9.体育祭①
高校の体育祭は六月に行われる。一年生は入学早々から体育祭の練習がスタートし、体力測定の結果やスポーツ経歴を基に各クラスの体育委員が出場種目を決める。
体育祭では三学年を縦割りで赤、青、黄、緑の四つのチームに分けて様々な種目で一位を争う。俺たちのクラスは赤組で、二、三年の応援団が発破をかけに時折練習を訪れた。
俺はずっと帰宅部だが運動神経は割といい。百メートル走のタイムが良かったため、リレーの選手に選ばれた。
雪原は今は帰宅部で、運動神経は悪くないが運動は嫌いと言っていた。
「中学では部活してたのか?」
ある日の練習中、俺は雪原に尋ねた。
「最初水泳部だったけどすぐ辞めた」
雪原は少し顔を歪めそう答えた。
「……怪我とか?」
「違う違う! ……まぁ、盗撮とかあって」
「……はぁ、お前、苦労してるなぁ」
雪原は苦笑いした。確かにこんなイケメンが水着でいたら騒ぎになるだろう。しかし盗撮は許せない。
なんか、こいつには嫌な目にあってほしくないな。
俺は雪原の横顔を盗み見ながらそう思った。
体育祭の練習でみんな汗だくになる中、雪原はいつもいい匂いがした。練習後の着替えのときに雪原がボディシートで体を拭いているところを俺はじっと見ていた。引き締まった体に汗ばんだ髪。上半身裸の雪原の姿に釘付けになっていた。
「え? 何?」
雪原はなんだかニヤニヤしながらこっちを見ている。俺はハッと我に返った。
「……お前、いっつもいい匂いするからそのシートの匂いかなと思って」
俺は焦って、誤魔化すように早口で喋った。
「ああ、これ? 一枚あげる」
雪原はシートを取り出すと俺に渡した。
「え……、ありがと」
体操服の上を脱ぎ体を拭いてみると、石鹸と梨と花が混ざったような爽やかな香りに包まれた。いつも雪原から漂ってくる香りを身に纏い、俺は急に恥ずかしくなった。
「気に入った?」
雪原が服を着ながら横目で聞いてきた。
「お……れには合わないかも。すげえいい匂いだけど」
俺は服を被り顔を隠した。顔も体も熱い。
「え? 絶対そんなことないって。これあげるから使ってよ」
雪原は自分の使いかけのシートのパックを丸ごと俺に渡そうとした。まだ使い始めたばかりのようで、中身はたっぷり入っている。
「いや、いらない。使うなら自分で買うから」
俺はそれを受け取らなかった。理由なく人から物を貰うことに、俺はとても抵抗がある。
「そっか……。これめっちゃ好きな匂いだから緑もシート買うならこれ買いなよ」
雪原は一瞬落ち込んだように見えたが、すぐに俺に同じ物を勧めて来た。
「うん。そういうの買ったことないけど探してみる」
そう言うと雪原は嬉しそうに俺に売っている場所をいくつか教えてくれた。
雪原が嬉しそうだと俺は何故だか安心する。同じ匂いも、悪くないかもしれない。
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