第二章 ⑩
「あたしに用事があるって、そこの元気娘から聞いたけど……何?」
「えへへ……元気娘って、わたしのことですか~? 照れちゃいますぅ~」
褒めてないと思うんだけど。
ま、今は小唄なんてどうでもいい。
「うん。事件のあった日の君の行動を聞きたいんだ」
「……はぁ」
深々と溜め息をつく轟さん。
「ごめん……嫌、かな?」
「……いいや。もう権堂のゴリラに何回も話してるから、別に構わないさ」
轟さん、相当ストレスが溜まっていたみたいだ。
言葉の端々から、怒りを感じる。
「ええと、事件のあった日の行動だったっけ?
あたしは、朝早くに散歩するのが日課で、その日も四時半には学校に来てた。
正面玄関が開くのは五時頃だって知ってたから、それまで中庭を散歩してたんだ。
それで、五時になったら、教室に鞄を置いて、もう一度散歩してた。
そんで、この中庭で休んでいたときに、権堂のゴリラ野郎があたしのとこに走ってきて、腕を掴んで生徒指導室に連れて行ったんだよ。あれ、セクハラじゃねえか、くそゴリラ野郎! 今度ぶっ殺してやる!
……そんなとこ、かな」
なんか、途中におっかない言葉が聞こえた気がするけど、まあいいか。
うーん……。
「証明してくれる人はいないんだよね?」
「……いないよ」
証人がいない以上、轟さんが嘘をついている可能性も否定できない。
なんで轟さんが容疑者にされたのか、その一番の理由はよくわからないけど、やっぱり現時点で一番怪しいんだよなぁ~。
「じゃあさ、なんで散歩なんかしてるの?」
轟さんに聞いておかなければいけないことの一つを、僕は尋ねる。
轟さんは、ふいっとそっぽを向き、
「別にいいだろ、散歩してたって」
そう答えた。
やっぱり、何かを隠してる感じがするんだよなぁ。
散歩する理由をそれほど隠すのはなんでだろう?
事件解決のために、ぜひとも手に入れたい情報だ。
でも、どうやって聞き出そう?
力ずく?
「……無理だよ」
「? 何がだ?」
「ううん、なんでもない」
だって、轟さんって、喧嘩慣れしてそうだし。
怖いし。
なら、理論的に追い詰めて、白状させる?
それも無理だよ。
だって、僕は凡人だ。
なら、少し脅してみようか。
「轟さん。このままだと君、警察に捕まっちゃうよ?」
「? どういうことだ?」
「職員室で起きた事件、本来なら、警察に言うはずだったんだ。
でも、うちの会長が、生徒会役員に調査させるから、それの結論が出るまで待てって学校と交渉したんだ。
だから、僕がこうして調査してる。でも、このままだと、僕は真犯人を見つけられないで、犯人は轟さんってことで事件が解決されてしまうかもしれないんだよ?」
「…………」
黙り込んでしまった。
もうひと押しかな?
「だから、もし轟さんが無実だっていうなら、僕になんでも話してほしいんだ。それが、事件解決につながってくると思うから」
「…………」
それから、長い時間が流れた。
いや、多分、実際はほんの数分のことだったのだろうけど。
轟さんが口を開くまでの沈黙は、時が止まってしまったかのように感じた。
「あたしさ……」
ゆっくりと、言葉を紡ぎ始める轟さん。
「こんな見た目してるけどさ、ホントは、不良なんかじゃないんだ。信じられないかもしれないけどさ」
「……信じるよ、少なくとも、僕は」
確かに、見た目は怖いと思うけど。
でも、今の轟さんからは、優しい雰囲気が漂っているから。
「わ、わたしも信じるよ!」
今まで黙ってたのが信じられない小唄も、そう言った。
「……ありがと」
にっこりと笑顔を浮かべる轟さん。
そんな笑顔に、僕が少しときめいてしまったのは、内緒だ。
「あたしにはさ、夢があるんだ」
「夢?」
散歩の件と関係ないように思えるけど、今は黙って聞き続ける。
「笑うなよ?」
念を押すようにそう言う轟さん。
僕は、
「絶対に笑わないよ」
と固く誓う。
小唄も、そんな僕に倣って、
「わたしも誓います!」
と続けた。
轟さんは、再度「ありがと」と礼を知ってから、ゆっくりと話し始める。
「あたしさ、小説家になりたいんだ。恋愛小説家に。
笑っちまうだろ? こんな見た目で、恋愛小説家だなんて。
でも、さ、本気なんだ。本気で、目指してる。
今も、大賞に応募する作品を書いてるんだけどさ、なかなかうまくいかないんだ。スランプってやつかな。
それでさ、あたし、書けなくなると朝早くに散歩する癖があるんだ。
ここ最近は、ずっとそうしてた。
事件当日の日も。
証人はいないけど、信じてほしい」




