第一章 ①
「事件よ、春秋!」
夏休みが明け、少し日が経った九月の中頃。
僕、相沢春秋は、早すぎるモーニングコールによって、朝っぱらからこの私立常盤高校三階にある、生徒会室に呼び出されていた。
教室二つ分はありそうな広さの部屋に、役員全員に割り振られている机とパソコン。壁には、絵画なんかが飾られていて、とても学校の中の部屋とは思えない。
ドラマとかに出てくる金持ちの家って感じだ。
そんな豪華すぎる生徒会室の中心。『生徒会会長』と書かれた三角錐を立ててある机に、ふんぞり返って座るのが、僕を呼び出した張本人である、生徒会長の黒咲詩杏だった。
会長は、ニコニコと上機嫌な笑みを浮かべている。
「……事件、ですか?」
「そ、事件♪」
心底楽しそうな笑みを浮かべる会長。
そんな会長の笑みを見て、僕はまたやっかいごとに巻き込まれるんだろうな、と一つ嘆息を漏らす。
「それで? 事件って、何が起きたんです?」
本当ならスルーしたいところだが、僕はそう尋ねた。スルーしてしまうと、会長の機嫌が著しく悪くなってしまうから。
「なんでも、昨夜のうちに職員室が荒らされたらしいのよ」
「職員室が?」
「そ。チラッとしか見てないけど、窓とかも割れて、結構ひどかったわね」
どうなってるんだ、うちの学校のセキュリティは。
「……犯人は?」
「学校側は、うちの生徒の一人を容疑者と考えて、現在生徒指導室で尋問中らしいわ」
なんだ、もう事件は解決したようなものじゃないか。
「警察に言えば、それで終わりじゃないですか、この事件。当然、学校は警察に通報したんでしょう?」
「いいえ。最近は、モンスターペアレントとかが怖いらしいから、警察に言うかどうか、悩んでるらしいの。容疑者も、無罪を主張してるらしいからね」
「…………」
なるほど。
事件のあらましは、わかった。
でも、そんな事件があったから、なんだと言うのだろうか?
生徒会副会長を務めていると言っても、一介の学生たる僕には、関係のない話だろう。
――普通なら。
「それで? それを聞いた会長は、どうしたんですか?」
少なくとも、目の前にいる生徒会長、黒咲詩杏は、普通じゃない。
『常盤高校始まって以来の頭脳の持ち主』『日本の将来を背負って立つ逸材』『IQ180』『完璧超人』etc……。
会長を表現する言葉は、数多く存在する。
何故か?
簡単だ。
それは、黒咲詩杏が天才だから。
幼い頃からずっと一緒にいる僕が保証する。彼女は天才だ。
こんな話がある。会長は、以前行われた高校の期末テストで、全教科九十九点を取ったことがあった。
全教科百点をとることは、頭のいい人間なら難しくない、だが、全教科九十九点は並みの天才には難しい。テスト内のいずれかの問のうち、正解でも間違いでもない、△の点数をもらわないと無理だからだ。
曰く、研究者は完璧を求めてはいけないかららしい。会長は研究者じゃないでしょうに。
話がずれてしまったが、とにかく、会長は天才だ。
そして、会長曰く、天才は常に退屈しているらしい。
簡単に言えば、会長は面白いことがあると、首を突っ込みたがるのだ。
「決まってるじゃない」
立ち上がり、腰の辺りまで伸びた黒髪を右手でかき上げる。
「生徒会が事件の調査をすることにしたわ」
ああ、やっぱり。
この人、ろくなことをしない。
「……学校は、納得したんですか?」
「勿論よ」
ほんっと役立たずだなこの学校は!
「と、いうわけで。春秋、貴方が調査してきて」
「……はい? なんで僕が?」
「生徒会役員で適任なのは、春秋だけでしょう?」
さも当然だと言うようにそう答える会長。
だけど、僕も引き下がるわけにはいかない。
バンッ、と机を叩いて異議を唱える。
「いやいや、会長とか藤倉先輩とか、もっと適任がいるでしょう?」
「……私は、忙しい」
今の今まで黙っていた、生徒会会計の藤倉雪先輩が小さく声を上げる。忙しいって、読書してるだけじゃないですか。
っていうか、いたんですね藤倉先輩。
すみません。全然気づきませんでした。
そんな藤倉先輩を援護するように、会長が口を開く。
「来月に控える文化祭のことで、会長の私と会計職を担当する雪は忙しいのよ。他の役員のほぼ全員が、それぞれ文化祭の仕事を抱えているの。今現在事件の調査ができるのは春秋だけなのよ」
「僕だって、文化祭のことがあるでしょう?」
「今は必要ないわ」
「うわ~」
言い切られたよ。
「……会長、こういう面白そうなことに首突っ込むの、好きじゃないですか。なんで今回は突っ込まないんですか?」
「簡単よ。私にとっては、そんな事件よりも、どうやって文化祭を盛り上げようかを考える方が面白いもの」
なら事件の調査をするなんて言わないでほしい。
「……そうですか」
「頼んだわよ?」
僕を見つめてくる会長の言葉に、しぶしぶ頷いた。
だって、会長の頼みは断れないから。




