十二話 兄と妹
ストーレンは一度の跳躍で四十メートルに達した。みしりと石が敷き詰められた地面が陥没するが、機械の騎士の四肢は表面の装甲がわずかに溶けただけで、内部への損傷は少なかった。
それが人間と機械の大きな違いである。人間が無理にでも行えば即座に潰れるような行動でも機械の体であれば多少の無茶は無視できる。
もちろん、金属の摩耗による損傷をどこかで意識させないといけないのも事実だが、今のノーザにはそこまでの細かい気配りは出来なかった。
焦燥感というべきか、ノーザはとにかく早く、ジークの下へと駆け寄りたい一心だった。それに街が目茶目茶にされるのは彼女としても納得できるものではないからだ。
「九年も育った街! 愛着がないわけじゃないのよ!」
ストーレンが自由落下に入る。あたりの景色がガクンと下がっていくのがわかった。
「着地に合わせて、魔力放出。衝撃を和らげて……!」
ノーザは着地に合わせて機体の各部から魔法ともいえないただの魔力を放出した。魔導結晶体から脚部へと集中的に送り込まれる魔力はぶわんと風の層を作り出した。
ほんの一瞬の浮遊感、即座に響く着地の振動。座席に座るのではなく、立ちながら操縦する形となっているノーザにはいささかキツイ振動だったが、これでもマシな方だった。
いかに機械であり、無茶ができるとは言え、自由落下による衝撃は内部の人間が持たない。ストーレンであれば内部フレームのわずかな歪みに目を瞑れば無事であろうが、先の一撃でフッ飛ばされたストーレンの正確な損傷具合がわからないのだ。無茶は出来ても、し過ぎるのは良くない。
「うまくいった……! 調子に乗りそう!」
初めての操縦では大々的に暴走してしまったが、今はぎこちないながらも自分の手足のように動かしている。その事実はノーザに感動を与えたが、その喜びの余韻に浸ってる場合ではなかった。
「……!」
眼前に捉えたドラゴンが巨大になっていく。近づけば近づく程、その威容に圧倒されかける。相手は四十メートル、こちらは十五メートル。互いに巨大だとしてもその差は圧倒的だ。
ノーザは二度目の跳躍を行いながら、ストーレンの腰から剣を引き抜く。
同時にその周辺の戦況を確認した。既に自由落下が始まり、視界が下がっていくせいで、全体を把握することはできなかったが、五体のストーレンが剣と盾を構え、ドラゴンへと果敢に挑んでいた。
「イベントCGにもこれぐらいのシーンがあれば売れただろうにね!」
その言葉は自分にまだ余裕があると認識する為に吐いた言葉である。目の前で繰り広げられる光景はリアルにしてはファンタジーすぎる光景だが、現実に起きていることだというのはひんやりとした鉄のコクピットの感触が嫌でもそれを伝える。
着地の振動も同様だ。そして、ドラゴンの咆哮。距離にしてやっと三百メートル。巨人とドラゴンの戦場として考えれば至近距離であるが、五体のストーレンは背後からやってくるノーザにはまだ気が付いていないようだった。
「ガーデンにはレーダーもセンサーもないから……!」
それが人類最強を誇る機械騎士の最大の弱点である。
ハイメタルガーデンは言ってしまえば巨大な甲冑であり、巨大な敵を倒す為に武器を巨大にする発想の中で生まれたマシーンである。それを再現する為に機械を発展させるという意識はあっても、歪な進化を遂げた技術の枠では遠くの敵を捕らえるという発想は、その過程からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
敵は、目の前にいる巨大な存在。目視できる範囲にいれば、それで十分であるという認識であった。
ノーザの接近に気が付いているのは、人の感覚の数倍を持つと言われるドラゴンのみであった。ドラゴンは新たに接近するストーレンの姿を認めて、不意に首を向けた。
動物的な本能がさせた不可解な行動である。だが、それは、騎士たちにしてみれば絶好のチャンスであった。
***
ドラゴンの見せた隙を逃すわけにはいかなかった。
青いストーレンはすかさず剣と盾を構えて跳躍する。ジークの機体だ。
「とった!」
ジークの青いストーレンは一瞬にしてドラゴンの顎下まで到達するとまず盾による殴打を繰り出す。
衝撃により天を仰ぐ形となったドラゴンは無防備にも喉元を露わにした。
そこにすかさず剣を突き立てる!
