第二章 ⑥
「やっほー!! ハル君!」
「やっほー春秋」
生徒会室に入った僕を迎えてくれたのは、小唄のテンションが高すぎる声と、棒読みの会長の声。
棒読みとは、ちょっとひどい。
「どう? 事件の方は?」
そんな僕の思いなんて知らないといった感じに、パソコンをカタカタといじりながら会長が尋ねてくる。
どう? って言われても……。
「……さっぱりです」
「そ。なら、さっさと調べに行きなさい。時間は、あと二十四時間くらいしかないわよ」
「ええ、わかってますけど」
時間がないのはわかっている。
だから、僕はヒントを求めにここに来たのだ。
急がば回れ、って言うし。
「会長。何かヒントくれませんか?」
「ヒント?」
作業の手を止めないまま、顔を上げる会長。
カタカタと、凄いスピードでキーボードを打ち続ける音が聞こえるけど、画面を見てなくても大丈夫なのか?
これも、天才のなせる技ってやつなのかな。
「駄目ですか?」
「……仕方ないわねぇ。可愛い部下の為だし」
少しの逡巡の後、そう答えてくれる会長。
「くれるんですか? ヒント」
「ええ。と言っても、簡単なものだけどね」
あら、ホントにくれるみたい、ヒント。
これは超ラッキーだ。
「ふむ……」
少し悩む会長。
多分、何て言うか考えているのだろう。
答えに近すぎず、かといって遠すぎず、みたいなヒントを。
「春秋」
「はい」
数秒の思案の後、会長が声を上げた。
「推理小説の禁じ手というものがあるでしょう? 『ノックスの十戒』と『ヴァン・ダインの二十則』のこと」
「いや、知りませんけど」
会長が知っていることを、皆が知っているとは思わないでほしい。
……僕が知らないだけかもしれないけど。
「あるのよ。そういうのがね。少しは勉強しておきなさい」
「……善処します」
多分、三日で忘れると思うけど。その、ノックスの何とかってやつ。すみません会長。三十秒ともちませんでした。
「その中に、『犯人は話の最初から出ている人物でなければならない。しかし、読者が疑うことのできないような人物であってはならない』っていうのがあるの。推理小説じゃないけど、今回の事件にも、これが当てはまるのよ」
後は自分で考えなさいと言って、会長は作業に戻ってしまった。
……つまり、どういうことだってばよ?
いや、わかったけどさ。
ていうか、本当に会長には犯人がわかってるんだなぁ。
やっぱり、天才は凡人とは違う。
「よーし! 事件の調査に行こうよハル君!」
僕の腕を掴み、小唄がそう言った。
小唄、今日もついてくる気なんだね。
「小唄、今日はついてこなくてもいいよ」
「がーん! それって、わたし邪魔ってこと!?」
「…………」
面倒くさいぞ、この娘。
仕方ない、機嫌を損ねないように、小唄と別行動をするように言ってみよう。
「小唄は、僕とは違う方面から事件のことを調べてよ。僕が見つけられないことでも、小唄なら見つけられることがあるかもしれないでしょ?」
「なるほど。適材適所っていうやつだね!」
違うよ。いや、あながち間違いじゃないのかも。
「そういうこと。だから、小唄は小唄で調べてみてよ」
「う、うん! わたし、頑張るよ! ふぁいと、だよっ!」
本人曰く『貧乳はステーテスなんだよっ! ま、負け惜しみじゃないからね!』という胸の前で、小さくガッツポーズをとる小唄。
「……う」
そんな仕草と、年齢よりも幼く見える容姿のせいで、今不覚にも小唄のことを可愛いと思ってしまった。
猛省しなければ。
「ではでは、わたしはわたしで調査をしてみるのですよ! ハル君アデュー!」
そう言い残して生徒会室から出ていく小唄。
だから、走るなと。
「豆知識だけど、この場合、アデューというのは適切ではないわ。『アデュー』というのには、今生の別れだとか、もう二度と会えない、会わない、会いたくない、みたいな意味が込められるから。今の場合だと、『サリュー』が適切ね」
後ろから、会長の説明が聞こえてくる。
会長、そんなことまで知ってるんだな、と改めて感心してしまう。
会長の脳内には、どれだけの知識が詰め込まれているのだろうか。
10万千3000冊の本でもあるのか?
「春秋は行かなくてもいいの?」
そんなどうでもいいことを考えていると、会長がそう言ってきた。
そうだ、僕もそろそろ行かないと。
「行ってきます」
「行ってらっしゃ~い♪」
会長に見送られながら、僕は生徒会室を後にした。




