5.シャワー中に電話
その晩、俺が風呂に入っていると祖母が脱衣所に来て大声で呼びかけてきた。
「緑ちゃん! 電話よ!」
頭を洗っていた俺は動きを止めた。
「電話……? まさか……?」
シャワーのお湯を止めると祖母に向かって叫んだ。
「ばーちゃん! 誰から!?」
「えーと……、お友達のナントカくんよ!」
「すぐ出る!!」
祖母が言い終わる前に答えた。そしてシャワーで勢いよく泡を流し、頭を乱雑に拭いた。タオルを腰に巻くと風呂場を飛び出す。
黒電話の受話器は台の上に寝かされていた。すぐさまそれを掴んで耳に当てる。
「……もしもし」
髪はまだびしょ濡れで、前髪から水滴が滴っている。
「お、緑? 風呂入ってたんだろ? 早くね?」
受話器の向こうから、数時間前までここにいた人物の声が聞こえた。俺は相手に聞こえないようゆっくり深呼吸した。
「もう出るとこだった」
「そう? ならよかった。ばーちゃんが呼ぶ声丸聞こえだったよ」
雪原は笑っている。見られているわけでもないのに、熱くなった顔を手の甲で覆い隠した。
「今日すぐ帰ってごめんな。やっと帰って来た」
雪原の低い声が耳に直接響く。直接聞くのとは少し雰囲気が違うその音が、俺の鼓膜を震わせた。
「明日は? バイト?」
「……うん」
「まじ? じゃあファミレスに行こうかな」
「……何しに来るんだよ」
「飯食いにだよ。いーだろ!」
思わず頬が緩む。じっとしていられず、俺はずっと電話のコードをくるくるといじっていた。
「変な奴……。好きにすれば」
「そうする。待ってろよ」
ははっと俺は声に出して笑った。その時奥の部屋から祖母が出て来た。
「緑ちゃんそんな格好で! 服着ないと風邪引くわよ! 髪もびしょびしょで……」
俺は慌てて受話器の口元の方をギュッと押さえたが遅かった。
「お前服着てないの!?」
「あー! また明日な!」
俺は受話器をガチャンと置いてしまった。
「ばーちゃん声デケェ……」
「ほらほら、頭拭いて!」
俺はトボトボと脱衣所に戻って行った。
その晩俺は布団の中で雪原とのやり取りを何度も反芻した。
「夜に友達と連絡するなんて……初めてかも……」
布団をぎゅっと握りしめ、その日はなかなか寝付けなかった。
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