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二十六話 漆黒、乱入

「凄いものね」


 ノーザの呟きは純粋な感想だった。

 コロシアムに直結する格納庫は忙しい空気に包まれていた。今日の試合が終わると同時に全ガーデンの整備が行われるのである。

 あちこちで技師たちの怒声が飛び交い、指示が行き交う。一見すれば中世の世界観とは思えないような工具が次々と運び込まれ、機械音があたりを包み込む。


 学園に配備された全てのガーデンの整備を今日の一日で終わらせろというのだから、かなり無理をすることになる。しかし、学園のガーデンたちはこのようなことでもなければ全力稼働はしないし、技師たちもそのことを理解している。

 日々の点検だけでは済まない作業の数々をこなして見せなければこのような金払いの良い職場から追い出されるだけである。


 だから彼らは働くのである。へこんだ装甲を新しいもの替え、場合によっては内部フレームのパーツを一気に交換していく。動力系統のひずみや操作系統の歪みも見逃せない。

 慌ただしかった。だが、機材、材料を含めてそれらは国から一切が下りていた。国も今回の行事には力を入れているという表れだった。技師たちの疲労はさておき、最高の材料をふんだんに使えるというのは彼らにしてみても嬉しいものなのだ。


 そんな技師たちの全員が男である。別に深い理由はない。ただ、女でこのようなオイル臭く、においの移る仕事をしたがるものは少ない。そうなると必然的に技師の割合は男が多くなる。老いも若いも様々でその出生もさまざまであり、人種もまばらであった。

 意外と目立つのがゴブリン族と呼ばれる低身長のものたちであった。薄茶色、一見すれば褐色の肌に見える彼らはエルフ族のように耳が尖っていたが、同時に口や鼻も突きでていた。


 だがはしっこく動きまわるゴブリンの技師たちはその小柄な体形に似合わず腕力もあり、自分と同じ大きさのパーツを抱えながらあちこちの配給して周っていた。

 その他にもオークやドワーフといったいかにもな面々も見られる。

 ただし有翼人の技師はいなかった。それとなく理由を聞いた限りでは『羽が邪魔』ということで、なるものも少ないのだという。


「ふんふん、やっぱり足回りが随分と痛んでますね。放っておいたら歩けなくなってますよ、これ」


 そんな中で、ひと際異彩を放つ者がいた。アイリスである。彼女はせっかくの貴族らしいドレスも脱ぎ、技師の男たちが来ている作業着に身を包んでいた。サイズが合わずぶかぶかで袖を捲らないとまともの作業もできないような服装なのに、なぜだかアイリスにはそれがどんなドレスよりも似合っていた。

 悪い意味ではない。元よりそういう場所で暮らしていたアイリスにしてみればそれが普段着であり、着慣れたものだということだ。


「歩けなくなるって……それほどのものなの?」


 アイリスの報告にノーザは多少の驚きを見せていた。彼女とて『巨大ロボット』の整備が大変だろうという認識は当然持ち合わせている。だが、工学系の知識もほぼ皆無のノーザは大変だとわかっても、どの程度の損傷、消耗なのか、その専門的な知識は殆ど持ち合わせていなかった。


「それほどのものですね。ストーレンはがっちりと機体ですから強度そのものは高いんですけど……機体重量が重くて動き回るのには適していないんです。あ、これはストーレンの開発に従事していた工場のおじいちゃんから聞いた話なんですけどね、ストーレンは重たすぎるから何度も足を稼働させたり、全体重を乗せる動きをしていくと想像以上に金属がすり減って、気が付いたら足下から崩れる……なんてことだって起こりえるんですって。でも、単純な構造が強みでもありますし、整備はすぐに終わりますよ。幸いなことにここには資材がたくさんありますしね!」

「相変わらず、詳しいわねぇ」


 アイリスは相変わらず早口になっていた。


「えへへ、これぐらいしか取り柄がありませんから……あ、そうだ。操縦系統とかの調整します? 本当なら騎士一人ひとりに調整が必要なんですけど、学園の人たちって同じ機体を使いまわすじゃないですか……でもノーザ様の場合は私物ですし、そういった細かな調整も事前にできますけど」

