第一章 ②
生徒会室を後にした僕は職員室を訪れていた。
扉には『会議中のため、立ち入り禁止』という張り紙が貼ってあったが、少し覗いてみると会議なんてしていなかったので、ゆっくりと扉を開けて中に入る。
もちろん失礼します、と言うのを忘れない。
「うわ……」
職員室の惨状はひどいものだった。
職員用の机は荒らされ、窓は割られ、無数のプリントが床に散乱している。
無駄に整理整頓された職員室の面影は、ほとんどなかった。
「おい、立ち入り禁止の張り紙が見えなかったのか?」
と、横から声。
見ると、僕の所属する一年三組の担任、小林秀紀先生が、机で作業していた。
「いえ、生徒会で事件の調査をすることになったらしいので、調べに来たんですけど」
「あん? あれ? 相沢って、生徒会役員だったっけ? 役職は?」
「……一応、副会長です」
「おおっ!? そうだったな。あはは、すまんすまん、忘れてたよ」
短めのソフトモヒカンの髪をぐちゃぐちゃとかき回しながら、全然申し訳なさそうにせずに謝る担任。
相変わらず、馬――コホン。阿呆だった。
「で、事件のことをお聞きしたいんですが」
「おうよ! 事件のことを生徒会に説明するようにって、校長の命令もあるからな。何でも聞いてくれ」
「では。僕、事件に関して何にも知らないので、一から説明をお願いします。わかりやすく、丁寧に」
「……教師使いの荒い奴だな、お前って」
愚痴を零しつつも、担任は事件の詳細を話し始める。
「今朝、たまたま早くに目が覚めたせいで、いつもよりも早い時間に職員室に来たんだ。確か、五時半頃だったと思う。
用務員さんにカギを借りて、職員室に入ったら、室内は荒らされていたってわけさ。
あ、俺が来たときと今の室内は、同じ状況だぞ。生徒会長が、「生徒会が調査するまで、現場を保存しておいてください」って校長に言ったらしいからな。……校長も、逆らえないんだよ、あの会長には」
どうにかしてくれ、と続ける担任に、僕は苦笑いしかできなかった。
うちの校長、この学校を有名にしたいって常日頃から呟いてるから、天才と名高い会長のことを優遇しているんだよな。過剰すぎるくらいに。
もっとも、そのおかげで生徒会室は校長室を含めた他の部屋よりも豪華だから、僕は何も言えないんだけど。
っと、話がずれてしまった。
今は、事件のことを考えなければ。
とりあえず僕は、会長とは比べ物にならないくらい低能な脳をフル回転させる。
「……昨日、最後に帰った人は?」
現状、怪しいのは最初に職員室に来た担任と、昨日一番最後に部屋を出た人物だ。
それに、これを聞いておけば、犯行時刻も絞れる。……推理漫画から得た知識だから、本当の事件に通用するかわからないけど。
「ああ、昨日は、この職員室で会議があったからな。火曜日の定例会議。それが終わったら、職員みんな一斉に帰ったぞ。まあ、最後に職員室を出たのは俺と校長だけど。カギも閉める必要があったからな。俺がカギを閉めて、それを用務員のおじさんに手渡してから、車で帰った。校長が、証人だ」
「何時頃ですか?」
「会議が終わったのが九時ジャストだから、九時十分ってところだな」
「う~ん……校長は、ちゃんと帰ったんですか?」
「ああ、最近浮気がバレそうらしいから、早く帰るってそそくさと車に乗り込んで外に出たのを見てたぞ」
校長、あんた何やってんだよ。
「そんな訳だから、犯行があったのは、大体昨夜二十二時から今朝の五時ってところだろうな。五時半からは野球部が朝練やってたりするし、怪しい人物はすぐに見つかるはずだしな」
「なるほど……」
確かに、犯行時刻はそれくらいだろう。
「多分、犯人は窓を割って中に入り、職員室の中を荒らした後、もう一度窓から出たんだろうよ。どうよ、俺の推理は?」
ふふん、と胸を張って、尋ねてくる担任。
どや顔でそんなこと言われても……。
「ああ、そうそう。この事件、トップシークレットだからな。誰にも言うなよ」
