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10.体育祭②

 いよいよ体育祭当日。俺と雪原は応援席で隣に座ってみんなの競技を観戦していた。

 体育祭は家族だけ見に来て良いことになっている。

 俺は祖母に体育祭があることは伝えたが、見に来なくていいと言ってある。足腰の弱い祖母が長時間屋外で見学するのは体に堪えるからだ。

 父親は相変わらず行方知れずだし、母親とは数年に一度連絡を取る程度の仲だ。

 昨日の夜、雪原はまた電話をかけて来たのだが、電話口で俺ではなく祖母に代わってくれと言われた。祖母は雪原と数分話した後電話を切った。

「たかやくんがね、私の分まで体育祭の緑ちゃんのこと見とくから、終わったらまた電話で教えてくれるって。いい子ねぇ……」

 その提案に俺はびっくりしたが、祖母は涙ぐんでいた。それを見て俺も目の奥が熱くなった。

「うん、いい奴なんだ」

 お前は俺の大切な人やものを、同じように大切にしてくれるんだな――。

 俺はベランダに出て、随分伸びてきたミニトマトの苗をしばらく眺めていた。


 体育祭の最中は携帯の使用は禁止されている。始まる前にみんな教室で写真を撮りあっていたが、雪原は写るのを断っていた。ノリが悪い、芸能人気取りか、と言われようが「うるせえ」と一喝していてかっこよかった。

 応援席で俺が雪原と話していると、後ろからパシャリとシャッター音が聞こえた。俺が振り返ると、数列後ろの二年生の女子が慌ててタオルで携帯を隠していた。

 雪原もその音は聞こえていたはずだが、一切後ろを振り向かなかった。俺は携帯禁止を無視していることと、人の写真を無断で撮る無神経さに腹が立った。拳を握りしめ、撮影した女子生徒に注意をしようと立ち上がった。

 しかし俺より先に怒ったのはクラスの女子達だった。

「先輩! 携帯禁止ですよ!? それに勝手に鷹也くん撮らないでください!」

「本人の許可を得てないでしょう!?」

「私たちだってすっごく我慢してるのに!」

 と次々に女子が立ち上がり二年の女子に向かって叫んだ。言われた二年女子はたじろいでいる。すぐに教師がやって来て事態が明るみになり、携帯は没収されていった。画像もその場で教師立ち会いのもと消されたようだ。

 俺は何も出来ず女子達のパワーに圧倒されていた。

「女子、凄いな……」

 そう呟くと雪原も笑って「うん、安心だ」と答えた。何の役にも立てなかったが、雪原が笑っていて良かった。ありがとう。女子達……。


 その後は大きなトラブルもなく進んだのだが、昼休みになると雪原は俺を引っ張って逃げ込むように教室に駆け込んだ。

「なんでそんなに急ぐんだ?」

「ぜっっったい会いたくない奴が来てるんだよ」

「もしかしてお兄さん?」

 雪原は答えなかったが図星のようだ。

「体育祭の日程、俺からは言ってないし母親にも口止めしてたけど周りの奴らから聞いたみたいで……。クソ、会ったら絶対写真やら動画やら撮りまくられる。避けるしかない」

 苦々しくそう言いながら雪原はお弁当の唐揚げをもりもり食べていた。

 俺は祖母が作ってくれた卵焼きを頬張る。

「これ多いからやる」

 俺が断る前に、雪原から唐揚げを一つ弁当箱に放り込まれた。俺は「ありがと」と卵焼きをモゴモゴ食べながら伝えた。

「いろんな人に写真撮られて、芸能人みたいだなあ」

「マジめんどくせーよ」

 だろうなと思いながら、俺は頂きますと呟いて唐揚げを口にした。

「うま……。お母さんにお礼言っといて」

「おう」

「これ、お返し」

 俺は卵焼きを一つ雪原の弁当箱にそっと入れた。

「まじ!? ありがと」

 雪原は嬉しそうだ。俺が何かするたびに、雪原がパッと笑顔になる。すると俺は心の中がじんわりと暖かくなるのを感じる。

「うめー! ばーちゃんにお礼言っといて」

「うん」

 俺も自然と笑顔になっていた。

 昼食後は休憩時間ギリギリまで教室で粘り、再び駆け足でグラウンドに戻った。タオルで顔を隠して走る鷹也の姿に俺は爆笑していた。


 全ての競技を終え、俺たちの赤組は総合二位という成績だった。最後に応援団の演説があり、特に三年は泣いている人が多かった。俺はクタクタだったが、その光景を目に焼き付けていた。隣の雪原も「応援団かっけー……」と呟いていた。こいつはきっと来年以降応援団に入るだろう。そのときは写真が欲しいな……と雪原を見ながら目を細めた。

 全てを終えると、クラスで打ち上げをするという話になった。俺は流石に今日はバイトを休みにしている。

「緑、行く?」

 雪原に聞かれて、俺は「行きたいかも……」と答えた。

 今までだったら携帯のない俺は行っても孤立するのでこういったイベントに顔は出さなかった。それに待ち合わせの場所や時間に変更があっても連絡を貰えないかもしれないのが怖かった。

 だけど今は雪原がいる。

「雪原は……、行く?」

 俺がチラリと雪原の方を見て尋ねると「緑が行くなら」と答えた。

「じゃ行こ」

 期待通りの言葉が嬉しくて、緩みそうな表情を見られないよう、俺はそっぽを向いてそう言った。



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