筋肉と脂肪の塊である腹部とは違い、喉はドラゴンブレスを作り出す重要な器官であり、あらゆる生命に共通する呼吸器である。
これにより、ドラゴンは攻撃手段の一つを潰され、呼吸もままならないのである。まさに急所と言えた。
狙って攻撃できる場所ではない。ドラゴンもまたその部分が己の急所であることを理解している。故にブレスを吐き出し、巨体で暴れるのだ。
「うわ!」
巨体の体当たりが直撃した。バチンとコクピットの計器のいくつかが弾ける。空中での攻撃は機体を無防備にする。降りかかる衝撃は大きく、ジークは脳震盪を起こしかけた。
だが彼も騎士である。そうそう軟な体ではなかった。
「う……むっ?」
弾き飛ばされる最中、ジークは頭上に別の影が飛んでくるのが見えた。黒い装甲に金色のライン、それは王都に配備された機体だ。
「生き残りがいたのか!?」
大砲による援護を実行した部隊はドラゴンブレスによって薙ぎ払われたと思ったが、どうやら無事なものがいたのだ。ジークはそう確信した。よもやその機体に妹が乗っているなどとは思ってすらいなかった。
「あの者が注意を引きつけたのか? 勇敢というべきか、無謀というべきか……どちらにせよ、ドラゴンに致命傷を与える手にはなったが!」
ジークは落下の衝撃を緩和する為に魔力放出を行い、地面に滑り込むようにして着陸。ジークのストーレンが着地すると同時にその黒いストーレンは剣を構える手首をぐるんと回転させた。逆手に持ち構えたのではない。
その機械的な動きはジークたちの目には奇妙なものとして映った。
***
「おおりゃぁぁぁ!」
ジークたちの思考など考える由もないノーザは怒声と共に跳躍していたのだ。
黒いストーレン、ノーザの駆る機体はその勢いのまま剣をドラゴンの口中へと深く突き立てる。
その瞬間、ドラゴンと視線がぶつかった気がした。装甲に守られ、感じるはずのないドラゴンの吐息がぶわっと広がったような感覚が走る。
「てぇぇぇい!」
それは恐怖という形でノーザに降りかかるが、ノーザ自身もう逃げることなどできなかった。ストーレンには空中で軌道を変更するような噴射機のような機能はない。魔力放出によりわずかながらに落下コースを変更することは出来ても劇的なものではない。
精いっぱいの掛け声で恐怖を振り払い、剣を突き立てる。
剣先がドラゴンの額を捉え、肉を裂く。だが、強固な骨はストーレンの全体重をかけた一撃を弾く。それでも一度振り下ろされた剣はそのまま肉を切り裂きながら、口中へと滑り込んだ。
「きり裂けるの!?」
ノーザの不安をよそに滑り込んだ剣はドラゴンの右頬を切り裂き、首の関節の一つに引っ掛かるまで切り裂き続けた。ノーザのストーレンはそこで固定され、ドラゴンの首にとりつく形となったのだ。
「うわぁぁぁぁ!」
ダメージにもだえ苦しむのかドラゴンが不用意に暴れまわる。
余計なダメージを与えてしまったのか! そんな不安がよぎる。だけどそれよりもこのドラゴンを大人しくないと振り落とされて、自分も無事ではない。
ノーザはがっちりとドラゴンの首に掴まりながら、嫌だと思いつつもドラゴンの傷口にストーレンの左腕をねじ込み、骨を掴んだ。
よじ登ろうというのだが、そう簡単な事ではなかった。ずるっと鮮血に手を滑らせてしまったのだ。
「まず!」
そのまま落下していく機体の中で、ノーザは悲鳴を上げることもなかった。魔力放出による衝撃緩和を真っ先に考える必要があったからだ。二、三回空中で回転したのち、ノーザのストーレンはなんとか着地することが出来たが、仰向けのせいで、ノーザは額を軽く打ってしまった。
「ったいなぁ!」
涙を浮かべながらも、額を抑える暇もなかった。機体は仰向けのまま地面を殴りつけるようにして後ろへと下がる。機体の両腕に嫌な負荷がかかったようだが、数メートルの跳躍が出来た。
