32.ばーちゃん
週明け、俺は昼休みに空き教室に行かなかった。
誰もいない階段を探して一人で弁当を食べた。久々に一人で食べた弁当は、いつもより冷たくて味をあまり感じなかった。
「緑君の捕獲依頼が来てるんだけど……」
教室に戻ると町田が話しかけてきた。
「何が起きたか知らないけどさ、俺を痴話喧嘩に巻き込まないでよ。このまま離れていいのか、よく考えたら?」
イライラした感じの町田にそう言われて、俺は小さく頷いた。確かに町田の言う通りだ。
翌朝、今日は雪原とちゃんと話そうと思って登校すると、町田がため息を吐きながら俺に報告をしてきた。
「鷹也君、インフルだって。終業式までお休み!」
覚悟を決めてきた俺は一気に力が抜けた。一昨日会った時は何ともなさそうだったのに……。しかし文系クラスは修学旅行明けからインフルエンザが流行り出したらしいと町田が言っていた。終業式まではあと三日。このままでは冬休みに入ってしまう。
こうなったら雪原の回復を待って、冬休みになったら電話しよう。
翌日、俺は買って来たスポーツドリンクやゼリーを町田に渡した。
「ええ!? 自分で渡してよ……」
「俺今日バイトだから、頼む」
町田にお詫びに買ってきておいたチョコのお菓子を渡した。
「……緑君って憎めないよね……」
お菓子を受け取り、町田は渋々引き受けてくれた。
*
終業式を終え、帰宅したその日のことだった。
「……ばーちゃん?」
いつもは隣の部屋で寝ているはずのばーちゃんがテーブルの前に蹲っていた。俺は荷物を投げ出してばーちゃんに駆け寄った。
意識が朦朧としているのか、「うう……」と呻いている。見るとばーちゃんの脛の辺りが青く腫れ上がっている。転んで打ちつけたようだ。ストーブは切れていて部屋はかなり冷えている。ばーちゃんの体も冷たい。一体いつからこの状態なのだろう。朝は元気だったのに……。俺の体から血の気が引いていった。
「ばーちゃん、ばーちゃん!」
どうすればいい……? 抱えてタクシーを呼ぶのは無理だ。頼れる大人はいない。
一瞬雪原が頭をよぎったが、雪原だって子どもだし、いま体調を崩しているし、いきなりこんなことで連絡されても戸惑うだろう。俺は雪原のことを頭から振り払った。
「なんで……、どうしよう……」
俺の手がぶるぶると震えている。
救急車は何番だっけ。頭が真っ白で出てこない。
受話器を手に取りダイヤルを回そうとするが、震えて上手くできない。何度かやり直してやっと救急車にかけることができた。
それから病院に着くまでとにかく救急隊や看護師の指示に従った。救急車のサイレンの光も音も、担架に乗せられるばーちゃんも、現実感がなかった。
ばーちゃんは命に別状は無かった。意識がはっきりしてから話を聞くと、昼過ぎに部屋の段差で躓いてテーブルで足を強打し動けなくなったそうだ。医師からは意識が朦朧としていたのは脱水症状と低体温という説明を受けた。
ばーちゃんはずっと「ごめんね、もう大丈夫よ」と繰り返していた。俺はそう言われるたびにばーちゃんのシワシワの手を握った。
年も年なので念のため全身検査しておきましょうということになったが、成人の同意がいると言う。
お家の人は? と聞かれたが、父親は音信不通だ。母親は遠く離れた県外の再婚家庭で子育てしている。今すぐにここまで来るのは難しいだろう。
看護師の人に、ひとまず連絡がつくなら母親に連絡するように言われた。
病院の公衆電話からかける。語呂合わせで覚えている母の携帯番号をプッシュして、コール音を聞きながらしばらく待った。
十回目のコール音で俺は電話を切った。
看護師に説明して、明日改めて家の電話からかけることにした。
ばーちゃんの退院の日は決まっていない。
その日は病院に一泊し、翌朝俺は帰宅した。
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