第二章 ②
「ほへぇ~……そんなことがあったんだぁ」
職員室に向かいながら、小唄に事件の説明をしてやる。
正直面倒くさかったけど、僕自身、事件を整理できたのでよしとする。
「そんな事件が起きてたなんて、まったく気づかなかったよ~」
「ふうん……噂に敏感すぎる小唄が知らないとなると、まだ生徒には知られてないみたいだね」
「わ、わたしそんなに噂好きじゃないよっ!」
叫ぶ小唄を無視して、すたこらと進む。
「わわっ!? ま、待ってよハル君!」
そうこうしているうちに職員室に到着。
引き戸特有のガラガラという音を鳴らしながら、職員室の中に入る。
室内は朝来たときとは大違いで、すっかり綺麗に片付いていた。
まあ、割れた窓ガラスはどうにもならなかったらしく、段ボールなどで補っているけど。
お疲れ様です、教職員の皆様。
「ハル君、なに目を細めて先生たちのこと見てるの?」
「……気にしないで」
気を取り直して、事件の話を聞くために担任の小林先生の姿を探す。
今朝と同じく机で作業していた担任を簡単に見つけ、そこに近づいていく。
「おう? どした?」
「いえ、事件の詳しい話を聞こうと思って」
他の教職員に聞こえないように、小さな声でそう言う。
「詳しい話って言ってもな……今朝話したこと以外、俺は知らないぞ」
「何か気付いたこととかないですか? いつもと何かが違ったとか」
「職員室の中が違ったな。めっちゃ散らかってた」
それは誰でも気が付くわ。
「……それ以外でお願いします」
「はっはっは、ちょっとしたジョークだ。許せ相沢。ん~そうだなぁ……」
少し思案を始める担任。
数分間そうしていると、担任は「あっ!」と声を上げ、右手で握りこぶしを作り左手のひらをポンッっと叩く。
何か思い出したみたいだ。
重要な手がかりが得られるかもしれない。
「そういえば、エロ本がなくなったんだよな」
心底どうでもいい情報だった。
「……冗談は顔だけにしてくださいよ」
「どういう意味だコラ!」
「いや、先生担当現国でしょう?」
「……言葉通りの意味だと? ……まあいいや、とにかく、嘘や冗談じゃない」
担任曰く、冗談ではなく本当らしい。
ゆっくりと、担任は話し始めた。
「前に、学校内、しかも職員室内でエロ本が見つかったんだが、どうやらそれがなくなったらしい。俺自身の目で見たわけじゃないんだけどな。その数およそ百冊だってさ」
「……なんで、そんなものが職員室に?」
教師の誰かが隠し持ってたのかな?
……そんなことするの、目の前にいるこの人しか思いつかないんだけど。
「お、俺じゃないぞ!」
どうだか。
「でも、見つかったエロ本を、なんでずっと職員室に置いてたんですか? さっさと処分すればよかったのに」
「さあ? 校長の話じゃ、処分しようとしている最中だったらしいぞ」
まさか、そのエロ本の持ち主って校長じゃないよな?
「犯人の目的って、案外そのエロ本だったりしてな」
「ねえよ」
口ではそう言うものの、僕はあながち間違いじゃないと思っていた。
犯行には、必ず動機があるはずだ。
隠していたエロ本がバレて、処分されようとしていたから、それを盗みに来た。
動機としては十分じゃ……いや、ないな。
ま、今は仮定の段階だ。
結論を出すのは、今じゃない。
「ま、エロ本が見つかったら、俺に報告しろよな。それ、ちゃんと処分しなきゃいけないからさ。ったく、新任だからって面倒な仕事は全部俺に押し付けるよな、学校も」
「乙です」
たしか、担任は教師になって今年が二年目らしい。
この学校にいる教師の中では、一番新任だったはずだ。
年も、二十五歳とまだ若い。
「つうかさ、早く事件解決してくれよ。この事件のせいで、俺、今週ずっと学校に泊まり込みすることになったんだぞ!」
「お疲れ様です。……本当に」
とりあえず、ここで得られる情報はこんなところだろうか。
僕は、担任に一応お礼を言い、職員室を後に――
……………………。
…………。
……何か、忘れているような――
「――って、容疑者のところに案内してくださいよ!」
「おお、そうだったな。忘れてたよ」
「しっかりしてくださいよ、もう」
僕も忘れてたけど。
「よし、この時間なら、もういいだろ。ちょっと待ってな。今確認してくっから」
ちらり、と職員室内の壁掛け時計を確認した後、担任はそう言って立ち上がり、どこかへ行ってしまった。
「…………」
「……そういえば小唄、やけに静かだったな」
思い出したように、横にいた小唄に声をかける。
いつもなら黙っていろって言ったところで、聞かずに歌いだしてしまうくらいうるさいのに、今はやけに静かだった。病気か?
「……ハル君って、わたしのことどういう風に思ってるの?」
「元気百倍! 騒がしすぎる生徒会書記」
「うっ! 的確過ぎてツッコめない……」
「んで? なんで静かだったんだよ? ありがたかったけど」
「わたしだって、騒いでいいときと駄目なときの区別ぐらいつくもん! ……たまに」
たまになんだ。
「今回は、真面目な話っぽかったし、邪魔したらハル君に悪いかなって思ったの」
「おお、小唄が小唄じゃないみたいだ」
「どういう意味さ!」
「いや、たまには静かな小唄もいいなってことだよ」
「ほ、本当? えへへ……」
扱いやすいやつだな、ホント。
「おう、待たせたな」
そうこうしているうちに、担任が帰ってきた。
「もう尋問……だっけ? それも今日は終わりにするらしいから、今からなら会えるぞ。行くか?」
国語教師が『尋問』を知らないって、
この国の教育機関はおかしいんじゃないか?
まあ、僕には関係な――あるのか。
でも、どうでもいいや。
今は、事件の調査だ。
「そうですか。なら、行きます」
「よし、行こうか」
担任の後を追い、職員室から出る。
「ハル君」
「ん?」
と、職員室を出た直後に、小唄が僕を呼び止めた。
「わたしが一緒に行っても、多分なんにもできないからさ。わたしはわたしで、色々と情報を集めてみるよ!」
ガッツポーズをする小唄。
確かに、一緒について来ても、小唄にできることは場の緊張を解くことと、場をかき乱すことぐらいだ。
正直、いない方がありがたいけど。
「……今回の事件のことは、誰にも知られちゃいけないんだからね。そこのところ、気を付けてよ?」
小唄の能力、『噂拡散器』にかかれば、あっという間に事件のことが校内中に知れ渡ることとなる。
前に一年生の誰かに彼女ができたっていう事実が発覚したとき、小唄に知れてから二〇分で校内中のみんなが知ってたし。
正直、心配すぎる。
「わかってるよ! 任せてくださいな!」
キーン、という効果音を口から発しながら、走り去っていく小唄。廊下は走るな。
まあ、今は小唄を信じるしかないか。
あいつも、一応生徒会役員だし、もう十五歳だ。
日本語くらい理解できるだろう。
「何やってんだ相沢。行くぞー」
「あ、はい」
先に進んでいた担任が、僕のことを呼ぶ。
僕は、小唄の口の軽さに若干の……いや、かなりの不安を覚えつつも、担任のもとへと向かう。
もちろん、走らずに、競歩でだ。