「はい、わかってます」
もしこの事件が生徒の耳に入ったら、そこから親の耳に入り、学校に文句を言いに来るかもしれない。
そうなると、学校側としても何かしらの対応をしなければならないだろう。例えば、警察に捜査を頼む、とか。
それは、避けたい。
そうなれば、会長の機嫌が悪くなるから。
「……ちなみにですけど、この事件を知ってるのって、誰がいるんですか?」
「ん? えーと……」
ソフトモヒカンをかき回し、うーんとうなりながら思考する担任。
どうやら、この人は何かを考えるときに頭をかき回す癖があるらしい。
どうでもいい情報をゲットした。
「……多分、俺と校長、教頭、あと生徒指導の権堂先生。それに、生徒会の連中だな」
「なるほど」
ということは、教職員の人間も、ほとんどが知らないことになるのか。
まあ、教職員から噂が広まることもあるかもしれないしね。
「ああ、容疑者の子も知ってることになるのか」
思い出したように言う担任。
容疑者、という単語を聞いて僕も思い出す。
この事件には容疑者がいることを。
「そういえば、容疑者の人って、誰なんですか?」
「ん? ああ、一年の轟だ」
轟? 聞いたことないな……。
僕の知り合いじゃなさそうだ。
知り合いだったら、警察には言わないから罪を認めろって言って調査終了だったのかもしれないのに。
まあ、仕方ない。
とりあえず、容疑者の人に話を聞きたいな。
「今、轟さんってどこにいます?」
「さあ?」
さあ? ってあんた。
使えない人だな。
「多分、校長か権堂先生のとこだけど……今は会えないと思うぞ?」
「……いつなら会えます?」
「放課後だな。五時には解放しなければならないから、その頃俺のところに来いよ。案内してやる」
うーん。
帰る前のHRが終わるのが大体四時頃だから、少し事件の調査をしてから行くことになるのかな。
「そうですか」
「……礼は言わないのな」
「はい?」
「いや、いいさ。……んじゃ、俺は授業の準備をしなきゃいけないから、もう行くぞ」
立ち上がり、どこかへ移動しようとする担任。
「? 職員室はここですよ? ついに頭がイカれてしまったんですか?」
「教師に対してその言葉遣いはどうかと思うぞ?」
「? ちゃんと敬語遣いましたけど?」
「……もういいよ。俺たち教職員は、第二視聴覚室を臨時職員室にしてるんだよ。もし何かあったら、俺はそこにいるからな」
少し瞳をうるうるさせながら、職員室を後にする担任。
どうしたのかな?
「……っと」
そんなことはどうでもいい。
授業開始前に、この職員室を調べないと。
僕は、職員室内をくまなく歩き回る。
それでも、特に何かを見つけられるわけでもなかった。
当たり前だ。
僕は、一介の男子高校生であって、捜査のプロではないのだから。
荒らされた机、倒れたゴミ箱、割れた窓。
「……ん?」
ふと、あることに気付いた。
窓のあったところに、慎重に近づいていく。
「……これって」
足元を見渡す。
そこには、本来あるべきもの(・・・・・・)がなかった。
ガラスの破片。
それが、散乱していなかった。
「……あ。あった」
最新の注意を払い、窓枠から身を乗り出して職員室の外を見る。
地面に、割れた窓ガラスの破片が散乱していた。
これは、つまりだ。
担任がさっき言っていた
『多分、犯人は窓を割って中に入り、職員室の中を荒らした後、もう一度窓から出たんだろうよ。どうよ、俺の推理は?』
という推理。
僕もそうだろうと思っていたけど、こうして窓ガラスが外に散乱しているってことは。
犯人は窓ガラスを割って職員室に入った、のではなく。
職員室の中から窓ガラスを割った、ということになる。
「……でも」
それがわかったところで、犯人がすぐにわかるわけでもない。
これから、どうしようかな。
「……はぁ」
考えたってしょうがない。
僕は、職員室内の調査を再開した。




