァァァンチ!」
それは、言ってしまえば投擲と呼んだ方がいいかもしれない。
だが、これは『ロケットパンチ』だ。ノーザはあえてその名前を叫んだ。腕を切り離し、敵にぶつける。それがロケットパンチでなくしてなんだというのか。
『なんだ、腕を……!?」
その行動は、この世界の者たちからすれば、不可思議かつ理解不能、意味不明なものでしかない。
そのあまりにも唐突な一撃はストーレンの持つ無駄に高出力なパワーによってそれなりの威力をもってガル=ガボスへと直撃する。
ただし、ダメージと呼べるものはない。僅かにバランスを崩すだけの衝撃を与えるまでにとどまった。
『なんとっ!』
しかし、その効果は十分すぎるのだ。バランスを崩したガル=ガボスは上昇する勢いを殺され、そのまま地面へと落下、一度得た加速度が仇となり、地面を抉るように突き進み、コロシアムの観客席へと激突する。
観客席に被害はない。ガル=ガボスが衝突すると同時に青白い光の障壁が遮ったのだ。それは連日連夜、雇われた魔法使いたちが施した結界である。図らずもその強度が実証されたというべきだろう。
墜落する形となったガル=ガボスはすぐさま態勢を立て直すが、それよりも前に隻腕となったストーレンの威容が映り込んだ。
『うおっ!』
「せいぃ!」
一声と共にノーザは剣を振り下ろす。
しかし、ここでノーザにとっても不測の事態が発生した。振り下ろそうとしてた剣がストーレンの腕から抜け出てしまったのだ。
原因はすぐに分かった。残った右腕の関節に紫電が走っていた。無茶な態勢で攻撃を受け止めた際に大きな歪みが出来ていたのだ。
「右腕も……! さっきのか!」
ストーレンの右腕が力なくうなだれる。その隙を突いてガル=ガボスが再びその場を離脱しようと機体を動かすが、ノーザは胴体ごと体当たりを仕掛けた。
『貴様……!』
「文句を言える筋合いじゃないでしょうに!」
両機はもつれ合うようにして絡み合い、転がっていく。
だが、四肢が健在している以上、取っ組み合いはガル=ガボスの方が有利である。拘束する手段を持たないストーレンでは体当たりしかできない。
だが、時間はノーザに味方をしたようだった。
『そこまでだ。狼藉者め』
頭上から聞こえてきたのはウェンディーズの声だった。
ノーザがハッと見上げると、太陽の光を背にした白亜のファル=ブレースが剣を突き立てながら降下してきていた。
その切っ先は間違いなくガル=ガボスを狙っている。
対するガル=ガボスはもつれ合ったまま怪剣を構え、ファル=ブレースの一撃を受け止めて見せた。
『おい、好き勝手してんじゃねぇぞ』
同じく、アルダンの怒声が聞こえてくると、コロシアムの観客席、それを飛び越えるようにして獣のような機械が躍り出てくる。獅子ともトラとも見える獰猛な肉食獣を象った頭部には牙、鋭い三つの爪を装備した四つ足、クサビ付きの尾は鞭のようにしなやかであった。
『せっかくの余興を台無しにするとは、風情がわからぬ者がいたものですね』
エリックの歌うような詠唱がその場を支配する。刹那、漆黒のガーデンの全身を無数の光輪が拘束する。ばさりと羽ばたく音が聞こえたと思ったら、純白の羽をはためかせながら神官のようなガーデンが空を飛んでいた。
(私、今とんでもない現場に遭遇してる!)
遂に集結した四人の攻略キャラ、そして四体のハイメタルガーデン。
それはノーザが思い描いた展開とはかなり違うものであるが、とにかく、役者は揃った。
これこそが本番、その始まり、その始まりの鐘の音を鳴らすかのようにコロシアムの鐘が鳴り響く。




