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十一話 令嬢の初陣

「戦闘が始まった!?」


 ノーザは彼方で光るオレンジ色の炎と魔法であろう輝きを見た。一拍おいて爆音が響く。まばらに襲ってくる振動が大地を揺らし、人々の不安を煽っていくのだが、ノーザは何とか平常を保つことができていた。

 それでも、揺らめく黒煙を突き破るようにして姿を見せる四十メートルのドラゴンの姿を見れば、ノーザとて唖然とする。


 少なくとも前世では映画でしか見たことのない巨大な生物が炎を吐き出しているのだ。言葉を失うのは当然と言えた。

 知識として、この世界にモンスターがいることは知っていたし、この九年間の生活でそれらの存在にも出会ってきた。

 だが、そのどれもが確かに空想上の生物なのだが、その他の野生動物と大して違いがあるわけでもなく、また大きさもやはり動物だった。


 だが、今ノーザたちが目にしているのはそんな常識的な存在ではないのである。


「パトリシア、ノーザ、ここは危ない!」


 立ち眩みはもういいのだろう。エーゲスは妻と子の手を掴み、人の流れに乗るようにして、駆け出した。

 流石のノーザもここで父の手を振り払うということはしなかった。そんなことをしたところで、今のノーザにはどうすることもできないからだ。


(都合よくスーパーパワーが目覚めてくれるわけでもないか……!)


 ドラゴンを一発で屠れるような超弩級の魔法が今すぐにでも撃てるならさっさとしている。だが、あいにくと『ノーザ』の魔法の腕前は年相応であった。ノーザ自身の実力が低いわけではない。だが、この状況下で役に立つレベルかと言われればそうではない。

 父の手に引かれながら、とにかくその場から離れていくノーザ。


「ストーレンが……」


 逃げ惑う住民と入れ替わるように四体のストーレンが街の中心部へと駆け出していった。黒色に金色のラインを刻んだものは王都に配属されたストーレンである。

 その内の二体は巨大な大砲を脇に抱えていた。残る二体は給弾手なのか、背部には弾丸を詰めたのであろう籠が背負われていた。

 

 ハイメタルガーデンには飛び道具も存在するが、その中でも唯一まともに火力を発揮するのは城塞などに設置される大砲だったのだ。ハイメタルガーデンをそれを担ぐなり、抱えるなりして、装備する。

 一発に対して弾丸を詰め込む作業がネックではあるのだが、その火力は絶大だった。少なくともただ巨大にしただけで対した威力も発揮しない弓矢よりはマシだった。


 ドドンッ! と二門の大砲が発射される。それを放つパイロットの腕は確かだった。二機のストーレンによって撃ちだされた弾丸は間違いなくドラゴンへと命中した。だが、爆発の煙からぬっと姿を現すドラゴンは多少の出血を見せていたが、その歩みが遅くなるということはなかった。


「ブレスがくるぞぉぉぉ!」


 それが誰の叫び声だったのかはわからない。

 一つ確実なのは大砲による一撃がドラゴンの敵意を変えたということだ。そしてその狙いは今まさに大砲を放ったストーレンであった。

 カッと赤い閃光が走る! その瞬間撃ちだされた火球は轟音と共に大砲を持つストーレン達へと牙を向いた。


「やられちゃうよ!」


 ノーザが叫んだ……と同時に火球が二機の大砲持ちストーレンを包み込む。

 刹那、二機のストーレンの表面装甲があっという間に赤熱化、崩れ去り、手にした大砲の火薬に引火すると猛烈な爆発を起こして、粉砕されていく。

 その衝撃は背後に控えてた残りの二体をも巻き込み、果てにはノーザ達まで巻き込むことになった。


「あぁぁぁぁ!」


 自分の絶叫がいやに響いて聞こえた。その他のものたちの声は爆発のせいでかき消された。その衝撃のせいで、ノーザは両親たちと引き離されてしまった。


「ったいなぁ!」


 ごろごろと地面を転がった。しかも口の中に砂が入ってきた。ノーザはそれを吐き出しながら、全身に感じる痛みに文句を言った。

 皮肉にもそう感じることがノーザ自身、まだ自分が生きている理解できる唯一のものだった。耳鳴りもする。爆発を近くで聞いたせいだ。


「二人は……!」


 その時のノーザは『ノーザ』を演じる余裕などなかった。素の自分のまま咄嗟に言葉が出てしまったのだ。耳鳴りでくらくらする頭にも住民の悲鳴と絶叫は届いていた。しかも、先ほどの衝撃のせいで、位置関係もバラバラになり、それがさらに混乱を招いたようだった。

 その中から両親を見つけ出すのは、少し、無理そうだった。


 さらには、ガランッと乾いた鉄の音が木霊する。弧を描き、一体のストーレンが表面装甲を歪ませながら、弾き飛ばされたのだ。

 それは給弾を担っていた内の一体だった。弾薬を背負っていた籠はもはやなく、力なくうなだれた機械騎士がノーザの目の前に落下したのだ。


「うわ!」


 ドドッと振動と共に黒色のストーレンは地面を抉り、沈黙する。


(たった一撃で、このありさまって……!)


