第二章 ⑬
「急に大きな声を出さないでくれ……おじさん、驚いちゃうよ」
「ああ、すいません。それで、本当なんですか! その『赤いジャージの人間』ってのを見たって!?」
「ああ、本当だとも。校舎から出てきたところに、おじさんがたまたま通りかかってね。その赤いジャージの人間は、少し驚いた後、すぐにどこかに行っちゃったよ」
「な、何時頃の話ですか?」
「ええと……そうだな……たしか、四時四五分頃……だったかな」
「そ、その人の顔、見ましたか?」
「いいや、見てないよ。だから、男か女かもわからないよ」
「身長は? 体重は? 背格好は?」
「そんないっぺんに聞かないでくれ。おじさん混乱しちゃうよ。ええと……すまない。覚えてない」
「そ、そんな……」
肝心なところで使えやしない!
くそっ!
……いや、でも、こんな重大な手がかり、今まで見つかってなかったわけだし。
ここはおじさんに感謝すべきだろう。
「ああ、でも。監視カメラに映ってると思うよ、その人」
「なっ!? か、監視カメラがあるんですか!?」
「ああ。この学校の、正面玄関だけにね。なんでも、試験的に運用するだとかって言っていたよ。公にはされていないはずだから、教職員の人たちも含めて、ほとんどの人間が知らないはずだよ」
おいおい!
おじさん、あんた最高だぜ!
「そ、その監視カメラ、見せてもらうことはできますか?」
「うーん……まあ、事件の調査だっていうなら、まあいいか。じゃあ、行こうか」
そう言ってこたつから出ると、おじさんは少し身支度を整え、僕を連れてセキュリティルームみたいなところに連れてきてくれた。
セキュリティルームは、学校の端、僕がこの前思考に耽っていたトイレの、下だった。
地下室へと続く階段は、トイレの横の、小さな扉。
正直、そこは消火器かなにかが入っているとことだと思っていたけど、違ったらしい。
驚いた。
地下室って、漫画みたいだ。
セキュリティルームの中は、用務員室と同じくらい狭かった。
壁には数台のモニターがあって、後は、パソコンが二台あるだけ。
いかにもセキュリティルームって感じだ。
セキュリティルーム、見たことないんだけどさ。
「これが、玄関の監視カメラの映像だよ」
おじさんがモニターを指さす。
壁のモニターは、全部で六あったけど、映像が映ってるのはそこだけだ。
その画面には、たしかに正面玄関の映像が映っている。カメラは、ちょうど玄関を正面の少し上から見下ろす感じで映していた。
これなら、犯人らしき人間の映像も映ってるだろう。
ちなみに、映像はモノクロだった。カラーだったらよかったんだけど、今はそんなこと言っても仕方ない。
「ちょーっと待っててくれよ。おじさん、機械の操作は、あんまり得意じゃなくてね。時間がかかるんだ」
どうしてこんな人に監視カメラの管理を任せたんだよ。
この学校、ちょっとおかしいよな。
「ああ、これこれ。この時間のデータだよ。今、モニターに映すからね」
カタカタと、不慣れた手つきでパソコンをいじるおじさん。
おじさんの宣言通り、さっきまで何も映っていなかったモニターの一つに、映像が映し出された。
画面の左下に、『2011/9/14/4:43』って表示されてある。
これは、カメラの映像の日時を表すものだろう。
九月十四日。
すなわち、昨日。
「それじゃ、再生するよ」
おじさんがそう言うと、止まっていた映像が動き出す。
映像が再生されて、数分。
画面の中に、人影が映った。
それは、
「……か、会長?」
生徒会長、黒咲詩杏の姿。
恰好は普段通りの制服。赤いジャージ姿ではなかった。
それから数分後。
映像の中で、
――パリーン!
という、ガラスが割れたような音が聞こえた。
犯人が、職員室の窓を割ったんだろう。
そして、
「あ!」
玄関から、おじさんの言っていた人物が出てきた。
モノクロの映像だから、色はわからないけど、ジャージ姿で、フードを深くかぶり、右手にはバット。
いかにも「私が犯人です」って主張している感じだ。
「このジャージ、映像じゃわからないけど、真っ赤だったよ」
横からおじさんが補足説明をしてくれる。
そして、映像の端からおじさんが現れ、玄関の中に入っていった。
このとき、男の姿を見ていたんだろう。
「…………」
間違いない。
この赤いジャージの人物が、犯人だ。
そして、現時点で一番怪しいのは、監視カメラに映っていた、会長だろう。
「ここで、怪しい映像は終わりだよ。一応、その後も流してみるね」
おじさんがそう言い、映像を早送りし始めた。
しばらくして、轟さんが現れ中に入っていく。
鞄を置きに来たんだろう。
そのすぐ後、小林先生が登場。玄関の中に入っていく。
この後、担任が事件を発見するんだろう。
左下に、『2011/9/14/5:34』って表示されている。
「……ここまででいいかい?」
「……はい」
「わかった」
おじさんが、映像を消す。
「どうかな? 役に立ちそう?」
「ええ、かなり」
「そう。ならよかったよ」
柔和な笑みを浮かべるおじさん。
いい人だなぁ~。
「……一つ、聞きたいんですけど」
「なんだい?」
「5時までに開けたのは、正面玄関の鍵だけですか?」
「ああ、そうだよ。他の場所のカギは、五時三十分頃に開けることになっているからね」
「……そうですか」
なら、会長はどこに行ったのか?
どこもカギが開いてないのに。
このジャージの人物は会長だとしたら、それは考えなくてもいいんだけど。
「おじさん。この話、他の誰かにしましたか?」
「いんや、誰にもしてないよ。君が初めてだ。誰も聞きに来なかったしね」
「そうですか……このビデオ、借りることはできないんですか?」
何かの役に立つかもしれないし。
「ん? ああ、この部分だけなら、大丈夫だよ。ただ、あんまり長い間は貸してあげられないけどね」
「わかりました。明日だけ借りられればいいんです」
「そうかい。なら、ちょっと待っててくれよ」
カタカタとパソコンを操作するおじさん。
「ええと……こうだったかな? あれ? なんか変になっちゃった!?」
大丈夫なのかな?
「おお、できた。はい、これ」
ようやくできたのか、おじさんがビデオテープを貸してくれる。
「ありがとうございました、色々と」
「いいんだよ。子供が困ってるのを助けるのが、大人の役目だからね」
か、感動した。
なんていい人なんだ、このおじさん。
大人の鑑だよ。
「それじゃ、すみませんが僕は帰らせてもらいます」
「ああ、おじさんはこれからもう一仕事あるから。またね」
おじさんと一緒にセキュリティルームを出たところで、僕はおじさんに挨拶して、おじさんと別れた。
今日は、小唄にも先に帰れって言ってあるから、電話しなくても大丈夫だ。
今日は、僕ももう帰ろう。
ようやく――
ようやく、犯人の姿も見えてきたことだしね。




