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十三話 影なる予兆

 たった数機のハイメタルガーデンでドラゴンを討伐出来たことは僥倖と言えた。本来であれば師団規模を投入した万全の装備で行うものだからだ。

 今回のような奇跡はまず起きない。いくつかの偶然が重なった結果であるのは戦いに関わった者なら当然思いつく結果であった。


 ノーザもジークも自分たちがいきなり才能に目覚めたとは思っていない。ノーザにしてみれば半ば勢いに駆られて飛び出したわけだし、ジークにしても妹のお転婆が功を奏した結果故に複雑なものだった。


『色々と聞きたいこともあるが、まずはこってりと父上のお叱りを受けてもらう。二度とこのようなことはするなと、私は肝に銘じさせたはずだがな』

「わかってます。何度も同じを事を……」

『わかっているなら、こんなことはしない』


 確かに今回の勝利の切っ掛けを招いたのはノーザであろう。結果論という言葉だけで見ればプラスな方向だったわけだが、それとは別にジークは兄として、騎士として、何より人間として妹を叱責しなければいけなかった。


 ジークは妹の無事を確認すると、再び自分の機体に戻り、動かなくなった黒色のストーレンを部下たちに運ばせた。

 ノーザは動かなくなったストーレンのコクピットで揺られながら、その状況に流されるままだった。


(嫌だわ。心臓が破裂しそう)


 戦いが終わってからというもの、ノーザは妙に興奮状態だった。巨大な敵を倒したという事実と生き残れたという事実が合わさり、高揚感が生まれていたのだ。

 自分は、とんでもないことをやったんだ。そう思うと、不謹慎であっても顔をほころばせるぐらいはしてしまう。


(ロボットに乗って、ドラゴンを倒した……私一人の力じゃないけど、これって……ものすごいことじゃない!)


 その感情を一言で現すなら感激といったところか。周辺及び王都兵の犠牲を考えると手放しで喜べるものではないのはわかる。それでもノーザはある意味では前世から願っていたこと、決してかなわぬと思っていたことが実現して昂っていた。

 その感情を表に爆発させないだけ、まだノーザには自制心というものがあった。


(それに、ジークが生き残った。それで何が変わるわけでもないけど、約束もあるしね。ジーク、お兄様にはぜひとも私の専用機を用意していただかないと)


 安堵感に包まれたノーザは意気揚々としていた。そして兄が約束を守ってくれることを願った。


***


 アイランディ貴下の国境警備隊の動きは迅速と言えた。事件が起きて半日も立たない内に彼らの中で動ける部隊はみな、一斉に街へとやってきたのだ。

 とはいえ、戦闘は終了していた。

 だが、各々が即座に用意できる全ての武器を携帯して、強行軍でやってきたことに対して、レダ国王はあらんかぎりの賛辞を贈った。


「素晴らしい。僅か数機のストーレンでドラゴンを撃退したばかりか、このような短時間で部隊が集結する。防人の家、アイランディの名は伊達ではないということだな」


 事件後、レダ国王は無事だった迎賓館に身を寄せた。流石に、今すぐに踵を返して王都に戻る余裕はなかった。アイランディの騎士団から何人か見繕って護衛としてあてがう必要もあったし、ドラゴンの出現に誘発されてその他のモンスターが出てこないとも限らないからだ。


「エーゲスは良い息子を持ったな」

「はーぁ!」


 その王の言葉にエーゲスは深く頭を下げた。その隣にはジークもいて、同様にした。レダ国王の隣にはウェンディーズ王子も座っており、その周りにはお歴々の部下たちが揃っていた。


「此度のドラゴン出現は天災のようなもの。それについて、罰はない。むしろ、私は感動した。あのようなことが起きても貴様の息子は勇猛果敢であった。私としても、彼のような若者が近衛騎士団にいることは誇りに思う。フフフ、騎士団長がいれば、私以上に喜んだやもしれんな」