 そう。一撃である。ドラゴンのブレスがどれほど強力なものであるか、ノーザは知らないでもない。前世の記憶、『ゲーム』におけるドラゴンはイベントにしか登場しない存在だったが、たった数行の文でストーレンの部隊を壊滅させたとあった。

 それは、言ってみればドラゴンというモンスターの強大さを現す為の文章表現でしかなかったし、それを説明するイベントCGも存在しなかった。


「流石はドラゴンというべきか、それとも……」


 今まさに繰り広げられた光景はそんなちゃちなものではない。まさしく事実として、ノーザのドラゴンという存在の強大さを知らしめるものとなったのだ。

 とにかく、ここを離れるしかない。ノーザは立ち上がり、その場を立ち去ろうとした……だが……。


(この戦いのせいで、ジークが死ぬかもしれない……!)


 なんで、そんなことを今更思い出すのだろうか。

 ノーザはそのことが脳裏にちらつき、足を止めてしまった。もしかしたら違うかもしれない。兄はこの戦いでは死なないかもしれない。それでも、ノーザはそう感じてしまったのだ。

 状況が揃いすぎていた。だから、足が止まったのだ。


 優しい兄、自分に何かと気を使ってくれる兄、そして意外とお茶目な兄……そんな兄が死ぬ、かもしれない。


「……!」


 その瞬間、ノーザは自分でも何をバカなことをと呟きながら倒れたストーレンへと駆け出した。都合が良いというべきか、ストーレンは仰向けになって倒れていた。背部に存在するコクピットハッチに近寄るのは容易だった。

 しかも開閉装置は破損していないのも運が良かった。ノーザが慣れた手つきで操作するとハッチが強制解放される。


「うっ!」


 ドサリ、とハッチから男が落ちてきた。革の鎧を身にまとった兵士、このストーレンのパイロットだ。歳はそれなりにあるようで、三十代手前といったところか。

 右腕があらぬ方向に曲がり、額からはぱっくりと裂け、血があふれていた。しかし、兵士にはまだ、かすかに息があった。


「なんとか……!」


 怪我人を見捨てる程、ノーザは冷血ではない。だが、少女の体では大の大人を運ぶことなど到底無理だ。例え魔法を使ったとしても、それは不可能なのだ。

 だから、ノーザはストーレンを使うことに直結した。もうそれ以外、ノーザが選ぶべき選択肢は浮かぶことはなかった。

 仰向けになっているせいで、コクピットに入り込むのには苦労したが、それでも五秒と掛からなかった。


「エンジンは動いてる、あとは操縦桿を……!」


 とにかく機体を起こさなければいけない。身長が足りないせいで、若干ぶら下がるような形で操縦桿に手を伸ばすノーザ。脚に勢いをつけて、アクセルペダルを踏みこむと、機体がグラッと揺れる。


「しまった!」


 勢いが強すぎたのだ。それはいつかの日取ってしまった失敗と同じだった。それでもストーレンは倒れた胴体を起こすことには成功していた。

 周囲の景色が少し高くなることを確認したノーザはメインモニターになるクリスタルをぐるりと見渡す。

 足元を映しだすクリスタルには先ほどの兵士が横たわっていた。


「潰さないでよ……!」


 ノーザは慎重な操縦を要求されていた。繊細に、力加減を間違えぬように傷ついた兵士を掬い上げるようにストーレンの手のひらに乗せた。次は、彼をどこか安全な場所に運ばないといけない。


「あれは……王様一行?」


 その時、ノーザの視界に入ったのはこちらへと逃げ帰ってくる国王たちの姿だった。慌ただしく馬を走らせる姿には焦りと恐怖が混ざっていた。

 ノーザはあえてその一団へとストーレンを進ませた。先頭を走るエルフ耳の神官がこちらを制するように何事かを叫んでいた。


「どけ!」


 彼らにしてみれば愚鈍な騎士が王の逃げ道をふさいでいるように見えたのかもしれない。

 どうにもエルフ神官のその言葉使いにカチンときたノーザはムッとしたが、それでも堪えて、手のひらに乗せた兵士をその一団の下へと降ろす。


「その人、怪我をしているんです!」

「子どもの声……!?」


 ストーレンの手から兵士が現れ、そしてその兵士が乗っていたであろうストーレンからは見知らぬ子どもの声が聞こえる。

 混乱は当然だった。

 ノーザとてそれを理解していたが、構うことはなかった。


「とにかく、頼みましたからね!」


 ノーザがそれを告げると同時に再び真っ赤な閃光が彼方で発せられた。

 急がなければいけない。その思いだけがノーザを動かしていた。そこには王への敬意などなかったし、彼らの疑問に丁寧に答えてやるつもりもなかった。

 とにかく、兄を助けなければいけない。その思いだけがノーザを突き動かしてた。


「ジーク……! お兄様!」


 そして、ノーザの駆るストーレンは、跳んだ。

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