図らずもそこには兄が率いる部隊の真正面であった。
『その声は!』
ノーザはまた気が付かなかった。外部スピーカーがオンのままだったのだ。
『ノーザ!? なぜそれに乗っている、それは王都の兵士の……なんでだ!』
「お、お話もお叱りもあとで受けます! 今はドラゴン退治が先決でございましょう!」
『話をすり替えるな! ここは戦場であるぞ、子どもが来て良い場所ではない!』
「だから、お叱りはあとで! 来ますわ!」
普段からそうするように、ジークのストーレンがノーザの機体の肩を掴もうとするが、それよりも早く彼らは散開しなければいけなかった。
暴れまわるドラゴンが全身を使って彼らを押しつぶそうとしたからだ。
ドラゴンの武器はブレスだけではない。その巨体もまた武器なのだ。
『父上と母上はどうした!』
「無事なはずです! 陛下も!」
兄妹は全く同じ場所へ広がっていた。
『なぜそれに乗っている!』
「偶然ですわ。それ以外に説明できる言葉がありません!」
降り注ぐ建造物の破片を弾きながら、二体のストーレンが跳躍し、住居の屋根の上へと飛び乗った。
『捕縛魔法! 即時に展開しろ! ノーザ、お前は下がっていろ!』
「お兄様が心配だからここまで来たのですよ!」
ジークのストーレンは剣を指揮棒のように振るい、部下へと指示を送る。それと同時に妹への叱責。
一方のノーザは兄に反論しながらも、剣を構え、追撃の態勢を取った。
兄妹の口喧嘩が繰り広げられ一挙にして騒がしくなった戦場の中にいても、ジークの部下たちは優秀であった。
指示通りに彼らは四方へと散り、剣の先端をドラゴンへと向けた。同時に詠唱が開始され、黄色い光が剣先から発射される。それは光の糸であり、鎖であった。
幾重にも折り重なり、その光はドラゴンの体を拘束する。
だが、ドラゴンもまた抵抗していた。巨体を振るわせればそれだけで、拘束魔法を使うストーレンたちのバランスを崩していく。
ダメージを負っているというのに、そのようなパワーがまだ残っているのだ。
『下がれ、不要だ!』
「こっちにだって下がれない事情があるのに……!」
ノーザの言葉は呟きであった為に、ジークに届くことはなかった。
どっちにしろ、ここまできた以上、引き下がる時間もない。被害を抑えるには早々にドラゴンを潰す必要がある。
互いに言合せるわけでもなく、兄妹のストーレンは跳び、剣を振り下ろす。
狙いは首筋、ジークの狙いは動脈である。ノーザは特に狙いなどつけていない。ただジークに合わせただけだ。彼女は急所の位置など知らない。
「今度こそ倒れてよねぇ!」
二本の剣が同時箇所を突き刺す。
ドラゴンの絶叫が周囲一体へと木霊する。が、すぐさまその声はかき消え、ドラゴンはびくびくと全身を痙攣させ、首を降ろした。
それでもまだ胴体部分からの脈動は聞こえてくるような気がした。頭部にはもう動く気配はないのに、びくびくと全身に生えた小さな羽が小刻みに羽ばたいているのだ。
だが、ノーザはくたくたになりながら、操縦桿を手放し、座席へと深く沈んだ。
理屈ではない、本能的なものがドラゴンを仕留めたという実感を教えていた。その証拠に、羽の動きも次第に消えていった。
同時にノーザの駆るストーレンがブブブと奇妙な音を立てた。次いで、バフっと機体のわきの下、腹回りから黒色の煙が上がった。
連続の跳躍が機体に想像以上の負荷をかけていたのだ。ノーザにしてみれば「その程度の動きで?」という感じだが、そういうものだった。
完全に機能の停止したノーザストーレンはもう外部からの動きを待つしかなかった。
そして、ガチャンという音と共に背部のコクピットハッチが解放される。
陽の光が薄暗いコクピットに差し掛かり、人の影が写り込んだ。
ノーザが振り返ると、そこには、怒ったような、しかし困惑した笑みを浮かべたような、兄の姿があった。