「そうねぇ、あとで頼もうかしら」

「はい、お任せください。操縦系統を少し弄るだけでも負荷ってすごく変わるんですよ! 三年生の方ともなるとそういう癖を試合前に調整するので大変だってみなさん言ってましたし」

「へぇ……」

「それじゃ、まずは全体の整備にいきますね。あ、火花とかは出ませんから安心してください」


 アイリスはそう言って再び作業に没頭した。先ほどの会話を続けても、アイリスは作業の手を止めなかったが、集中すると一気に作業効率が変わる。

 ガーデンの整備を手伝うアイリスの表情は今までにないぐらいに生き生きとしていた。周囲で働く技師たちも最初は怪訝な顔を浮かべていた。貴族の娘が興味本位で割り込んできたと思っていたわけだし、彼らにしてみれば職場を遊び場と勘違いしているのではないかと思ったからだ。


 だが、アイリスはそんなことなど無視して、ただひたすら作業を続けた。そうすると、技師たちも口を閉じるしかなかった。

 物心ついた頃からガーデンに触れ、そして生産工場で暮らしてきたアイリスである。ある意味ではこの場にいる誰よりもガーデンのことを熟知していると言ってもいい。


 アイリスが整備を担当するのは、彼女自身が言い出したということもあるが、ノーザの青いストーレンであった。

 ノーザのストーレンを担当する他の技師たちは、一瞬だけ表情を歪めていたことをノーザ自身が見逃さなかったが、別にそれに対して文句をいうつもりはなかった。


『あの娘はガーデンの使い方が荒っぽいから嫌だ』


 それがノーザに対する評判であった。

 ある意味、彼らの評価は正しい。ノーザもそれを自覚していた。自分のガーデンの操縦方法はこの世界の常識と照らし合わせれば非常識このうえないのだろう。

 飛び跳ねる、殴る、蹴る、言ってしまえば何でもアリの機動を見せる。別の見方をすれば、そんな動きができるからこその人型の巨大兵器なのだろうが、ノーザの場合は動き過ぎるのだ。


 模擬刀とは言え剣で切り合いを続ければ装甲もフレームも歪む。それは当然の事だがノーザの場合はそれらの損傷に加えて殴る、蹴る、果てはショルダータックルも繰り出すし、四方八方へと飛び跳ねるせいで、脚部の消耗が激しいのだ。


 だから、ここ数日の整備で、技師たちはノーザの機体の調整に苦労していた。こんなにも機体に負荷をかけるなど、今までなかったからだ。

 長く技師を続ける者の一人は、『まるで、実戦に出た後みたいだな』と口にした。少なくとも、学園の中で、授業の一環として出る消耗ではないからだ。


 しかし、そんな激しい消耗であっても、アイリスは次々に整備を進めていった。彼女は一人で二人分も三人分も働いているように見える。


「おぉ! ノーザ嬢!」


 作業を眺めていると、もはや聞き慣れたグレイシオの声が聞こえてきた。

 振り返ってみると、グレイシオが太い腕を振りながらやってくる。彼の外にも三人の学生がいた。全員が三年であり、そして出場枠決定戦の最終候補に残ったものたちだ。


「お前も調整か?」


 グレイシオはノーザとは一人分の距離を開けて隣に立った。


「そういうグレイシオ様も?」

「あぁ。本来なら使いまわしのストーレンゆえにそんなことはできないのだが、ほら、もう残っているのは俺たちだけだからな。技師たちに無理を言いに来たというわけだ」

「あなたは自分のガーデンを持ってくるとかはしないの?」

「家が許さん。というのも、我が家はなんというか……文官なのだ」


 グレイシオは小さな溜息をついて頭をかいた。

 ノーザとしてもそれは驚きの情報だった。グレイシオの見た目はどこからどうみても武官のものである。故にノーザも無意識のうちにグレイシオはそういう出自のものだと思っていた。


「うーむ。俺もなんでこうなったのかはわからん」


 ノーザが何を考えているかを悟ったのか、グレイシオは腕を組み答えた。


「親父も祖父も、大祖父様もみな文官なのだ。いや、もっと遡れば武官の一人や二人はいるだろうがな。俺は突然変異というものらしい」

「それは……大変といっていいのかどうか」

「大変も大変だ。俺は、文官の仕事も重要であると理解している。自分で言うのもなんだが、次期当主だしな。家をまわしていく上でそういった知識が必要になるのは当然だ。だが、やはり俺は騎士を目指したいというわけだ。そういうお前はどうなのだ? そういえば聞いていなかったと思ってな」