 レダ国王は言葉の途中にジークへと意識を向けた。ジークもまたそのことを感じ、身を震わせた。

 お付の者たちからも拍手が送れる。


「ハッ、ありがたいお言葉です」 


 ジークは近衛騎士団の一員である以上、国王との謁見は初めてではない。だが、立場として騎士団の中の一人としてであり、個人としての謁見はなかった。

 それが、今は王から賛辞の言葉を受ける状況にいた。いかにジークと言えども緊張しないわけがなかったのだ。


「ここでは決められぬことだが、騎士ジークよ。お前には騎士団を任せてみるのもよいかもしれぬな。何にしても此度の武功、国からの褒美が下りぬのでは民にも示しがつかぬ。しばし、時を待て。悪いようにはせぬ」

「ハッ!」


 それは現状受けられる最大の褒美ともいえた。


(あーあ、固まってるわね)


 一連の流れをノーザは少し離れた場所で母パトリシアと共に眺めていた。

 パトリシアはいつもののほほんとした雰囲気ではなく、感動のあまり既に大泣き状態であった。誇らしいことなのだ。


「それと……ノーザといったか?」

「……! あ、はい!」


 突然の名ざしにノーザは変な声を上げてしまった。いや、どこかで呼ばれるんじゃないかという覚悟はあったのだが、いざそうなってみるとビクンと体が震える。


(全く、ジークのことをとやかくは言えないわね)


 一瞬にして緊張が走った。

 その場にいる全員の視線が自分に向けられているのだ。それも当たり前の感情といえる。

 ノーザは誰に言われるまでもなく、父たちの下へと移動し、国王たちお辞儀をした。


「ほぅ、この娘か。聞いておるぞ。兄のガーデンに忍び込んでは大暴れさせたとな」

「あ、そ、それは!」


 なぜか顔を赤くして慌てるのはエーゲスだった。


「それに今回の件。我が貴下の機体を動かしたとも……」

「陛下、娘のことは……」


 エーゲスは今度は顔を青くしていた。

 それをみてレダ国王は苦笑して、やんわりと首を横に振った。


「まぁ、待てエーゲス。私は何もこの娘を罰しようなどとは思っていない。しかし……可憐な少女であるが、その豪胆さは目を見張るものがあるな。それに、偶然とはいえその歳でガーデンを動かして見せた。それに、あの大立ち回り……はっはっは! 将来が楽しみではないか!」


 国王はご機嫌だった。

 それはある意味で、今回の迅速は動きは王国にとっても諸外国にアピールできるものだからだ。レクーツァ王国の部隊はいかなる事態にも迅速に行動でき、結果を出せる。

 レダ国王にしてみれば、ただの視察から思わぬ宝を掘り当てたことになるのだ。


「どうだ、ウェンディーズ。このような娘を迎え入れるというのは?」

「え?」


 突然何を言い出すんだこの王様は。ノーザは思わず面を上げて、国王の顔を見た。国王はにこにことしていて、真意の程はわからない。冗談のつもりなのかもしれないが、それこそノーザにしてみれば『冗談ではない』言葉だ。


「陛下、それはつまり……」


 そして父は妙に期待したような顔をしている。

 おい、やめろ。ノーザは思わずそう言いかけた。


「はっはっは! そう急くなエーゲス。決定した話ではない。流石に未来の王妃を決めるというものは私の一存では無理だ。だが、悪いようにはせんよ」

「私も構いませんよ、父上。力強い王妃というのは民を導くにはふさわしいかもしれません。今の世は、女も強くあらねばならないと母上もおっしゃっていましたし、王国の女騎士への示しにもなりましょう」

「うん? 王子もそう思うか? そうか」


 何やら流れがおかしな方向へと向かっている気がしてきた。

 というか、なぜあの流れで自分の結婚とかそういう話になるのかがさっぱりわからない。これが中世の世界観ということか?

