29.修学旅行①
文化祭を終えた俺たち二年生は、修学旅行が目前に迫っていた。行き先は大阪だ。
クラスに親しい人のいない俺は正直ちっとも楽しみではない。町田はいろいろと助けてはくれるが普段は別のグループにいる。雪原がいれば全然違ったのだろうが、考えても仕方ない。
修学旅行の班作りは町田が気を使って同じ班に入れてくれた。
「緑君は無害だよ。おじいちゃんみたいなもん」
と班のメンバーに余計なことを言っていた。
旅行の前日、雪原がバイト後の俺を待ち伏せしていた。
会うなり雪原にカバンから取り出したものを渡された。
「これ、使ってよ」
雪原が持っているのは携帯だった。いつも雪原が使っているのは白だが、渡された携帯は黒くて一回り大きい。
「どうしたんだこれ? どういうこと?」
俺は状況が飲み込めない。
「俺が前使ってた携帯。使えるようにしといたから」
「……いや、待て待て、タダでそんなことできないだろ? 通話代とかもどうなるんだよ」
「タダだから大丈夫。緑は気にすんなって。修学旅行で携帯ないのはさすがに心配だからさ」
一体どういう仕組みでタダになるというのか。俺は疑ったが、雪原が言う通り、携帯無しで修学旅行に挑むのは正直不安を感じていた。
「……じゃあ、修学旅行の間だけ貸して」
雪原は安堵の表情を見せた。
「でも金は払う」
「いらないって!」
押し問答の末、修学旅行で俺が雪原にお土産を買うということに落ち着いた。
「俺と町田の連絡先入れてるから。あと緑の家の電話も」
「ありがとう」
いくつかの操作を教わって、俺は雪原の携帯と共に帰宅した。
両手で抱え上げ隅々まで観察する。案外重たい。
「すげー……」
入ってるアプリは何でも使っていいと言われたので、写真を撮ったりゲームをしてみたりした。
するとポコンと音がしてメッセージが届いた。
『帰り着いた。携帯使いこなせそう?』
俺の心臓が跳ねた。思わず笑みが溢れてしまう。画面の向こうで雪原が今メッセージを打っているのだ。
『写真とつたりしてた』
送ってから誤字に気付く。慌てて取り消そうとするが一瞬で既読が付いた。
『写真送ってよ』
『なんの』
『緑の』
思わず吹き出してしまう。俺は自分の手でピースを作って、その手をパシャリと撮影してみた。
悪戦苦闘しながらやっとメッセージへの添付方法を見つけ出し、その写真を送った。
『手かよ!』『保存したけど』
と続けて返事が来る。
「やばい、楽しい……」
独り言が漏れていた。
俺たちは旅行前日にも関わらずすっかり夜更かししてしまった。
雪原は携帯にアラームを仕掛けていた。七時ちょうど、突然鳴り出した音楽に俺は飛び起きた。
すでに起きていた祖母は「何!? 何の音!?」と俺より驚いていた。
祖母に旅行の間だけ雪原から携帯を借りたことを説明し、携帯の番号を電話帳にメモした。
祖母は「あの子はほんとによーくできた子ねえ」と何度も唸っていた。
学校に着き、俺は携帯をカバンに入れたままコソコソと雪原にメッセージを送った。
『アラームびっくりした』
すぐに既読がついて、キャラクターがニヤリと笑うスタンプが返ってきた。
「緑君ニヤニヤしてるねー。それ、彼氏の携帯でしょ?」
慌てて顔を上げると町田がじとりと俺を見ている。
「か、彼氏って……」
「ほんと、鷹也君もよくやるよ。緑君俺にもちゃんと返事してねー」
反論する前に町田はその場を去ってしまった。
その後二年全員で新幹線の駅まで移動し、大阪へ旅立った。新幹線の車内では町田が俺の隣だ。俺が窓際、町田が通路側に座っている。俺は雪原に連絡しようとカバンの中の携帯をこっそり確認した。
「なんで携帯隠してんの?」
「いや、期間限定だし携帯やっと買ってもらえたとか誤解されても面倒だから……」
「それもそうか。緑君ハイチーズ」
「えっ? あっ……」
パシャリ。
町田に不意打ちでツーショットを撮られた。
「これでよし……と。え、嘘、もう既読ついた」
俺の携帯が震えている。カバンの中に入れたまま確認すると、雪原と町田と俺のグループラインに町田が今の写真を送っていた。
『緑だけでいい』
と雪原のコメントが付く。
『緑君の写真一枚百円でどう?』
と町田。俺がやり取りについていけず返事を迷っている間に、『お前が写ってないなら買う』と返事が来た。ぶはっ、と町田が笑う。
「愛されてるねえ」
「なっ、ふざけてるだけだろ」
俺がそう言うと、町田が真剣な顔になった。
「ぶっちゃけさ、緑君はどうなん?」
声のトーンを落として聞いてきた。
新幹線がトンネルに入り窓の外が暗くなる。耳に膜が張ったような感覚がして、俺は唾を飲み込んだ。
「どうって、何が……」
「鷹也君と付き合いたいの?」
「なっ……!」
慌てて周りを見渡したが、皆お喋りに夢中でこちらを見ている人はいない。
「鷹也君はさ、今まで付き合った女の子みーんなふってんだよね」
雪原のそういった話題を聞くのは初めてで、俺は食いつくように耳を傾けた。
「理由は?」
「四六時中連絡が来て、SNSも監視されて、嫌になっちゃうんだって。だから携帯持ってない緑君がちょうどいいのかもね」
俺がどんどん俯いていくのに気がついたのか、町田は最後に「……なんてね」と付け加えた。
「でもお互い気になってるみたいだし付き合ってみたら? 結婚するわけじゃないんだしお試しでさ」
「……付き合うって何するんだ?」
俺が質問すると町田が黙り、俺の顔をじっと見てきた。
「なんだよ……」
「高校生が付き合ったら何するか、本当に聞きたい? ここで?」
顔を近づけてくる。俺は体をこわばらせ、背もたれに体を押し付けた。
そのとき町田の頭が誰かにはたかれた。バシンと音がする。
「いてっ!」
「智幸……、なにやってんだよ!」
そこには雪原が立っていた。その時新幹線がトンネルから抜け出して、辺りがパッと明るくなった。
「ええ、何でいるの?」
「メッセージの返事来ないからだよ!」
俺が携帯を確認すると、『なにしてんの?』『おーい』というような雪原からのメッセージがいくつも連なっていた。昨日会ったのに、普段と違う場所のせいか雪原を見て俺はソワソワしてしまう。
「智幸、ちょっとどっか行ってろ」
「ええー!? 鷹也くん酷すぎない? やだよ」
「勇也がいるときに家に呼んでやるから」
「よし、譲ろう」
黙って二人のやり取りを見ていたが、町田が勇也を慕っている様子なのに驚いた。無礼者同士通じ合うものがあるのだろうか。
そう思っていると町田はどこかへ行き、雪原が俺の隣にどっかりと座った。
「自由時間、会える?」
「うん、会える」
「何する?」
携帯を見せながら雪原が体を近づけてきて、肩が触れ合った。温かくて体がジンジンする。
「緑くーん、鷹也くーん、起きて!」
俺たちはいつの間にか肩を寄せ合ったまま眠りに落ちていて、到着前に町田に揺り起こされるまで熟睡していた。
ハッと目覚めると、雪原もぼーっとした顔をしている。雪原ははにかんで、俺はパタパタと顔を仰いだ。町田が「熱い熱い」と呟いていた。
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