26.リレー
足にはそこそこ自信がある。雪原の足は確かまあまあ。砂を巻き上げ足をひたすら動かした。
一人抜き、二人抜き、残すは雪原だ。雪原の茶髪と赤いハチマキが揺れている。
背中がどんどん近づいていく。歓声がすごい。
「みーどーり! みーどーり!」
と俺の青組の応援席から聞こえてきた。青組なのに、緑って……。俺は笑いそうになった。
追いつけ、追いつけ……。
残り四分の一周、もう手の届く距離だ。俺は外側から抜かしにかかった。
雪原がチラリと横を見てギョッとした。
「緑」
と言ったのが口の形で分かった。
俺たちは並んで走る。
残り数メートル、バトンパスまでの直線勝負だ。
苦しいけど顔が笑ってしまっているかもしれない。
大歓声の中、俺の方が僅かに早くアンカーへバトンを繋いだ。俺たちは倒れ込む。
「まじかよ……、緑、速すぎ……」
息を切らした雪原が天を仰ぎながら言う。
「一位ゴール!」
俺も肩を上下させながら雪原に向かってピースサインをした。
「早く戻れー」と教師に言われ列に戻る。
アンカーは赤組と青組のデッドヒートだった。応援席もリレーを終えた選手達も白熱した声援を送る。せっかく俺が抜いたのに、最後は赤組一位、青組二位の結果となった。
結果がアナウンスされたとき、俺と雪原は離れた列でお互い目を合わせて笑っていた。
全ての競技を終えて、総合優勝は赤でも青でもない緑組になった。組ごとに応援団の最後の挨拶が行われる。
俺は雪原と写真が撮れるかソワソワしていた。青組応援団の挨拶を聞きながらも、チラチラと赤組の様子を窺ってしまう。
全ての挨拶が終わり解散と同時に赤組の応援席へ走った。赤組も解散したようだ。雪原に近づきたかったが、人が多くてなかなか進めない。
ようやく姿が見えたと思ったが、女子と写真を撮っている。しかも一人二人ではなく、雪原の前に行列ができている。雪原は困ったような顔をしているのだが、応援団の先輩達に引っ張られ、無視できないようだ。
しばらく様子を見ていたが、途切れのない列に俺は諦めてその場を後にした。
町田にメッセージを入れてもらおうかと思い探したが、俺が雪原の列を眺めている間に帰ってしまったらしい。
きっと雪原はクラスの打ち上げに行くのだろう。どうにか連絡したいが手段が思い浮かばない。
写真を撮りたいと言っても自分の携帯はないし、写真を撮りたいのは自分だけかもしれない。
疲れもあって気持ちが沈んでいく。
俺は重たい足で家路に着いた。
家に帰ってから何度も家の電話をチラチラ見て、お風呂から上がると「電話なかった?」とばーちゃんに確認した。
けれどその日電話が鳴る事はなかった。
翌日の朝十時頃、黒電話がジリリリリーンと音を立てた。
課題をやっていた俺はシャーペンを放り投げて電話に出た。
「はい、八尋です」
「緑ごめん」
声の主は雪原だ。
「ずっと囲まれてて、そのまま打ち上げにも連れてかれて、スマホの充電はいつの間にか切れてたし、帰ったらもう夜遅かったんだ……」
雪原は申し訳なさそうに言い訳を並べた。大人気の雪原が引っ張りだこになっていた様子が頭に浮かぶ。
「気にすんなよ。俺が携帯あればメッセージ送って帰れたのにな。町田はもう帰ってたんだ。そんなに俺に気を遣わなくていい」
昨日から考えていたセリフを伝えた。雪原にこんな風に謝らせるのが申し訳なかった。
雪原は黙っていたが、しばらくすると声が聞こえた。
「でも、写真撮れなかったのはほんとにごめんな……」
胸がキリキリと痛んだ。二年生の体育祭はもう来ないし、あの日の雪原と写真を撮る事はもうできない。
けれどもともとそうだったじゃないか。
携帯を持ってない俺が写真を撮りたいなんて。高望みするから落ち込んでしまうのだ。
「……仕方ないよ。また来年応援団するならそんときな」
雪原のフォローよりも、自分の気持ちを誤魔化すためにそう言った。
「……分かった。夏休みはたくさん遊ぼうな」
「うん」
雪原は優しい。
何かあっても必ず代わりの提案をしてくれる。
電話を切った後、コルクボードの去年の体育祭の写真をそっと撫でた。
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