 このような時代は西洋であれ、日本であれ、権力者との婚礼は最上の褒美と同等であった。そういう意味では、彼らの話は活躍を果たしたアイランディに対する褒美の話をしているだけなのかもしれない。


 だがノーザはそんなある意味では古い考えを持つ人間ではない。

 どこまでも現代的な思考の持ち主だし、さらに言えばそういう結婚とかどうとかの話には興味もなかった。


「いえ、陛下。そのお話はまだ……」


 ノーザはいったん深呼吸してから静かに言い放った。ピクリと、王と王子の眉が動く。機嫌を損ねたわけではない。ノーザの発言に興味を示しているのだ。


「ワタクシはまだ九歳。確かに婚約を結ぶという点においては問題もありませんが、ワタクシはまだ世間を知らぬ身。王族と連なる前にただの娘では意味がありません。それでは王家に恥をかかせることになるでしょう」


 貴族の生まれ故に礼儀作法はみっちり仕込まれているし、七歳の時の社交界以降もそれなりにパーティーには出席したので、全くわからないということはない。

 今出ているのは口から方便といったものだ。よくもここまで舌が回るものだとノーザ本人も驚いている。


「それに、ワタクシにも夢がございます」


 娘がまたなにか失礼なことをしようとしている。そう感じたエーゲスはノーザを止めようとしたが、レダ国王はそれを無言で制した。


「ほう、夢か」

「はい。ワタクシはいずれ近衛騎士団に入団しようと思っています。いえ、それだけではありません。いずれは騎士団長にまで上り詰めるつもりです。もちろん、王の剣となり、民の盾となるべく……これは、絶対に捻じ曲げたくない信念でございます」

「近衛騎士団に? まぁ確かに女の騎士がいなくもない。とすると、ノーザ。お前は王妃よりも騎士を取るということか?」

「正直に申し上げるならばそうなります」


 ノーザの言葉に一瞬周囲がざわつく。エーゲスに至っては泡を吹きそうな顔をしていた。ジークはただことの成り行きを見守っていた。


「王子はワタクシを強い女といいましたが違います。今回は偶然がよい方向に重なっただけであります。もしワタクシの目の前にストーレンがなければ今回のようなことにもなりませんでした。それに、一連の戦闘も、やはり全ては偶然が重なったもの……やはりワタクシの実力ではありません。そのような運だけの力で、未来の王妃の座をつかみ取るということは、自分が納得いかないのです。故に、証明をさせてください」

「証明?」

「ワタクシが真に強き女であれば、いずれ騎士となり、名を上げるでしょう。そうなった時、またお話をお聞かせくださいまし。もしそうでなければ、その程度の子どもだったということです」

「ふーむ」


 ノーザはでも自分でもなんでこんな言葉が出てくるのか不思議だった。それほどまでに結婚が嫌だったのかもしれない。その意識がそれらしい理屈をこうも立て並べさせたのだとすれば、自分は弁論の才能もあるんじゃないかと思う。

 この言葉に対して、レダ国王は顎を撫でた。エーゲスは白目をむきかけて、卒倒しそうになったのを秘書に受け止められていた。


「面白い話ではありませんか? 父上、この者の言葉、口から出まかせというわけでもないと思います」


 意外な助け船はウェンディーズ王子からだった。


「ここまで言い切るということは、この者にも相応の覚悟があると見ました。そうでなければ少女がストーレンを動かすこともないでしょう。私もこう述べる彼女の先を見てみたいと思います」


 息子の言葉に王はしばし思考を巡らせた。

 そしてややしてから口を開く。


「わかった。では、ノーザよ。お前のその夢、見せてもらおうか。フフフ、王の褒美をはねつけるとはな。噂以上のお転婆、じゃじゃ馬だ。だが、そのような気骨は嫌いではない。ただ頷くだけの者とは違うということだな?」


 ノーザは傅くことで返事を返した。

 レダ国王は満足な顔をしていた。


「防人の家、アイランディ。誇り高い一族であると思う。気に入ったぞ。エーゲスはよい子を育てたようだ。これからもその誇りを胸に我が王国に為に働いてくれ」


 国王はそれだけを伝えると臣下を連れて幕舎の中へと消えていった。


***


 その日の夜。レダ国王一行は迎賓館に泊まることになった。駆けつけた国境警備隊の面々はその周辺を警護する為に付き、その陣頭指揮にはジークの姿もあった。

 また彼らが討伐したドラゴンの死体はいまだ現場に放置されていた。四十メートルの巨体である。そう簡単に運び出せるものではなかった。


 横たわる死体はまだ熱を帯びていた。ドラゴンは死したが、その肉体にはまだ血が流れているのだ。とはいえ、起き上がり、動くことはできないだろう。

 その巨大な死体はアイランディの屋敷からでも見えた。ノーザは自室の窓からじっとその光景を眺めていた。

 疲れていた。


「ふわぁぁぁ。今日一日でくたくたよ全く」


 その口調は前世の頃のものだ。ノーザは一人になると度々そのような言葉使いをしていた。ワタクシが『私』である為のちょっとした息抜きだ。

 それにしても若い体というのは良いものだ。ストーレンの操縦、戦闘という極限の緊張状態を経て、確かに肉体の疲労はピークだったが、それでもまだ起きていられる元気があった。


