孫を守るためなら児相にも嘘をつく。元市役所職員です
◇
「なんだとーーーーーー!」
なんでこうなるのだ。
娘が先生と話している間、ワシは診察室の少し離れたところで看護師さんと待っていた……が、会話は丸聞こえ。
まあ、普通三歳児が聞いて分かる内容じゃない。
しかしワシが余計なことを言ったばかりに事件になっとるのは確かだぞ。
これではキラト君を救うどころか追い込んでしまっている。
「ねえ、助手席になんで乗っているの?」
「はっ?」
しまった、無意識に助手席に乗ってしまっていたではないか。早速降りて後席のチャイルドシートに乗り換えた。こういうところだ。変に大人だとバレそうになる原因は。
「キラトごめんね。なんか私たち追い込んじゃってたみたいで。ジイジもいなくなって大変だったしね」
そーいうところ! ワシは関係ない! と思う。
まず自分とマコト君のことを考えなさい。
だがそんなことは言えない。ワシが四十九日で天界にスッとばされてキラト君に戻ったら、児相にブチ込まれていた。それだけは避けなければならんぞ。
前に思わずセブンスターを吸ってやろうと思ったが、吸わなくてよかった。
残念だが天界に送られてから喫煙しよう。
家に戻ると富江が既に夕飯を作ってくれていた。
「結構キツいこと言われたよ。虐待だって」
「虐待? 叩いてたの」
「それはしてないけど、なんか会わせなかったりするのも虐待なんだって」
「そうね、母さんはよく分からないけど」
「全く、アイツに関わると碌なことにならないよ。病院なんて連れて行かなきゃよかった」
娘は肉じゃがをヒョイと口に入れると、みそ汁で流し込んでいる。
「良いわねえ。今の時代は誰かのせいにできるってのはね」
富江は箸を置いてじっと娘を見ている。
「な、なによ。母さんまでアイツが正しいっていうの」
「ううん。夫婦のどっちが悪いかなんて、他人が口を出せるものじゃないって母さんは思っているよ。ただ、ヒカリが小さい頃は、どっちが悪いかじゃなくて、夫婦二人で育てていくのが当たり前だったの。何かあれば、夫か妻かじゃなくて『その家の問題』として考えるところがあったのよ」
「はあ? 家って」
「例えばアナタは今、別の男の人と会っているでしょ。離婚するのも構わないけど、母さんはそれを知っている以上、マコトさんの親とは顔を合わせづらいわね。アナタのしたことでも、この家のことだと思ってしまうのよ。父さんのことだって悪く言われたくないしね。だからといってヒカリが悪いとも思わない。それも家族であって、家の者だからよ」
「う、うん……ごめん」
富江はまた食事に戻った。相変わらず綺麗に焼き魚を食べるものだ。ワシは死ぬまでこんな綺麗には食べられなかったな……今もだけど。
「謝ることないわよ。私の頃の正解と今が違うように、ヒカリが今度おばあちゃんになったらまた、違う当たり前があるんだろうから」
富江がこうしてヒカリをたしなめるのは、初めてじゃないだろうか。ワシは仏壇に目を向けた。
ワシの親が祀られている仏壇の横には、いまだに大きな穴が空いている。
ヒカリが年頃の時、なにかにブチギレて回し蹴りをかましたら、大きな穴が空いてしまったのだ。
ワシがヒカリを怒って引っ叩いたのも、それが最初で最後かもしれない。そしてワシの遺影は、まだ仏壇には飾られていない。
今のうち、仏壇に飾るならもう少しイケている画像にしてくれと、富江に頼んでおこうか。
そんなことを考えながら、焼き魚をなるべく丁寧に食べてみた。
なぜか富江と同じくらい魚を食べられればワシにも妙案が浮かぶような気がしたのかもしれない。
◇
「では定期的に確認に来ますから、必ずご対応くださいね」
そう言い残して児相職員は帰っていった。
ふっふっふ。なんてことはない。仏壇の引き出しにワシのスマホがあったので、事前に児童相談所のことを調べておいたのだ。
娘とは引き離され色々聞かれたが、都合の悪いことは全部ごまかしてやったわ。クックック。
父親とも会っているし、ママはジイジの事件があって帰ってきたと聞いている。家では特に問題もなく、平和に暮らしている。そんな具合だ。
元市役所職員を舐めるでない。児相がどんなところかはお見通しだ。市役所から児相へ異動辞令が出れば辞めるやつがいるほどだ。キラト君をそんなところへ行かせてたまるか。
家庭のことは富江には敵わんが、公務員としてなら話は別だ。ミスター公務員!
ことなかれ対応ではワシの右に出る者はいないぜ。
しかし、このあとマコト君がワシの家にやってくる。
富江の話を聞いて、復縁が正しいことではないと分かった。まずはヒカリ自身の問題であり、間男との関係にもケジメをつけなければならない。
マコト君とは半日一緒にいただけだが、あの完璧さには恐怖すら感じた。探偵まで雇っているのだから、娘のことなど全部知っているのだろう。恐らく信用なんて一切していない。
だが目的が分からない。キラト君と暮らしたいのか。そのために裁判を起こすのか。ワシにはなにも分からない。
こんなことなら生前、もっと酒にでも誘えばよかった……いや、今思えば酔ったワシの腹の内まで見透かされそうだな。最強だ。チート夫はヒカリには難しすぎた。
そして、問題の娘だ。間男が良い悪いという話でもない。
これは富江の言うとおりだと今は思う。
確かに公務員の給料は最初めちゃくちゃ低かった。富江にも働いてもらい、二人で娘を育ててきた。その間にはワシの知らない苦労もあっただろう。
浮気の一つや二つ、あったのかもしれない。
だが、ワシがずっと引っかかっていたのは、ヒカリが先に自分の『正当性』を決めて、それに合わせるようにストーリーを作っていることだ。
だからキラト君の気持ちが二の次になってしまう。
ワシが若い頃は「仕事をしているから子育ては嫁の仕事」なんて言葉も珍しくなかった。しかし、死ぬ頃にはそんな理屈が通用しなくなったことを肌身に沁みて分かっている。
ならば娘の「モラハラ人間だったから浮気した」や「完璧人間だから息が詰まる」も、いずれ言い訳にはならなくなるのだろう。
長年市役所で働いてきたからこそ、そう思う。
世の中の正しさは時代とともに変わり、そのたびに求められる対応も変わっていく。
誰も正解を出さないのに「ダメ」だけは先行して決まるから不思議だ。




