↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/30

6.グループ課題

 電話の翌日、俺が登校すると雪原はもう来ていた。クラスメイト五、六人が彼の机の周りに群がって話しかけている。俺はその一つ前の自分の席にそっと着こうとした。

「緑おはよう!」

 すると後ろから雪原がハッキリとした声で挨拶して来た。皆が俺をじっと見る。

「おはよ」

 昨日電話したことはみんなの前で話したくなくて、俺はすぐに前を向いた。変なやっかみを受けたくないし、自宅の黒電話について触れられたくない。

 幸い雪原は朝礼まで話しかけてこなかった。しかし朝礼時に配られたプリントを渡そうと俺が振り返った時、雪原が「服着てなかったん?」とニヤリと笑った。

「お……!」

 お前、と言う前に周囲の注目に気づいて俺は口をつぐんだ。すぐに前を向いたが、背中からの視線が気になって仕方なかった。


 その日の授業では席順で決められた班を作り、環境問題をテーマにしたグループワークを行うことになった。一ヶ月ほどかけてまとめ上げ、最後に発表がある。

 俺と雪原は席が前後なので同じ班で、周囲の女子三人を加えた五名のグループになった。女子達は雪原をチラチラ見ては「やばい」、「顔がいい」と囁きあっている。

「ね、グループライン作ろうよ」

 班の女子の提案に俺はぎくりとした。事情を説明するため渋々口を開こうとしたが、俺より先に雪原が発言した。

「緑は携帯持ってないから緑への連絡は俺がするよ」

 俺が口を開いたまま雪原を見ると、彼は「な?」と笑いかけてきた。

「八尋くんが携帯持ってないって……マジなの……?」

 女子が恐る恐る聞いてくる。周りの二人も明らかに引いている。

 今どき携帯を持たない人間なんて、相当な貧乏人か相当な変人のどちらかだろう。俺はどちらかというと前者だ。

「ま、そういう人もいるでしょ。持ってないと捕まるもんでもないしさ」

 なぜか雪原がフォローしてくれた。

「えー! なんで!? すっごく困らない!?」

「生きていける!?」

 女子達が口々にそう言う。俺はいつものことなので「そうだね、不便。ちょっと家庭の事情で……」と苦笑いしながら答えた。

 携帯がないと伝えるとよく言われるのが「生きていけない」、「自分だったら死んじゃう」というような言葉だ。

 俺はこうして生きているが、携帯を持っていないと生きてちゃダメなのか、と思えてくる。

 卑屈になっても仕方がないので愛想笑いをしていたら雪原が口を開いた。

「俺はスマホなんか無くなればいいって思うことあるけどね」

 唐突に投げられた言葉を受けて、班の全員が彼に注目した。

「ええっ、なんで!?」

 女子達が尋ねたが、雪原は答えずに課題のプリントを手に取った。

 さっきの雪原の諦めたような表情が気にかかる。

「携帯持ってても苦労があるんだな」

 俺がそうポツリと口にすると、雪原は「まぁね」と苦笑した。

「それはそうかも……」

「それでもないと生きていけないんだけどね」

 と女子達の反応が返って来た。

 携帯がないと不便なだけだと思っていたが、持っていても煩わしいと思うことがあるのか。雪原は俺が携帯を持っていないという点を気に入っているのかもしれない。

 今まで携帯がなくて良かったことなんて一個も無かったが、それが誰かと繋がるきっかけになるなんて考えてもみなかった。

 

 グループ課題のテーマは『猛暑が消費に与える影響』というものに決まった。そこで、休日に近場のショッピングモールに行って調査をしようという話になった。俺は正直行きたく無かったが、女子達の「なんとしても雪原と出かけたい」という熱意に押され反対できなかった。雪原は女子には塩対応のくせに、出かけることにはなんだか乗り気のようだ。

 俺は携帯がないため待ち合わせに不安があったが、雪原に「絶対に何があっても俺が合流させるから」と押し切られた。俺は休日は全てバイトを入れているが、その週の土曜日は夕方からなので、午前中にみんなで集まることにした。

「俺携帯ないし、万が一合流出来なかったらみんなで進めてて」

 やや投げやりにそう口にすると、

「いや、俺が絶対に待ち合わせ場所で何時間でも待つから。それか家まで迎えに行こうか?」

 と雪原が答えた。冗談だとは思うが、顔が真剣だ。

「来なくていい……」

 俺がそう返すと女子達はくすくす笑っていたが、雪原は心配そうに俺を見ていた。

 金曜日の夜、俺がバイトを終えて十時頃に帰宅すると、電話台に祖母のメモが置いてあった。祖母は隣の部屋でもう就寝している。

『緑ちゃんに電話。たかやくんから。折り返しかけてくれたら嬉しいって』

 俺はメモを見た瞬間、持っていた荷物をドサドサと落としてしまった。大急ぎで雪原の番号を電話帳から探してダイヤルする。

 ワンコール、ツーコール、スリーコール……

 十回ほどコールを待ったが、雪原は出なかった。

 俺は浅いため息をついた。服を脱ぎながら風呂場へ行こうとしたとき、黒電話がジリリリリーンと音を立てた。

 俺は素早く振り返って電話に駆け寄ると受話器を手にした。

「はい、八尋です」

 電話口でふっと笑う声がした。耳元がくすぐったい。

「おつかれー。俺。雪原鷹也。さっきかけてくれたよな? ごめんトイレ行ってた」

 耳がジンジンする。バイトの疲れが吹き飛ぶような気がした。

「何? 明日のことで何か連絡か?」

 言いながら俺の口元は緩んでいた。

「待ち合わせ場所と時間は変更なしだよっていう連絡」

 ははっ、と俺は声を出して笑った。

「何だよそれ、その連絡いる?」

「いるいる。心配してただろ」

「……まーね。ありがとう」

 その後数分、他愛のない話をして電話を終えた。

 俺は電話を切った後、しばらくその場で雪原の声を思い出していた。

 今この瞬間も、学校やバイト先のみんなは携帯で誰かとやり取りしたりSNSを見たりしているんだろう。

 いま雪原と電話をして、その輪っかの端っこに加われたような気がした。


6/47

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。