「ガーデンが好きだから、という答えはどうでしょう?」

「そりゃ理由の一つだろうが、切っ掛けとは言えんだろう?」


 いずれやってくる没落の運命と戦争に備える為とは到底言える内容ではない。


「そうねぇ……では、乙女の秘密ということで」


 だからノーザはわざと考えるそぶりを見せて、そう答えてやった。


「女はそれが使えるから羨ましいよ」


 グレイシオは呆れた様に笑った。

 彼はその後、適当な技師を捕まえて自分の調整に向かっていった。その他の生徒たちも同様であった。

 暫くはそれを眺めているとまた格納庫の出入り口が騒がしくなる。やってきたのはウェンデーズであった。彼は数人の使用人を出入り口付近で待機させてから、やっと入ってきた。


「いや参ったよ。私がどこかへ行くたびにあいつらは着いてくるのだ」


 ウェンデーズは苦笑しながらノーザの下へとやってくる。


「そりゃあ王子様ですもの。お付のものだって、何かあれば首が飛ぶのを恐れていますわ」


 ノーザの答えにウェンデーズは頷いては見せるが、「それでも窮屈ではある」と答えた。難儀なことだが、ウェンデーズの基本はお坊ちゃまであると同時に跳ねっかえりでもある。決められたレールの上を走りたくないという思春期独自の思考回路は決してマイナスではないのだが。


「私はもう子どもでもないのだがな……全く、連中め、あの一件を父上に報告していたらしい。お叱りは受けなかったが、お付がまた増えることになる」

「自業自得でしょうに……」

「そりゃそうだが……君はどうにも私に対して厳しくないか?」

「そんなこと、ありませんよ」


 ノーザは努めて平静に答えたつもりだった。別に、ノーザはウェンデーズが嫌いとかそういう感情はない。どちらかといえば興味がないと言えるだろう。ゲームをやった上で、彼の人となりが善人であり、お人よしであることは理解しているつもりだが、それだけだ。


 ただ、一つだけ付け加えるなら無意識な我儘だけは何とかしてほしいと思う。今回のガーデンデュエルに際して、なぜウェンデーズだけが新型のファル=ブレースに乗ることが出来たのかといえば、それはまず第一に新型のお披露目もあるが、そこに彼の意がはいったことは言うまでもない。


 ノーザ自身の考えとしては、見た目だけはかっこいいファル=ブレースを見ることができてうれしい反面、終盤まではあまり活躍の機会に恵まれない不遇な機体という感想も抱いていた。


「それにしても……明日で前哨戦は終わりか。ガーデンデュエルの本番とは言えないが、私も全力を尽くすつもりだ。例え、君と当たってもね。機人の令嬢が相手ともなれば腕がなるというものだ」

「あの、機人の令嬢ってなんです?」


 ノーザには聞き覚えのない単語だった。


「うん? 知らないのか? 学園の生徒のいくらかは君をそう呼んでいたぞ? 紅茶やダンスよりも剣を取り、ガーデンを駆る勇ましい女性だとね」


 知らない話だ。

 ノーザは学園でたまに開催されるお茶会にだって出ていないからそんな話が流れていることすら知らなかった。まさか自分の知らない場所でそんな奇怪なあだ名があるとは思わなかった。


「……あの、もう少しまともな名称はなかったのですか?」

「そんなこと私に言われても困るよ」

「王子なら、なんとでもできるのではなくて?」

「無茶をいうな……」


***


 もしもの話をするならば、この出場枠争奪戦の中に実技による剣術の試合があるとしたらノーザはそうそうに陥落していたことだろう。幼き頃より剣に触れてきたし、今も欠かさず早朝の鍛錬は怠っていない。

