17.文化祭のあと
雪原は片付けが終わっても戻って来なかった。クラスメイトに打ち上げに誘われたが、雪原が来るかどうか確認できないし、わざわざ他の人にそれを聞いてもらうのも気が引けて俺は欠席することにした。
その日の帰り道、自転車のペダルがいつもより重く感じた。
帰宅すると俺は泥のように眠った。
雪原はどこで何をしていたんだろう。打ち上げに行ったんだろうか。兄貴は大丈夫だったのか……。
祖母に起こされ夕飯を食べた後、風呂に入るとすぐ布団に入った。
夜中に電話が鳴った気がしたが、朝になるとそれが夢か現実か分からなかった。
履歴機能など付いていない黒電話が、黙って電話台に鎮座していた。
次の日は休みで、俺はもちろんバイトをしていた。大忙しのランチタイムを乗り越えると、客足が落ち着くアイドルタイムになる。
一呼吸ついて俺がデザートのアイスを盛り付けていると、ホールの女性スタッフが話しかけてきた。
「彼氏来てるわよー」
「は、はい!?」
アイスディッシャーから危うくアイスを溢しそうになり慌ててキャッチする。
「ほら、夏休み毎日のように来てたでしょ」
「来てるんですか!?」
「それ出来上がったら見ておいで」
俺は急いで、でも丁寧にアイスを盛り付け、客席を見に行った。
「緑! ごめん!」
俺をみるなり雪原は謝ってきた。
「何で謝るんだよ」
俺はそう言うくせに、少しいじけているのを自覚していた。
「バイト何時まで?」
「夜まで」
何時、と聞かれているのに少しいじわるする気持ちが出てしまった。
「終わる頃にまた来るから」
「十時だよ」
そんな時間にわざわざまた来ないだろう、そう思って俺は時間を伝えた。
「うん、分かった」
雪原はあっさりと答えた。
「いや、いいよ。遅いし」
本当は雪原と話したいのに、雪原を試すようなことを言ってしまう。言いながら俺は「こんな嫌な奴に構わなくていいよ」と思ってしまった。
「待ってる」
雪原はそれ以上何も言わなかった。俺は自分が嫌な奴すぎて、「分かった」と答えてしょんぼりとキッチンに戻った。
バイトを終えると本当に雪原はファミレスの外で待っていた。
「昨日、緑のこと探してた」
俺の顔を見るなり雪原はそう言った。
「俺もお前を探してた」
「え……?」
気のせいかもしれないが、雪原が嬉しそうに見えた。
「や……、まじか。もー……、最悪。すれ違ったんかな。しかも勇也が来て絶対大騒ぎになるから追い出して、結局そのまま帰ることになっちゃって……」
「打ち上げは?」
「行った……」
俺はどこかで雪原は俺がいないから行ってないと思っていた。雪原の返事を不満に思う自分に嫌気がさした。
「緑いるかなと思ったんだよ!」
俺は俯いていた顔を上げた。
「いなかったからすぐ帰ろうとしたけどみんなに離してもらえなくて……。文化祭で騒ぎになって迷惑もかけたし断りづらくて……」
言い訳を並べる雪原が何だか可愛く見えた。
「別に、雪原の好きにすればいいよ」
気持ちは嬉しいが、俺は家族でも恋人でもない。俺に気を使う必要はないのだ。悲しいが事実なので俺はそう言った。
「でもさ……、電話したけど出ねぇし、文化祭一緒に回りたかったんだ。昨日は流石に携帯があればって思ったかも」
困ったように言う雪原の言葉に俺は再び俯いた。
やっぱり携帯がない俺は、誰かと仲良くなるなんて無理なのだ。
携帯があれば簡単にできるはずのことが、俺には大きな障壁になる。
「そうだな……。ごめん」
雪原はハッとした。
「いや、謝ってほしいんじゃなくて……、俺もごめん……」
どうしてこんな話になってしまうのか。悔しくて、苦しくて、顔を上げることが出来なかった。
帰り道、雪原は家まで着いてきてくれたがほとんど会話は無かった。
肌を撫でる風は随分冷たくなっていた。
翌週俺は心底学校に行きたくなかった。俺が携帯を持っていないことが元凶で雪原に迷惑をかけてしまった。
きっと俺との付き合いが面倒だと気づいてしまっただろう。
俺は雪原がいない生活に戻れるだろうか。
深呼吸して教室のドアを開けると、雪原はもう来ていた。
「緑!」
雪原は俺を見るなり立ち上がった。
見限られる覚悟をしていたが、その顔を見て全身に安堵が広がった。
「おはよ」
少し笑って挨拶すると、雪原も安心したような顔をした。俺は昨日の暗い気持ちには蓋をして、いつもの日常に戻って行った。
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