バァバの答え
漠然とそんなことを考えているうちに、マコト君が来てしまった。
「アラアラ、久しぶりね。どうぞ、あがって」
「はい。ありがとうございます。これはお義母さんへ、そしてこれはキラトへ渡してください」
うぉー! Switch2じゃねーか。ジイジが四歳の誕生日にキラト君へ買ってやろうとしたのに。
無念……無念だ。
「ありがとう。あら、茶菓子。じゃあヒカリとの席に使わせてもらおうかしら」
「ええ、どうぞ」
相変わらずマコト君は卒なくこなしている。
市役所にいたら大出世間違いなしだろう。
しかし、後ろからもう一人、男が入ってきた。
「新宿法律相談事務所の西田です。今回、立会人として同席させていただくことになりました」
「えっ、弁護士さん?」
ぶはー!? 絶対にバッドエンドかくてーー!
やはりこの男……ワシらは舐めすぎていた。
居間には大人たちが集まっている。
ワシはマコト君の持ってきたSwitch2のソフト、星のカービィ ワールドビヨンドをやっている……ふりをしながら話を聞くことにした。
なんてことだ。三歳でも遊べるし、少し大きくなってもカービィは楽しい。
実際ワシがやってもハマってしまい、話を聞くのが困難だ。流石マコト君。ソフトのチョイスも絶妙ではないか。
話は西田弁護士から始まった。
「ええ、こちらの意思としては親権もいりませんし、復縁するつもりもありません。ただ、キラト君と一緒に暮らし、養育することだけを望んでおります。お金が欲しければ児童手当などもヒカリさんへ渡そうと考えておりますが、ヒカリさんの意思はどうでしょうか?」
「私の意思? っていうかお金が欲しいなんて言ってないでしょ? それになに、養育権はマコトって。私は会えないってこと?」
「いえ、月に一度、キラト君をこちらに外泊させるといった破格の条件も用意すると、マコトさんから聞いておりますよ」
「バカにしないでよ。なんで私が月イチなのよ。普通マコトが月イチでしょ? いやそれでも多い。半年に一度が関の山よ」
「はあ」
西田弁護士は薄ら笑いを浮かべている。
顔だけ見れば悪役弁護士は西田側なのだが、話だけ聞くとヒカリがクレーマーに見える。こんな人、市役所で毎日見ていた。
「詳しく条件を仰ってもらえますか」
「だから言ってるじゃない。親権も養育もアタシ。養育費は頂戴。普通の額で良いから。会うのは半年に一度、二時間まで。みんなそんな感じでしょ?」
「ほう。それがヒカリの条件か。それでも良いな」
ここでマコト君は静かに答えた。
その声は低く、天井を見上げて不気味な雰囲気を醸し出している。
アニメで演出するなら確実に黒と紫だ。
「なら、それで離婚しましょ。もうウンザリだから」
「病院の判断は?」
「はあ? 普通よ。お父さんの死も関連してるかもだって」
「ふっ……また嘘か」
「嘘じゃない!」
「児相は僕のところにも調査に来るんだよ。そして、一年前からの不貞の記録、僕が受けた暴力の診断書。全て揃っていると思って間違いないよ。復縁を迫られて困っている? 自分をそういった立場で話をしないと、あの将来有望そうなユウ君だっけ? フフ。あれにも同情されないのかい? ハハッ、復縁って……」
マコト君は口に手をあて、笑っている……
うん。マコト君が正しい。そこは、ゴメンって。
あれは女の子の弱さやん。
探偵、エグいな。
「そ、そういう所! だから息苦しいの。気持ち悪いの! 不貞? アナタがそうやって追い込むからそうなるんでしょ」
「ああ、だからどうぞって」
「はあ?」
娘は顔を真っ赤にして怒っている。確かに冷たい。
むしろ潰そうとしているくらい、マコト君は娘を敵視している。
娘がマコト君の手の上で転がされているのが、神視点で見ているワシにも分かる。
それでも必死にカービィをやっているように振る舞い、ワシは焦っていた。
いや、カービィは名作だ。帰ったら集中してやろう。
だが、カービィと違い、こちらのゲームには解決策など当然見つからない。無理ゲーなのだ。
聞いていると、ヒカリは最愛のキラト君のためでも絶対に死なない人間なのかもしれん。口だけだ。
なぜかそれだけはワシに伝わった。
もちろんワシにもキラト君の問題を解決する方法は見つけられない。まさに運ゲーだけど、最悪キラト君が児相にブチ込まれても、マコト君は「そうでしょうね」と言って次の手を打ってくるのだろう。
「ちょっとだけ……弁護士さんのいる前で言うのもなんですけど、娘もヒートアップしていますし……きっと記録も取られているのでしょうけど、一つだけ良いですか」
「ええ」
マコト君はニコリともせずに富江の目を見ていた。
「私……強盗殺人でこの前、源三さんを亡くしたんですよ。ご存知かもしれませんが」
「はい……痛み入ります」
「そんな源三さん、実は悪人だったんですよ」
はあ? ワシが悪人だとーーーー!?
