↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/36

25.二年目の体育祭

「みっ……緑!」

 雪原は俺に駆け寄ると町田から俺を引き剥がした。

「動画撮っとけばよかった!」

 町田が叫ぶ。何が面白くて動画が撮りたかったのだろうか。

「ぜんっぜん気付かねーからいつ気付くかなと思って見てた」

 俺が笑って言うと、雪原は眉を下げた。

「校舎離れててぜんぜん見かけないから油断してたんだよ……」

「動画撮っていい?」

 町田が口を挟んだが、雪原が「黙れ」と一喝した。

 雪原の周囲にいた人達が俺と町田をジロジロ見ている。

「はいはい、時間ないからもう行こうねー」

 町田が俺の肩を押してきた。確かにもう授業が始まってしまう。

「雪原、またな」

 雪原は尻尾の垂れた犬のようにしょんぼりして見えた。

「うん……、電話する。智幸、緑にベタベタするな」

 後半はドスの効いた声だった。町田はへらへらと笑って聞いている。

「鷹也君の彼女でも何でもないのにねえ」

 雪原から遠ざかる間、隣でそう言った町田の声がいつまでも耳に残っていた。

 

 *


 雪原のいない学校生活は淡々と過ぎた。

 五月の連休が明けると体育祭の練習が始まり、雪原は応援団になっていた。俺は青組、雪原は赤組で遠目でしか見ることができない。

 

「見てこれ」

 ある日教室で町田に携帯を見せられた。そこには応援団の練習をする雪原の画像があった。はちまきをして少し髪が乱れている雪原が真剣な顔をしている。正直すごくカッコいい。ところが町田は「気持ち悪いよね」と言った。

「は?」

 と俺が不快な声を出すと町田は慌てて訂正した。

「いや違う違う。鷹也君が気持ち悪いんじゃなくて、このアカウント」

 町田が画面をスクロールすると、雪原の画像がズラズラと並んでいる。

「これ、鷹也君のアカウントじゃないんだよ」

「……どういうこと?」

「緑君って世間に擦れてなさすぎて妖精みたい」

「バカにしてるだろ……」

 町田が俺を憐れむような目で見てくるので俺は睨み返した。

「誰かわかんないけどうちの学校の誰かがひたすら鷹也君の写真をアップしてるんだよ」

「なんで?」

 そう尋ねると、また町田の憐れみの視線を感じた。

「推し活のつもりなんでしょ。でも芸能人でも何でもないのにこれはちょっと怖いよねー。勇也君に知らせとこ」

 町田の携帯を奪って画像を見てみると、雪原がカメラを向いている写真は一枚もない。全て隠し撮りのようだ。

「雪原は知ってるのか?」

「どうだろ? でも昔から日常茶飯だから気にしてないかも」

 俺も雪原の写真は欲しいが、こんなやり方は気分が悪い。俺は気がつくと携帯を強く握りしめていて、町田に「やめてやめて壊れる」と取り返された。

 

 雪原とは昼休みに会うのに加えて、二日に一度くらい電話をかけてきてくれる。かけ放題だから電話代はかからないと言っていた。

 体育祭の前日、例のアカウントのことを聞いてみたが、「よくあることだ」と返された。特に気にしていないようだ。

「でも本人に無断で写真を撮ったりアップするのは良くないだろ」

 と俺が言うと、「勇也に聞かせてやりたいよ!」と笑っていた。

「あ、でも……応援団の写真は欲しいかも」

「まじ!? 絶対一緒に写真撮ろうな」

 そう約束して電話を終えた。


 いよいよ体育祭の当日、朝から町田に声をかけられた。

「昨日の夜さあ、クラスラインで体育祭がんばるぞー、みたいなノリだったんだけど、そのやり取り見る?」

「…………いや、いい」

「だよね。一応お知らせしとこうと思って」

「打ち上げは? 行く?」

「遠慮しとく」

 町田は「了解」と告げて去って行った。

 俺の知らないところでクラスの絆は深まっているらしい。どうせ輪に加われない俺は輪を見ない方がいい。

 けれど昨日の夜を思い返すと、俺は雪原と電話していた。

 思わず笑みが漏れてしまった俺を、町田に気味悪そうに見られていた。

 

 開会式から順調にプログラムは進んでいた。

 応援合戦のとき、赤組の番で雪原が登場すると全校生徒から黄色い声が上がった。

 長ランを着て白い手袋を着け、赤の長いハチマキを結んだ雪原の姿に俺は目が釘付けになった。

「おー、決まってるね」

 と町田が感心している。

 やばい。すごい。カッコいい……。

 俺はそんな感想しか出てこない。

「うち、親に絶対ここビデオ撮っといてって頼んだ」

「うちも!」

 後方から女子達の声が聞こえてきた。

 いいなぁ……、と俺はタオルを握りしめた。

 鷹也はどの動きも様になっていて、俺は食い入るように見つめていた。

 グラウンドの雪原は遠い。注目を浴びる雪原を応援席から見ていると、いつも昼休みに会っている雪原とは別人に思えた。

 昼休み、いつもの空き教室で雪原と弁当を食べたのだが、雪原は応援団の打ち合わせがあると言ってすごい勢いで弁当をかき込んでいた。食べ終えると「ごめんな!」と嵐のように去っていった。

 忙しいのに俺と弁当を食べてくれたことに感謝しよう、俺はそう思って一人食事を続けた。

 今年も交換するかな、と思っていたばーちゃんの卵焼きを一人で全部食べてしまった。

 

 午後になり、二年生のリレーのときに俺は急に順番変更を告げられた。メンバーの一人が別の競技で足を怪我して、クラス全体の順番を組み替えることになったらしい。

 混乱しながら最後から二番目である第七走者としてレーンに並ぼうとすると、なんと雪原も同じレーンに並んでいた。

「え!? 緑!?」

 俺を見るなり雪原は目を見開いた。

「なんか急遽この順番になった!」

 二レーン挟んで互いに声を張り上げる。

「やべー! 緑速いから負けそう」

 そう言っているうちに雪原に前の走者が迫ってきた。他を突き放してトップでバトンを受け取りスタートしてしまう。

 俺にバトンを渡す走者は最後尾を走っている。

 雪原は行ってしまった。はやく……。

 前の走者が近づいてきたので、ギリギリのところまで下がって指先を限界まで伸ばした。こうしている間にも雪原はどんどん先へ行く。バトンを待つ間がもどかしい。

 俺はバトンを受け取ると全力疾走した。

25/47

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。