三歳児が父親に説教した結果、イタコの論文を調べられた
家に着くと、ちょうど警察官が帰るところだった。
そりゃあれだけの事件だ。
ワシは弟のところに行っていることになっていたので、富江と娘が色々聞かれたのだろう。
こんな夜遅くまで申し訳ないと少し思っていた。
しかし、何故か詫びる想いより苛立ちのほうが強い。
それがイヤイヤ期特有のものなのか、老害なのかは分からない。セットであればきっと今のワシは魔獣レベルの危険人物になるのだろう。
帰ってくるなり見せられた《いないいないばあっ!》のブルーレイにもムカついていた。
こんな日はチャゲアスを聞いて落ち着きたいのだ。
「キラト、ご飯できたよー」
娘が声をかけてきた。
ご飯できたよではない。ご飯を作っているのはワシの妻である富江だ。
ワシが富江の料理をパクパク食べていると、富江と娘が動きを止め、ワシを見つめていた。
しまった。イラつきがバレたか。
「キラト……いつから箸を持てるようになったの?」
娘はワシを指差し、口を開けている。
そっちか! 咄嗟に目を逸らしてテレビを見ると、ワンワンがひっくり返って踊り狂っていた。
「まさか! あんた叔父さんに頼んで、パパのところに行ったんじゃないでしょうね」
うっ! コイツは念能力者か。勘が鋭すぎるだろ。
ワシは箸の持ち方を変える余裕もなく、黙って富江の料理を食べるしかなかった。
「母さん、知ってたの? この子、あの人のところに行ったでしょ?」
「知らないわよ。あの時も突然キラ君が叔父さんのところに行きたいって駄々こねたでしょ?」
「前から話していたとかもあるじゃない」
「だから知らないって! まだ行ったかどうかも分からないでしょ」
「じゃあなんで突然箸が持てるようになって帰ってくるのよ」
「叔父さんが教えてくれたんじゃないの?」
「そんなわけない! こんなことするのアイツだけよ」
なんかムカつく。きっとイヤイヤ期は全てムカつくのだろう。以前のワシなら「まぁまぁ」としか言わなかった。市役所の鑑、公人は「まぁまぁ」なのだ。
少なくともワシはそう生きてきた。
「会いに行ったらなんだと言うのだ。大人の都合で子どもの気持ちを決めるな! おまっ、ママは責任がなさすぎる」
かろうじて《お前》は訂正できた……と思う。
しかし、イヤイヤ期は抑えられなかった。
これが富江のためなのか、キラ君のためなのかは分からない。
いや。これはワシの苛立ちなのだろう。
ワシは富江の作った料理を少し残してしまったことを忍びなく思いながら、見たくもない《いないいないばあっ!》を眺めていた。
窓の横に置いてあるセブンスターはまだあっただろうか。
そんなことを思い出しては、流石に三歳でタバコを吸い出したら富江がひっくり返ると思い、自重した。
◇
「キラト……なんだったんだ? 呪われたか」
叔父さんがキラトを乗せて帰る車が小さくなっていくのを見ながら、僕の心はザワついていた。
『マコト君はきっと正しい。だが、キラト君は可哀想だ』
この言葉だけ聞けば、先日亡くなったヒカリのお父さんが言ったように聞こえる。しかし、現実にはあり得ない。
部屋に戻り、パソコンを立ち上げて《イタコ》や《霊能》に関する論文を探してみるが、科学的に立証されたものは見つからなかった。
僕は新宿探偵事務所へ連絡することにした。
「あれから進捗はありましたか」
「ええ、つい先日もあの男と会っているのを確認しましたよ。食事をしていただけですし、息子さんもいらっしゃったのですぐに帰ったようでしたが」
「詳細を教えてもらえますか」
「いやー勝手なものでしたね。虐待されてるとか、未練タラタラとかねぇ、ヘヘヘ」
「……聞き方を間違えました。息子の記録はありますか」
「息子さん? ……そんなにありませんが、お子様ランチを一度断ろうとしたくらいですかねぇ」
「お子様ランチ?」
「ええ、背伸びしたかったのかな。自分で選んで頼みたいってヒカリさんに申し出ていましたね」
確実ではないな。憑依なんかは信じられないが、大人を意識しているのだろう。
電話を切ってリビングへ行くと、積み上がった積み木があった。
歪に、適度に。
憑依など信じていないのに、全てが疑わしく見えてくる。
スピリチュアルな現象を除外するなら、キラトが甚大なストレスを抱えていると考えるのが正常な判断だろう。
念のため、積み木をスマホで撮影してから片付けた。
夕食後、まさかのヒカリから電話がかかってきた。
普段であれば出るつもりはない。
被害妄想に取り憑かれた人間など、一ミリも油断ならないと思っている。
しかし、キラトが不思議な発言をしたことが引っかかり、僕は通話を押した。
「マコト、キラトのことで話があんだけど」
「なんだ」
「今日キラトと会ったよね」
「互いの質問に答えられる状況ではない」
「んー、いやそうじゃなくて、キラトがさっき突然怒りだして……」
「怒りだした?」
「うん。ママは責任がないって」
責任がない。やはり三歳児が偶然使う言葉にしては、不自然すぎるな。
「答えられる範囲でいい、キラトはなんと言ったんだ」
「えっと、会いに行ったらダメなのかーとか、大人の都合でーとか言ってたかな」
やはりそうだ。三歳児が理解できる範囲を著しく超えた言動。ただの子どもではないことに間違いはない。
なにか覚醒でもしているのか。
「それで、僕に連絡してきた理由はなんだい」
「一度、キラトについては話し合ったほうがいいと思うの」
「その前に一度キラトを病院に連れていくべきだ。小児科や児童精神科、子どもを診られる心療内科などだ。分からなければこちらで手配するけど」
「いやいや大丈夫。病院には連れて行く。父さんの件で、警察からも別件だけど紹介を受けているからさ」
「わかった。それが済んだ上で、一度話をすることは了承する」
それだけ伝え、通話を切った。
三歳では、祖父が事件に巻き込まれて亡くなったことを十分に理解しているとは思えない。だが、祖父との死別によるグリーフ反応の可能性もあるか。