 それでも、才能というものは降って沸いてくるものでもないし、突然何かしらスーパーパワーに目覚めるわけでもない。


 ノーザは断言できる。生身の肉体を使った戦闘行動に対して、自分はこの学園でも下から数えた方が速いと。

 だが、幸いにして剣術の試合が行われることはなかった。当然といえば当然だが、これはハイメタルガーデンの試合である。ならばガーデンの操縦センス如何なわけだ。


 ならば、ノーザ自身にそのセンスがあるかどうかと問われればそれはまた違う。彼女は確かにこの学園に置いて目を見張る戦績を上げてきたが、お世辞にも綺麗な戦い方ではないのだ。

 真正面から剣で切り結ぶのを極力避け、機動と目くらまし、そして敵の行動をねちっこく潰す戦法であった。


 飛び跳ねる、地面を切り付け土砂を撒いて視界を奪う。重点的に脚を潰したり、相手が疲れるのを待ったり……とにかく多くのものが思い描く『騎士らしい』戦い方ではないのは確かだった。


「だからと言っても、これはお稽古じゃないんだから……全く」


 ノーザは特に息を切らせるまでもなく、新たな対戦者を下した。その相手はウェンディーズでもグレイシオでもなかった。彼らは自分よりも先に出場権を得ていた。当然、圧勝である。

 組み合わせにどこか、偶然以上のものを感じるが、とにかくその一戦で、ノーザのガーデンデュエル参戦は決定したようなものだ。


「予想通りに勝ち残ったのは新型に乗ってるウェンデーズと最年長のグレイシオか……そういえばゲームだと残り一人は誰だったのかしら」


 ゲームだとウェンディーズ以外の二人は結局誰だったのかは名前もなかった。もしかしたら今しがた自分が下した相手がそうだったかもしれないし、それ以前に脱落していった者の中にもいたかもしれない。


 まぁ今となってはわからない話だし、推測を立てる以外の楽しみもない話だったので、ノーザは頭の隅に追いやった。

 とにかく自分は大会に出場するわけだし、やる以上はベストを尽くしてみたい。それに、ゲームでは淡々と流され、攻略キャラの優勝というだけの結果に終わったイベントだ。

 実際に参加するとなれば各国の多様なガーデンの戦いを間近で見られる。それはそれで楽しみだった。


「さて、本番までは時間があるわね……それまではアイリスのフラグのお手伝いでもしておこうかしら……というか、あの子、どれだけ好感度稼いでるのかしら。ゲームじゃないから数値じゃ見れないのよね……」


 今後の予定をどうしたものかと考えながら、ノーザは格納庫へと戻る為に機体を反転させる。

 が、その瞬間、頭上を影が覆った。今はまだ昼だ。それにさっきまで快晴だった。いきなり曇るなどということはない。


『なんだぁ!』


 その声は先ほど下した対戦相手のものだった。その声は驚愕に満ちていた。


「……ッ!?」


 その時、ノーザは無意識に前方へと退避した。

 それと同時に自分のストーレンの右肩の表面装甲が何かにかすった。ガリガリと薄く装甲が抉られていく。それは鈍く光る大鎌のような刃であった。


「何で、こいつが……!」


 すぐさま態勢戻したノーザは視界一杯にその存在を確認した。

 そこには漆黒の機体がいた。大きくくちばしを開けた鴉のような頭部、そのくちばしの中には煌々と光る赤い一つ目、その両隣りにも同じく赤い鋭い瞳があった。

 大きく開かれた両肩の装甲はまるで羽のようにも見え、指先から爪先に至るまで鋭い爪を持つ。

 細い躯体は、刺々しい装甲によって、華奢には見えず攻撃的なデザインにも見える。その漆黒の機体は両腕で構えた大鎌、否、歪な刃を持った怪剣を構えて、ゆっくりと降下していた。


「魔族のハイメタルガーデン……ガル=ガボス……!」


 それはゲーム本編においてメインを張るファル=ブレースと対をなす機体であった。

 その機体を見た瞬間、ノーザは頭を抱えたくなった。


「あんたの出番はまだ先でしょうに!」


 そうぼやきながら、ノーザはストーレンに防御態勢を取らせた。

 刹那、漆黒のハイメタルガーデン、ガル=ガボスが圧倒的なスピードで飛翔し、怪剣を繰り出してくる。


「やっぱり問答無用……!? なんで私に突っかかってくるのよ!」




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