浮気もしとらんぞ! モテなかっただけだが、いやいや、二十年前ヤバかった時もあった。
市役所の新人の女の子と……
やってない! やってないぞ! ワシは!
「私がどんなに文句を言っても、ゴメン、ゴメン。私が間違ったことをしても、ゴメン、ゴメン。ずっと市役所の人でしたからね。まともに相手にしてくれていなかっただけかもしれませんけど、最後はいつも源三さんが悪いことになって、それで収まるんです」
ああ、でも最後、富江のノッコン寺田級タックルで死ぬとは思ってもみなかったがな……
「と、言いますと?」
マコト君はやはり完璧だ。イヤな顔をせず、真っ直ぐに富江を見て聞いている。
整然としていて、言葉と対応を選んで完璧にこなしている。
きっと市役所にいたら、そのうち市長にまでなれた男かもしれん。
ワシはヒカリが今もフンフン鼻で息をしながら、ジャイアンのようにマコト君を睨みつけているのが恥ずかしい。
どんな手を使うのかもう分からない。
マコト君の横にいる弁護士もニヤニヤしている。
負けなのだろう。なにをしてもきっと、娘はキラト君を取られ、その後も戦い続けるのだろう。
ワシが突然「勝手なこと言うなー」と暴れて、有耶無耶にするしかない。
Switch2を横に置き、市役所ではご法度の大声で叫んでやろうと身構えた。
一瞬、富江がワシを見て微笑んだ。
はあ? なんだその優しい顔は?
「ヒカリ、マコトさん。あなたたちは、ひたすらダサいです。キラト君は私が引き取り、あなたたちは解決するまで勝手にケンカしなさい。ヒカリもここから出ていって。あなたはマコトさんの家の人です。解決するまでの間、私がキラト君の面倒を見ます」
えーーーーーーーーーーーっ!
ここに来て富江ターンなのかーーー!?
「申し訳ありませんが、祖母は親権とは関係ありません。感情論では……」
西田弁護士が苦笑いで答えると、富江はテーブルをバンッと叩いた。
うぉっ! どうした……富江?
またワシがなにかやらかしたか?
反射的に正座しそうになったが、なぜか富江が正座になり、姿勢を正した。
「法律なんて判決が出なければ知ったことではありません。ただここは源三さんが建てた私の家。キラト君以外はどうかお引き取りください」
マコト君の驚いた顔を見たのは初めてだ。
弁護士は家主から「出ていけ」と明確な指示があった以上、ここにはいられないと告げ、丁寧に頭を下げて帰っていった。
富江は頭を上げ、落ち着いた表情で娘に顔を向けた。
「あなたも帰りなさい」
「えっ……流石に気まずいよ……せめてマコトとラインで」
「帰りなさい」
正座のまま娘に向き直り、それだけ言った。




