「私は悪くない」と医者に話していたら、児相に通告された
◇
私は旦那に言われ《こどもこころクリニック》にキラトを連れてきた。
あの全部正しいという感じは相変わらずムカつく。
ただキラトの豹変ぶりが異常なのは分かる。
悔しいが確かに病院という選択肢は正しい。
受付で簡単なアンケート用紙のようなものを渡され、記入して提出すると、しばらくして診察室へ呼ばれた。
先生はアンケート用紙に目を通しながら、キラトへ質問を始めた。
「キラトくん、何歳かな?」
「三歳だよ」
キラトは指を三本立て、普通に答えた。
「いつも何して遊んでるの?」
「んー色々」
「今は誰と一緒に住んでるの?」
「ママとバァバ」
先生は時折頷きながら、キラトの様子を見ている。
キラトは椅子から足をぶらぶらさせ、特に緊張している様子もなかった。
「パパに会いたいなって思う?」
「うん」
「ジイジのこと、覚えてる?」
「お、覚えている、よ」
なぜかキラトは一瞬だけ口ごもった。
「ジイジは今どこにいると思う?」
「えっと……どこか」
「そっか。じゃあ、最近嫌だったことはあるかな?」
「いやあ……仲良いと良いかなっていうか……家族?」
「家族? 家族が仲良くしてほしいってこと?」
「うん。まあ、そんな感じ」
なんだその答え方は。とても三歳児とは思えない。
「何か困ってることあるかな?」
「困っていること……難しいけど、責任は感じてほしいかなぁ」
先生はそこでペンを止めた。
「難しい言葉を知ってるね。責任ってどんなこと?」
「ああ、僕も家族だから、パパもママも勝手に決めないでほしい」
やはり少し大人びている。いや、少しどころではない。
先生はキラトの顔をしばらく見つめていたが、何事もなかったかのように私へ向き直った。
「お母さんにも少し詳しくお話を聞かせてもらえますか」
「はい」
「ご主人とは現在別居されているんですよね。いつ頃からですか?」
「えっと、もうしばらくになりますね」
「別居された理由を聞いてもよろしいですか?」
「モラハラです。とにかく理屈っぽい人で、何をするにも口を出してくるんです」
「具体的にはどんなことでしょう?」
「家事とか育児とか。ミスが許されないっていうか、全部自分が正しいと思っている人なんです」
先生は頷きながら何かを書き込んでいる。
「キラトくんの前でも、そういったことはありましたか?」
「そりゃありますよ。毎日一緒に暮らしていたんですから」
「ご夫婦で激しく言い争ったり、手が出たりすることは?」
「まあ、言い争いはありましたね。私だって黙っていられないですし」
そう答えると、先生はまた何かを記入した。
なんだか事情聴取でも受けている気分だ。
「現在、ご主人とキラトくんはどれくらいの頻度で会っていますか?」
「ほとんど会っていません」
「それはどうしてですか?」
「私が会わせたくないからです。あんな人に会わせても悪影響ですから」
「キラトくん自身は会いたいと言っていますね」
「でも三歳ですよ? 何が正しいかなんて分からないじゃないですか」
先生は私の答えに何も言わず、また用紙に目を落とした。
キラトを見ると、さっきまでぶらぶらさせていた足が止まっている。
なぜか私の顔をじっと見つめていた。
「それから、現在お母さんに親しくされている男性はいらっしゃいますか? キラトくんとも会う機会のある方です」
「えっ?」
なんでそんなことまで聞くのだろう。
「別居後の生活環境についても確認させていただいています」
「ああ、いませんよ。そんな人」
流石にこれは嘘をついた。
キラトがまた私を見ていたので、思わず目を逸らした。
何気なくユウにキラトを会わせていたが、どうやらそこも確認されることらしい。
そもそも子どもの診察なのに、なんで私の男関係まで聞かれなければならないのだ。
「お祖父さんが亡くなってから、キラトくんに変化はありましたか?」
「それが急に大人みたいなことを言うようになって。責任がないとか、大人の都合で勝手に決めるなとか」
「それまでは、そういった言葉を使うことはなかったんですね?」
「ないですよ。だから心配で来たんです」
そう答えながら、私はまた旦那の話を始めていた。
どれだけ面倒くさい男だったのか。どれだけ私が我慢してきたのか。
先生に聞かれるまま、気づけば元旦那の悪口を言いまくっていた。
もっとも、全てを話したわけではない。
私が蹴ったことも、ユウとの関係も、わざわざ話す必要はないだろう。
すると先生はペンを置き、少し真面目な表情になった。
「お母さん、今のお話には、児童虐待が疑われる内容が含まれています。お子さんが直接暴力を受けていなくても、夫婦間の暴力を目撃することは心理的虐待に当たります」
「えっ、虐待ですか?」
「はい。ただし、こちらで虐待があったと断定しているわけではありません。児童相談所へ通告し、必要な確認や支援につなげることになります」
「えっ、ちょっと待ってください。通告って、児相にですか?」
「はい」
なんだと。私はキラトの様子がおかしいから病院に連れてきただけなのに、なんでそんなことになるのだ。
思わず隣を見ると、キラトは先生の顔を見上げていた。
さっきまでの大人びた口調はどこへやら、今度は何も話そうとしない。
私は急に怖くなってきた。
私がユウや周りに言っていた旦那の悪口の中で《虐待があった》ということを医者へ言わなかったことがラッキーだった。
言っていたら通告どころか、キラトが連れて行かれていたかもしれない。
そんなことを考えたらさらに怖くなっていく。
もし周りの人間に聞き回られたらどうしよう。
ユウとのことまで知られたら、どうなってしまうのだろう。
そして、また勝手に決めて通告までされたことを旦那に知られるのかもしれないと思ったら、さらに嫌気がさした。