「冗談じゃないわよねぇ。結婚とか婚約とか。こっちは興味ありませんよーだ。ま、うまくかわせたわけだし、結果オーライってわけね」


 あぁやって期限を先延ばしにしておけば向うが勝手に忘れるだろう。そんな考えもあって、言葉を続けたのだ。


「さて……思わぬ初陣だったけど、やっぱり身長がネックね……子供の体で操縦するためには特注のコクピットがいるわけだけど……ま、今は無理ね。でも、思いの外操縦に慣れていた……あの感覚を鈍らせる前にもっと練習しておきたいけど……」


 ストーレン、ロボットを動かし、戦った。

 再びその興奮が蘇る。あの感触は今でも思い出せる。心地よい振動、心滾らせる機械の駆動音、そしてそれを操る自分……にへらとノーザは笑みを浮かべた。


「えへへ~ロボット、操縦しちゃったぁ……いやぁまさかこんなことで夢が叶うなんてねぇ……」


 テンションが上がりっぱなしのノーザは似たような独り言をずっと続けていたのだ。


「さて、原作まであと数年。それまでに色々と準備も必要だわ。そしてゆくゆくはもっとロボットを……」


 明るい未来に思いをはせるノーザだったが、一瞬だけめまいを感じた。


「うっ……うぅん。やっぱり疲れが出てきたかしら」


 ぐしぐしと目頭を抑え、マッサージをしてみる。九歳の子どもがするような行動ではなかったが、誰も見てないし構わない。


「……ん? でもこの眩暈って……」


 それは確か今朝のこと……そうだ、この感覚は……。

 思い出す瞬間、猛烈な爆発音が街の方角から聞こえ、ノーザの鼓膜が大きく震えた。

 衝撃によるものなのか、大地が大きくゆれ、それは屋敷にも及んでいた。尻餅をついたノーザは何事かと思い、窓にへばりついて眺める。


「街が……」


 そこには夜の静けさに沈んでいた街はなく、紅蓮の炎に焼かれる壮絶な光景が繰り広げられていた。しかも、その場所はドラゴンの死体がおかれていた場所だ。

 なのに、ノーザは信じられないものを見た。炎に照らされ、巨大な影がゆらりと揺らめいていた。見間違えるはずもない。

 それはドラゴンだった。


「なんで……なんで生きてるのよ!」


 思わず叫んだ。

 しかし、ノーザの混乱をよそに死んでいたはずのドラゴンの影はぼろぼろと崩れ落ちていくように見えた。

 一体何が起きたのかさっぱりわからなかった。

 でも、ノーザは嫌な予感がしていた。街には指揮を続ける兄がいたはずだった。

 ノーザは距離ゆえに見えるわえもない兄のストーレンを探した。そしてはっと思い、迎賓館の方へと視線を向けた。兄は王の警護に当たっているかもしれない。そう思ったからだ。


「迎賓館は……無事ね!」


 炎が燃えさかる区画から迎賓館は遠く離れていた。そこに火の手がおよんでいるようには見えなかった。


「一体何が起きたって言うのよ……」


 死んだはずのドラゴンが実は生きていた? それともドラゴンの体液は気化するとあのような効果を及ぼすのか? どれほど考えても答えは出なかった。


 火災は一夜にして消え去った。

 ノーザは一睡もすることができなかった。それは街の混乱もあるが、屋敷中が落ち着かない空気だったからだ。安全の為ということであの爆発の後、ノーザは屋敷から出ることを禁止されていた。


 そして、翌日の朝。

 レダ国王付きの兵士の一人が屋敷を訪れていた。


「騎士ジークの死亡が確認されました」



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